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初の収穫

 タマ子が大八車を牽いてどこかに行く。

 帰って来た時には、大八車に高さ十五㎝、直径十㎝の白い鉢が載っていた。


 白い鉢は薄かった。触ると鉢は薄いながらも、丈夫だった。


 ヴァンは不思議だった。

「鉢の材質は何だろう? こんなに軽いのに丈夫だ」


 タマ子が知的な顔で教えてくれた。

「信じられないかもしれないが、材質は紙だあよ。ナシュトル製の固くて丈夫な紙だあ」


「鉢の材料が紙だって? 信じられないな」

 でも、指摘されれば、軽さから紙とも思えた。


「うんうん」とタマ子が頷き語る。

「ナシュトルは不思議な国だあ。さあ、収穫を始めるだあ」


 最初にタマ子が、売り物にならない生育不良なランタン草を取る。

 除かれたランタン草は、畑の横に積まれた。


 残った売り物になるランタン草は、ヴァンが根本から掘り起こす。

 売り物になるランタン草は、土と一緒に鉢に入れられた。


 鉢に入れられたランタン草は、大八車に積まれる。

 大八車が満杯になると、タマ子が()いてどこかへ運んで行く。


 約四百鉢なので、昼過ぎには収穫を終えた。

 大八車で運ぶ最後の一回はタマ子が先導してヴァンが牽いていく。


「タマ子さん。ランタン草はどこに持って行ったの?」


 タマ子がのほほんとした顔で答える。

「村の北側にナシュトル商人の商館があるだあよ。そこで、ナシュトル金貨に交換してもらうだ」


 ナシュトルは行った経験のない不思議な国。当然、どんな人間が住んでいるかも知らない。

「ナシュトル人って、どんな人?」


 タマ子が考えながら話す。

「一口にナシュトル人って言っても、いろんな種族がいるだあよ。多種族国家だからなあ。商館にいるブラウニーさんは蛙の両生類人って言えば、わかるかな」


 ヴァンはヌッコ村に来るまで、ホーリー村から出た経験がなかった。

 だから、両生類人族と付き合った過去もない。


 蛙の両生類人。ちょっと怖いな。

 村の北の外れに到着する。商館は二階建て四百㎡の赤い建物だった。建物の横には同じく四百㎡の倉庫が併設されていた。だが、目を惹いたのは建物の裏にある一周が四百mの開けた土地だった。


「何だろう? あの地面が剥き出しになった、ぽっかり空いた土地。何か、意味ありげだな」


 タマ子が明るい顔で教えてくれた。

「商館の後ろにあるスペースは、ナシュトルの貿易飛行船の発着場所だあよ」


「貿易飛行船? 船が空を飛ぶの?」

 目で見ないことには、信じられなかった。


「そうだあよ。普段は七日に一便。祭りが近い日なんかは、一日に一便、やって来るだあ」


 空飛ぶ船を見たかった。どきどきしながら尋ねる。

「ねえ、貿易飛行船を見られるかな?」


 タマ子は見慣れているのか、反応が薄い。


「見られるかもしれないだあ。でも、まずは納品だあ。貿易飛行船がまだ着いていないのなら、好都合だあ。今日の便で運んでもらったほうがええ。なにせ、ランタン草は、十日で枯れるからのう」


 倉庫の前では赤い蛙の姿をした両生類人がいた。両生類人の身長は百六十㎝。服装はゆったりした白地に黒い縞が入った服を着ていた。白い線が二本、入った四角い黒い帽子を頭に被っていた。

 タマ子が挨拶する。


「ブラウニーさん。これで全部だあよ」

 ブラウニーは大八車に積まれたランタン草の鉢を検品する。


「ルーカス殿がいなくなって質が落ちるかと心配をしていたのですが、品質はまずまずですな。では、全部で四ナシュトル金貨と二十五ナシュトル銀貨で、いかがですかな?」


 タマ子が軽い口調で交渉する。


「四ナシュトル金貨でええよ。ただ、ツケになっているランタン草の種の代金を二十五ナシュトル銀貨にしてほしい」


「それだと、いささか、こちらが不利な気がします。ですが、今なら今日の便で発送できる。鮮度は価値そのもの。いいでしょう」


 タマ子がヴァンをブラウニーに紹介する。


「ありがてえだ。そんで、こっちが、ルーカスさんの土地を引き継いだ、ヴァンさんだ。これからも、よろしく頼むだあよ」


 作物を買い上げてくれる商人とは、仲良くしておくに限る。


「ヴァンです。代々、百姓をやっていました。精霊花や精霊木を育てるのは初めてです。でも精一杯、務めさせてもらいます」


 ブラウニーはにこりと微笑む。

「これからも良い付き合いをお願いしますよ」


 ブラウニーは猫の獣人に台帳を持ってこさせる。

 台帳に記帳してから、ナシュトル金貨四枚を渡してくれた。


 ナシュトル金貨は人間の世界で使われていた金貨と違った。人間の世界で使われている金貨は直径が二十㎜。ナシュトル金貨は三十㎜あった。だが、光沢はナシュトル金貨が鈍く、銅に近い。


 金の含有率が低いのかな? それとも、僕の知らない鉱物が含有しているんだろうか?

 ナシュトル金貨を見つめていると、タマ子が声を懸ける。


「ナシュトル金貨を人間の世界で使うと、損するだあ。ここで商品と交換して、それを人間の商人に売ったほうがええ」


「でも、何を買ったらいいのか、わかりません」


「家を探せばルーカスさんが持っていたカタログが、出て来るはずだあ。とりあえずは、試しに薬用石鹸か薬酒とナシュトル金貨を交換したらええ」


 薬用石鹸か。珍妙な品を買っても、売れないと意味ないからな。

 ヴァンはブラウニーに頼んだ。


「わかりました。薬用石鹸をください」

「四個入り一セットで、ナシュトル金貨一枚です」


 ナシュトル金貨の価値が今一ぴんと来ない。だけど、石鹸四個で金貨が一枚って、結構いい値段がするな。まあ、いっか。まだ、ナシュトル金貨は三枚ある。それに家から持ってきた金も残っている。ナシュトル金貨が人間世界の銀貨十枚って事態は、ないだろう。


 ヴァンは薬用石鹸を一セットだけ購入した。

 帰りはタマ子が大八車を牽いて行く。帰り際にタマ子が商館を振り返って教えてくれた。


「ちょうどいいタイミングだ。貿易飛行船が来ただあよ」


 貿易飛行船の全長は百m、幅が三十mで高さ二十m。流線形の白い本体に、二つの筒状の動力装置を備えた飛行船だった。


 飛行船はとても静かに停泊エリアに着陸する。初めて貿易飛行船を見て感激した。

「凄いな。あんな大きな物体が空を飛ぶんだ」


「珍しいかい、ヴァンさん? 何なら、先に家に帰っているから、もう少し見て行くか?」

「お願いします。綺麗な貿易飛行船をもう少し見ていたい」


 タマ子は大八車を牽いて帰っていく。

 ヴァンは飛行船を見ていた。飛行船から獣人たちが下りてきて、荷物を下ろしていた。


 荷物を数えたが、荷物は台車で六十台分にもなる。荷物を下ろし終わると、今度は積み荷を積んで行く。こちらも多く、台車で八十台分もあった。


 荷を積み終わると、飛行船は、ふわっと垂直に上がって行く。

 ある程度の高度を取ると、飛行船は針路を東に取って空に消えて行った。


 家に帰る。タマ子が本をテーブルの上に出して待っていた。本は厚く大きい。

 タマ子がのんびりした調子で教えてくれた。


「これが、ナシュトル金貨と交換できる品が書いてあるカタログだあ。カタログは四年に一度、更新される。だども、あまり変わりがない」


 どんな品があるか、わくわくした。カタログを開く。

 綺麗なカラーの絵が目に飛び込んできた。カタログには魔法の品物が記載されていた。


 高価なものなら、若返りの薬や死者蘇生の呪文書まであった。雑貨のページを開けば、薬酒や薬用石鹸がある。


 どれもこれもが、珍しい品ばかりだった。物珍しさもあるが、カタログの綺麗な作りにびっくりした。同時にナシュトルが人間より遙かに高度な文明を持っている事実を知らされた。


 カタログに目を奪われていると、タマ子が呆れ顔で意見する。

「そんなカタログを見て楽しいかね。楽しいなら夜に一人で眺めてくんろ。まだ、仕事は残っとるだあよ」


「そうだ、発育不良のランタン草を始末しないと。でも、村のゴミ捨て場に捨てていいんだろうか。ランタンの部分が引火とか、しないだろうか」


 タマ子は落ち着いた態度で教えてくれた。


「いんやあ、捨てる必要はないだあ。規格外品でも纏めれば金になる。魔女のブリトニーの家に持って行くだあ。安いが、買い取ってくれるだあよ。問題は次に何を植えるかだあ」


「次は何がお勧め? また、変わった精霊花があるのかい?」


 タマ子の表情が渋くなる。

「今は、冬だあよ。冬に植えられる作物には限りがある」


 いつまでも冬は続かない。

「でもあと、もう三週間もすれば温かくなり始めるよね」


「そうだあ。春を見越して何を植えるか考えたほうがええ。植える物によっては、足す土と肥料が、変わってくる。土も肥料も、種類があるからのう」


 普通に考えれば、土を深く掘って施肥をして小麦を植える。でも、ヌッコ村では小麦は育たないからなあ。


 わからない時はその道で長くやっている人に教えを乞うのが一番だ。

 つまり、この場合はタマ子さんだ。


「タマ子さんならどうするの?」

 タマ子は腕組みして思案する。


「私か? そうだな。鉢に土を盛ったから、畑の土がちいと不足している。安い土を足して、小鬼ヨモギを作るかのう」


 小鬼ヨモギは、聞いた記憶はあった。

 有名な御伽話(おとぎばなし)に出てくる植物で、悪戯(いたずら)好きの小鬼が嫌う植物だ。


 でも、小鬼ヨモギって、御伽噺の中だけの存在だと思っていた。

「小鬼ヨモギって本当にあるの? 売れるの?」


「小鬼ヨモギには冬も夏も関係ない。肥料も必要ない。放置しても、わさわさ増える。ただ、誰でも簡単に造れるから売値は安い。収入を考えたら普通は作らん」


「なら、何で勧めるの?」

「小鬼ヨモギは、他の精霊花の肥料になるだあ。立派な小鬼ヨモギは売る。余った小鬼ヨモギを育てて畑に()き込む。そうして、小銭を稼ぎつつ、春に向けて、土壌を改良するだあよ」


 ベストな発案に思えた。

「いいね。それやろう。肥料代が節約になるよ」


「そうか。なら、小鬼ヨモギの種を買ってくるだあ。ヴァンさんは魔女の家にランタン草を持っていくのを頼む」


「わかりました。挨拶がてら行ってきます」

 昼食を摂って、休憩の後に出掛ける。


 大八車に規格外のランタン草を積んで行く。

 ブリトニーの家は村の南側にある白い家だった。


 家に近付くと、甘いハーブの匂いがしていた。

 ヴァンと同じように、規格外のランタン草を積んだ大八車が家の前で駐まっていた。


 ブリトニーの家の前に、三十代くらいの茶色のローブを着た女性がいた。ブリトニーだと思った。ブリトニーは褐色の肌で、白い髪を肩まで伸ばしていた。


 ブリトニーは村人に小袋を渡す。

 村人はランタン草を大八車から下ろして、帰って行った。


「ブリトニーさんですか? ヴァンといいます。規格外のランタン草を買い取ってほしいんですけど」


 ブリトニーは優しく微笑む。


「貴方が新たに村に引っ越してきたヴァンくんね。私は魔女のブリトニーよ。趣味で錬金術もやっているの。いいわよ。規格外のランタン草でしょう。買い取るわよ」


 ブリトニーは大八車に積まれた規格外のランタン草を確認していく。

 査定を待っていると、家のドアからヴァンをちら見している少女に気が付いた。


 少女の年齢はヴァンと同じくらい。肌の色や目の色は、ブリトニーにそっくりだった。顔も似ていた。


 娘さんかな。ヴァンは微笑み掛けた。

 ブリトニーは少女に気が付くと、声を懸ける。


「ライラ。こっちに来て挨拶をしなさい」

 ライラはびくっとすると、家の中に逃げるように入っていった。


 ブリトニーが困った顔で愚痴る。

「御免なさい。もう、十五なのに、本当に人見知りで困るわ」


「いいんです。僕はこの村にずっといるので、これから仲良くなりますよ」

「そう言ってくれると、助かるわ」


 査定の結果は銀貨六十五枚だった。

 規格外品だし、火も入っていないものもあったから、こんなものか。


 ヴァンが帰って畑を耕していると、ダニエルが話し懸けてくる。

 ダニエルは気分が良さそうだった。


「どうだ、ヴァン? 初めての収穫は上手く行ったか? タマ子が付いているのだから問題ないとは思う」


「タマ子さんが手伝ってくれて、本当に助かりました。何とか暮らして行けそうです」

「そうか。よかったな」


 ヴァンは、ここで疑問をぶつける。

「一つ疑問があるんですが、訊いてもいいですか?」


「無知を無知のままにしておくほうが問題だと思うぞ」


「ヌッコ村で穫れる作物が高値で売れる現状はわかりました。でも、それならどうして皆、もっと畑を拡げようとしないんでしょう?」


「簡単な問題だな。馬鹿でも答えを思いつく。吾輩たち案山子(かかし)が足りないからだ」

 案山子が足りないと畑が拡がらない? 不思議な話だった。


 ヴァンが理解できないでいると、ダニエルが、つんと気取って答える。


「ヴァンよ。お前は吾輩たちが何もしていないと思っているのだろう。だとしたら、それは大いなる誤解。いや、侮辱だ」


「そんな、ダニエルさんを侮辱したつもりなんて、ありませんよ」


 ダニエルは子供に言い聞かせるように諭す。

「いいか、ヴァンよ。なぜ、畑の広さが百㎡なのか。それは、吾輩たちが責任をもって守れる範囲が、百㎡なのだ。これを超えると、吾輩たちの力が及ばない」


「誰かが盗むんですか?」


 ダニエルは紳士たる態度で語る。

「この村には盗人など、いない。そう、信じたい。だが、吾輩たちの守備範囲の外に植えた作物は何者かに必ず荒らされる」


「何者かって何です? 魔物ですか?」

 ダニエルはむっとした顔で教えてくれた。


「私たちの目の届かない場所での話だ。何か起きているかわからん。だが、これだけは言える。吾輩の目の届く範囲にある作物は吾輩が名誉に懸けて守る。絶対に、だ」


 ダニエルは「絶対に」を強調していた。


 ダニエルさんは畑を守る仕事に誇りを持っているんだな。思えば、年中無休で、報酬もなしに畑を監視してくれているんだ、感謝しても罰は当たらない。


「お勤め、ご苦労さんです。ダニエルさんあっての百姓です」


 ヴァンの言葉を聞いてダニエルは満足顔をする。

「わかれば、よろしい」


 畑を耕していると、タマ子が帰ってきた。

 小鬼ヨモギの種を見せてもらう。小鬼ヨモギの種は白ゴマのように小さかった。


 匂いを嗅ぐと、青臭い中にも清涼感がある香りが仄かにした

「これが小鬼の嫌う匂いなのか?」


 タマ子が知的な顔で教えてくれた。

「乾燥した種だからなあ。匂いは弱ええ。生長すると、もっと香は強いだあよ」


 ヴァンはあまり好きな匂いではなかった。

「ちょっと臭いかもしれないな」


「香りの感じ方は人それぞれだあ。だども、小鬼ヨモギの匂いが嫌いって人間は、あまりいないだあよ」


 生長すれば、また違った匂いになるかもしれない。

「なら、植えてみるか」

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