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幸せの麦(一)

 ドラゴン・ライチを運んだ翌日の昼にタマ子は帰ってきた。実が生っていないドラゴン・ライチを見てタマ子はびっくりした。


「まさか、ヴァンさん。やっちまっただか? ドラゴン・ライチを全滅させただか?」

「大量に穫れたよ。だけど、水ぽっくて、酸っぱい実しかならなかった。ブラウニーさんから買い取り不可だと言われたよ」


 タマ子が表情を歪めて額に手を当てる。

「大失敗と変わらんべえ。手間暇を掛けて生ゴミを作っちまっただかあ。私がもっと早く帰ってこられればなあ」


「それが、それほど悲観することでもないんだよ。マリーの家で出す、新作パンの材料になったんだ。香りはフレーバーにして、実は煮詰めて水分を飛ばし、ジャムにして使ったんだ」


 タマ子は顔を顰めて否定的な意見を口にする。

「でも、美味しくねえだろう? 売れねえべ、そんなパン」


「試食したけど、美味しかったよ。いっぱい売れたら僕にも分け前が来るよ」

「どうだかなあ」とタマ子の顔は渋い。


 売れれば儲けになって還元されるが、売れなければ、ライラからお金を貰うわけにいかない。新商品なので売れ行きはわからない。だが、売れないパンをマリーたちは作らない。


 今後は加工してくれる業者と組んで農産物を生産するのも、ありかもしれないな、と漠然と思う。


「タマ子さんがいない間にライラに手伝いに来てくれるように頼んでおいて、正解だったよ。最初の頃は勝手がわからず、忙しくて大変だった。ライラが来てくれて助かったよ」


 きょとんとした顔でタマ子が答える。

「ライラにそんなことを頼んだ覚えはねえだよ。第一、ライラは農作業の素人だあ。頼めるなら、他の獣人百姓に頼んだよ」


 不思議な答えだった。ライラに確かに手伝いに来て家事をこなしてくれた。

「でも、ライラは手伝ってくれたよ。家事にも手が廻わらなかったから、大いに助かったよ」


「ははーん」とタマ子が納得した顔をする。

 ヴァンは、わけがわからない。すると、タマ子は説明してくれた。


「ライラはヴァンさんに気があるだあ。だども、恥かしくて言えなかったから、私のお願いって形にしただあ。思えば予兆は、あっただなあ」


 ライラに好かれている兆候は感じていた。だが、好意以上のものだとタマ子に指摘されて気が付いた。いや、前からそんな気はしていたが、貧乏百姓なんて好きになってもらえないとの思い込みがあった。


 ぴしゃりとタマ子は助言する。

「若い女に好かれて悪い気はしねえだろうが、思い上がっては、ならねえだあ。ライラはルーカスの面影をヴァンさんに見ているだけかもしれねえ。あまりがっつくと、失敗すっぞ」


 ライラを恋の相手として意識した過去はない。だが、ライラに好意以上があるのなら、どうだろう。ライラはヌッコ村で生まれてヌッコ村で育った。ライラと結婚できれば、村の一員として受け入れてもらえる。


 ライラの母親のブリトニーも良い人だ。義理の母となっても上手くやれる自信はある。ライラ自身は引っ込み思案なところがあるが。性格は良い。何よりも今回の件で思いやりがあることがわかった。


「ライラとの関係か。これからは、ちょっと意識したほうがいいかな」

「最初に断っておくだぞ。色恋沙汰は自分で処理するだあ。私の手伝いは百姓仕事だけだからなあ。恋愛方面は自分で試行錯誤してけれ」


 タマ子はお手伝いさんである。お母さんでも。お姉さんでもない。ライラとの関係は、ヴァンがどうにかするしかない。


 だが、ライラと付き合うのなら、マリーを諦めなければいけない。二人同時に付き合う態度は不誠実だ。


 正直な話、ヴァンはライラよりマリーが好きだった。マリーはヴァンがヌッコ村に来た時も優しくしてくれた。心配事も相談できる。何よりも、快活で明るい姿が眩しい。


 ここで打算が働く。マリーを狙っている男は、きっとヴァンだけではない。才能のあるジョセフもマリーを狙っている可能性があるし、他の男連中も狙っているかもしれない。


 マリーは倍率が高いだろう。何より、マリーの気持ちがわからない。マリーを狙ってダメならライラに乗り換える選択には抵抗があった。ライラに失礼だ。


 それに、二人に良い顔した結果、マリーもライラも去っていったでは寂しすぎる。結婚して幸せな家庭を持ちたいが、誰でもいいわけではない。


 あれこれとヴァンが考えていると、タマ子は呆れる。

「将来を夢見る男心は自由だあ。だが、まんず目の前のドラゴン・ライチを始末するぞ。話の通りに、もう枯れ始めているだあ。三回目の収穫は、ねえ」


 ドラゴン・ライチは四m以上に生長している。切り倒して切株を抜く手間が掛かる。放って置いたら倒木で怪我する。まずは地道に足元の農作業だ。


 枝を落とし、木を伐採する。力の強い牛は相変わらず言う事を中々、聞いてくれない。根を引き抜くだけで二日もかかった。お昼に食事を買いにマリーのいるパン屋に行く。


 パン屋の店頭にはドラゴン・ライチ・ロールが売っていない。売れなくて販売中止になったとは思いたくない。完売したと思うことにした。マリーは忙しくて話し掛けられなかったので真相は不明だが、いずれわかる。


 タマ子とパンを食べていると、タマ子が空を見上げる。

「この暑さも、二週間くらいだなあ。そろそろ祭りの準備が始まるだあ」


 ヴァンがいた村にも祭りはあった。祭りは秋の小麦の収穫の後に行われる。ヌッコ村も同じような時季なのかもしれない。

「ヌッコ村の祭りって、どうなの? 僕も準備に加わったほうがいいの?」


 小首を傾げてタマ子は考える。

「ヌッコ村の祭りの準備は年寄が中心になってやる。年寄を子供が手伝うのがヌッコ村のやり方だあ。ただ、ヴァンさんは村の生まれではねえからなあ。まだ、一年目だから、お客さん扱いで、参加していいと思うだあ」


 お客さん扱いは寂しい。早く村の一員になりたい。ヴァンの気持ちを察したのかタマ子が気遣った。


「村長に私から訊いておくだあ。ヴァンさんには役目が回ってくるかもしれん」

「是非、お願いします。僕は早く村の一員として認められたい」

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