ドラゴン・ライチ(三)
麦粥を食べるが、食欲がないので残しそうになる。だが、無理やり胃に入れた。今はまだ暑い。暑さは体力を奪う。きちんと食べないと、倒れる。
折れた木と落ちた花の片づけをしなければならない。後始末をする人間は他にいない。ヴァンが準備を終えて外に出ると、ライラが早めに来てくれた。ライラもまた心配していた。沈んだ顔でライラがヴァンを慰める。
「お花が散っちゃいましたね。でも、二回は実が生るなら、もう一回、花が咲くはずです」
ライラの指摘は正しい。だが、二回の内、一回がダメになった現状は痛い。ライラに散った花の処分を任せる。ヴァンは折れた枝の処理をする。せっかく育てた枝を剪定する作業は辛かった。散った花はどうしようもないが、折れた枝は乾かして薪にでもしよう。
翌朝には残った千輪の花が小さな実になる、死んだ木が一本もないのが救いだが、果たしてまともな実になるのか心配だった。三日、世話をすると、見た目は立派な実になった、
ライラとドキドキしながら実を捥いで食べる。皮を剥くと瑞々しい果汁が溢れる。ライチの甘い香りが鼻腔を抜ける。
行けるかもと、ライラと顔を見合わせて口にする。実はスダチのように酸っぱかった。甘味は、ほとんどない。ライラがどんよりした顔で告げる。
「これは、酷いです。ドラゴン・ライチらしさの香りはありますが、味がダメです。薄く甘みがありません。これは売り物になりません」
たまたま手に取ったドラゴン・ライチだけが酷かった可能性もある。もう、三個、剥いたが結果は同じだった。栽培に失敗した。香りが良いだけでは売れない。売れないが、木に実を残したままでは、次の収穫に差し障りがある。
全てを収穫した。酸っぱいドラゴン・ライチをどうしようかと考えていると、ライラが提案した。
「ドラゴン・ライチを私に預けてくれませんか。私の家で加工してみます」
不味いドラゴン・ライチに使い道があるとは思えない。だが、ヴァンの手元にあってもせいぜいシロップ漬けにするだけ。まだ、ヒンヤリ・レモンがどっさり残っているので、おやつ代わりだけがそんなにできても、処分に困る。
「ドラゴン・ライチはライラに上げるよ。好きに使ってよ」
ライラは試したいことがあるのか、その日は早々に帰って行った。散々たる結果だが、ドラゴン・ライチの一回目の収穫は終わった。
二回目の結実に向けて、世話をする。慣れたのと生育が止まったので、一人でやっても夕暮れ前に農作業は終わった。
夕暮れに染まるドラゴン・ライチを見上げる。タマ子さんがいたら結果が違ったんだろうかと、ふと思う。
ヴァンはすぐに思いを打ち消した。意味がない、たら、れば、は止めよう。僕が失敗した事実は認めよう。二回目がどうなるかだ。このまま育てても成功するとは思えない。妙案はない。幸い、そこから晴天が続いた。
三日後、ドラゴン・ライチにまた綺麗な花が大量に咲く。多すぎて数えられないが、全部で三千輪以上にはなる。全てが結実すれば大量の収穫が見込める。
もっとも、売り物にならないドラゴン・ライチができれば大量のゴミの山にしかならないが、花から実の良し悪しを見極める技術はヴァンにはない。
お昼にマリーとライラがやって来た。マリーはパン籠を持っている。マリーは自信たっぷりな顔で ヴァンに指示した。
「新作パンを持って来たから食べて。食べる前にきちんと、手を洗うのよ」
マリーと一緒にライラがいるのでドラゴン・ライチが関係しているのは間違いなかった。ライラの顔を見ると期待でそわそわしている。手を洗って、マリーの前に行く。
マリーはパン籠から一つの円柱状のパンを取り出す。胸を張ってマリーは勧めた。
「新作のドラゴン・ライチ・ロールよ。美味しくできたと思うわ、食べて」
香りを確認すると、ドラゴン・ライチの甘い香りがする。齧ると中にはジャム状の白いペーストが入っていた。ペーストは甘酢ぱく美味しい。
疑問も残る、香りは加熱したのに飛んでいない。また、酸味もあるが、甘味がある。砂糖を加えてジャムにして煮込んだら、ここまで豊かな香りは、やはり残らない気がする。
「うちのドラゴン・ライチを使ったようだけど、どうやって作ったの?」
マリーは、にこにこして教えてくれた。
「それは秘密ですって、答えたいけど、特別に教えてあげるわ。いいわよね? ライラ」
柔らかい笑顔でライラが頷き、語る。
「アルコールでドラゴン・ライチの香りを抽出してフレーバーを作りました。焼き上げてから、塗ったんです。ジャム・ペーストには、抽出した残りの果肉を使いました」
マリーが続けて語る。
「砂糖を加えてジャムを作るから、普通のドラゴン・ライチを使うと、甘くなり過ぎるのよ。その点、ヴァンのドラゴン・ライチは甘くなくて、ジャムに使いやすいわ。風味はフレーバーで残せるから使えるのよ」
パンを製品化するにはマリーの父親のパン職人のドナヒューの協力もあった。だが、マリーとライラはヴァンのドラゴン・ライチを捨てないために、頑張ってくれた。
「ありがとう、二人とも。これで、ドラゴン・ライチ栽培に安心して取り組めるよ」
マリーはそこで、ちょっぴり表情を曇らせて意見を挟む。
「待って、ヴァン。このパンには一つ欠点があるのよ、値段よ。ドラゴン・ライチは高いから、普通にドラゴン・ライチを仕入れると赤字になるわ」
赤字で商売はしてほしくない。どうせ、売れないのでタダ同然もよい。廃棄には手間がかかるし、後ろめたい。
「どうせ、ブラウニーさんのところに持って行っても買い取り不可だよ。ドラゴン・ライチは、そもそもライラにあげたものだから、ドラゴン・ライチの価格は二人で決めて」
「わかったわ。なら、私とライラで決めるわ。それでもし、また失敗したら買い取るわ。だから、ヴァンは栽培にだけ力を注いで」
マリーなりの激励だった。失敗する気は、さらさらない。だが、どうすれば成功するかはわからない。もし、失敗した時に損失を減らせるのなら、ありがたくもある。
ヴァンは二人の友情に感謝した。
夏の真っ盛りにドラゴン・ライチの二回目の収穫ができた。今度は全ての木にびっしりとドラゴン・ライチが生った。あまりに多いのでライラに家事を中止して収穫に当たってもらう。
実は大八車でなければ運べないほどの量が穫れた。だが、やはり味は前回と同じ、香りは豊かだが酸っぱかった。完全な失敗だった。念のために数粒を持ってブラウニーに評価してもらう。ブラウニーは顔を顰めた。
「これは持ち込まれても、買い取れません。肥料にでもしてください」
散々な評価だが、仕方ない。ブラウニーも仕事なのだ。
不安だったので、ライラに尋ねる。
「こんなに大量だけど、フレーバー抽出とジャム作りって、可能?」
ライラの顔には不安は微塵もない。
「任せてください。フレーバー抽出や料理が上手にできないと、錬金術師は務まりません」
ライラが頼もしく見えた。収穫したドラゴン・ライチは全てライラの家に運んだ。いくらにもならないかもしれないが、これで少しでも収入になる。
新種で補助金を貰ってなければ完全に大赤字だったが、マリーとライラの協力で最悪の事態は脱した。友達ってありがたいなと、ヴァンはしみじみ思った。




