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ドラゴン・ライチ(二)

 タマ子が実家に帰省して三日が経過する。ドラゴン・ライチはすくすくと生長して二m近くなる。ヒンヤリ・レモンより生長が早いので手間が掛かった。これ以上に大きくなると足場に困る。商館に足場となる脚立のレンタルを申し込みに行った。


 商館の入口の両生類人の職員に頼んだ。

「新種のドラゴン・ライチの世話をするのに足場が必要になりました。丈夫な脚立を借りたいです」


 職員は倉庫から二mの脚立を出してきた。

「ヴァンさんだろう? 新種の栽培に必要な脚立のレンタル料は免除だよ。ただ、栽培が終わったら、きちんと返してくれ。これ、操作によっては四mまで伸びる奴だから」


 四mの脚立に登っての作業となると、ドラゴン・ライチは五mまで大きくなるな。高所作業は得意ではない。でも、タマ子さんがいないんだから一人で頑張るしかない。職員に脚立の操作の仕方を教えてもらい、持って帰る。脚立の素材は不明だが、一人で持ち運びできるくらい軽かった。


 翌日にはヴァンの予想通りに高い場所に手が届かなくなった。脚立を使って作業となる。葉は手で摘まねばならず、虫も目視で探すので骨が折れた。それでも、やらないわけにはいかない。タマ子から、手を惜しむとすぐにライチの商品価値が下がると注意されている。


 一人でやると、いつもより遅い時間まで掛かった。夏なので日は長いが、それでも朝から晩まで働き通しだった。ヴァンしかない状況で、ヴァンが倒れれば、失敗は確実となる。しっかり食べて、寝るのも仕事のうちだった。


 更に三日が経過する。ドラゴン・ライチは三・五mと異常な生長を遂げた。いくら葉を取って、虫を駆除しても終わらない。脚立に登って、降りて、移動させ、なので地面に足が着くころより格段に作業は遅い。


 現に最後の一本の手入れは陽が落ちても終わらなかった。ダニエルが目から光を出して照らしてくれた。

「ヴァンよ。タマ子がいないと無理だ。何本かは手を抜け」


 真っ当なアドバイスだが、タマ子を送り出したのはヴァンだ。誰のせいでもない。

 手を抜く選択肢は有り得た。だが、タマ子がいない間に何本かでもドラゴン・ライチをダメにすれば、タマ子に負い目を負わせる。タマ子を送り出した者の責任として、ここはやり遂げたい。


 翌日、ヴァンは少しでも農作業の時間を確保するために三食をパンにすると決めた。朝一番でマリーのパン屋に行く。


 三食分のパンを買った。パン屋に行くのならマリーと会話を楽しみたいが、そんな贅沢は言ってられない。ドラゴン・ライチにはまだまだ手が掛かるようになるかもしれない。


 翌日も同じように、はあはあと言いながら炎天下で作業をする。野良着に身を包んだライラがやって来た。ライラは脚立の上のヴァンに挨拶をする。


「タマ子さんから、ヴァンさんが困っていたら助けるように頼まれていました。ヴァンさんから連絡がないので、こちらから来ました。農作業でも家事でも手伝いますよ」


 ライラが来てくれる話は、なかった。急いでいたから連絡の不備だろうか。だが、助かる。家の中では、洗い物も洗濯物も溜まり始めている。


 ライラにいきなりの農作業は無理だ。教える時間もない。

「家の鍵は開いているから、先に家事をお願い」

「わかりました」とライラは家の中に入り、窓を開けて清掃を開始する。


 昼になるとライラが休憩を告げる。脚立を降りると、温野菜のチーズ添えや、細かく切ったフルーツにヨーグルトを掛けた一品が用意されていた。塩気の強い、夏用のゴボウのスープもあった。まともなおかずにヴァンはどこか安らぎを覚えた。


 どれもが美味しく、ヴァンの口に合った。

「これは美味しい。ライラって錬金術だけじゃなくて、料理の才能もあるんだ」


 ライラは喜び、頬を染める。

「そんなことはないですよ。ただ、これはルーカスおじさんが好きだったから。ヴァンも好きだと思いましたよ」


「好きだよ。この味。素朴で懐かしい感じがする。こういう手料理は嬉しい。ライラと結婚する男は幸せだね。こんな美味しい物が毎日、食べられるんだから」


 ライラの顔がぱっと輝いた。褒められると嬉しいんだな、とヴァンも安堵した。

 午後は、溜まっていた家事を、ライラが処理してくれる。その間にヴァンは夏の日差しの中、余分な葉を取り、虫を除く。日が暮れる前に作業が終わった。


 ライラが帰る前に風呂を準備しておいてくれたので、久々に風呂に入る。

 温めの風呂にヴァンは、ほっとした、風呂の中でヴァンは早く結婚するのもいいかもしれないと思った。


 翌日には、もうドラゴン・ライチは花を付けた。ドラゴン・ライチの花は小さなピンク色の花だった。ここまで来れば収穫までもう少しと思うと、ダニエルが呼び止める。


「ヴァンよ。安心するな。吾輩の勘が告げている。今晩は天気が荒れる」

 せっかく咲いた花が飛ぶ。だが、花を守ろうにも多過ぎる。落花対策はない。ダニエルの言葉がライラを不安にもさせていた。ヴァンも心配だったが、ライラの前では強がった。


「大丈夫よ。ドラゴン・ライチの苗も、ここまで立派な木になれば、嵐に負けない。それに、ドラゴン・ライチは水を嫌う精霊木ではないんだ」


 物には限度がある。生長した樹でも強風なら折れる時は折れる。花だって飛ばされる。水を嫌わないといっても、浸るほど降れば味に影響する。全ては希望的観測でしかない。


 嵐が来るので農作業は半ばで中止して、窓の鎧戸に板を打ち付ける。乾かしている薪は濡れないように移動させた。ライラが帰れなくなると困るので、早めに帰した。ライラの不安そうな顔が印象的だったが、相手が嵐ではどうしようもない。


 夜更け過ぎに雨が鎧戸を叩く音がする。雨量はそれほどではないが、風が強い。風が窓を飛ばすのではないかと思えるほど吹き付ける。風の唸る音を聞きながら不安な夜を過ごす。精霊木の生命力の強さを信じるが、悪い予感が頭をよぎった。


 眠れぬ夜を過ごす。明け方に嵐は去った。恐る恐るドアを開けた。ドラゴン・ライチは被害を受けていた。枝が何本も折れていた。また、咲いていた花は七割以上が散っていた。

 嵐にやられた。根こそぎ木を折られる事態は避けられたが、どこまで影響が出るかわからなかった。ヴァンはがっくりと項垂れた。

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