ヒンヤリ・レモン(二)
新種の栽培を、甘く見ていた。こんなに簡単に全滅して労力が無駄になるのなら、苗をタダにして補助金を出すのがわかる。木は堅くないので切り倒すのは難しくない。病気になった木は薪にするしかないので、価値は低い。
問題は木の根っこだった。フランキーの家から牛を借りてきて引き抜く。牛は素直に言う事を聞いてくれない。木の根を除くのは大変だった。畑を元に戻すだけで二日も掛かった。何も植わっていない夕暮れの畑をタマ子と眺める。
「わかっただか? 美味い話なんて、どこにもねえだよ」
「なぜ、あんなに良い条件だったのかは理解したよ。でも、また挑戦していいかな」
タマ子は目を瞑り、首を横に振る。
「懲りないお人だあ。ええだよ。明日に村長の家から再度、苗を貰ってくるだあ。勘だが、まだ余っているはずだあ」
翌朝、フランキーの家に行くと苗は余っていた。フランキーは合わせる顔がないのか、別の獣人が苗をくれた。二回目なので前回より少ないが、補助金も出た。だが、このまま植えたのでは同じ失敗をする。
「タマ子さん、何か雨対策を考えないとダメだね」
「うんだなあ。雨対策用の撥水性のシートを掛けるだあ。ちともったいないが、天気でも予防的に病気の薬をやるだあ」
予防的な薬の散布は費用的には負担だが、やるしかない。前回は病気が発生してからでは間に合わなかった。また、薬が有効なのかもわからない。せっせと世話をして七日が過ぎる。途中雨が一回降った。対策が効を成したのか病気が出なかったのでホッとする。
八日目となると随分と立派になった。葉は青々として、高さも二mに近い。精霊木とは凄いものだ。ただ、タマ子の木を見る目は厳しい。
「やっぱり、おかしいだ。生育が早過ぎる」
「新種だからだよ」と返事をするが、内心は良い気がしない。前回もタマ子の疑った発言のあとに問題は起きた。タマ子が目を細めて、ヒンヤリ・レモンを注視する。
「他の新種に手を出した農家の情報だあ。ちょうどヴァンさんと同じくらいの生育状況になっとる。ヴァンさんのところは一度植え直したのにだ」
新種は品質が一定しない。または、温度でも水でも肥料でもちょっとの差が大きく影響するのだろうか。苗に当たりや外れがあったのかもしれないが、詳細は不明。
翌日、タマ子が畑にくるとヴァンに報告する。
「早いところだと昨日、花が咲いたそうだあ。今の調子だと、あと三日で実になる。在来種は、まだ生長が途中なのに、だぞう」
他人の畑だが成功してほしいと思う。生育が進んでいる農家が軒並み失敗していけば、自分の畑も危うい。
「味が良いのができない」と怖ろしい事態は考えないようにした。ヴァンは朝日にヒンヤリ・レモンを当てるために雨除けの撥水シートを外す。すると、レモンの木に小さな蕾がついていた。明らかにヴァンのヒンヤリ・レモンの育ちが早過ぎた。
翌日には、綺麗な白い花がヒンヤリ・レモンを彩る。更に翌日には小さな実になった。これにはヴァンも嫌な物を感じた。
お昼に行ったタマ子が帰ってくる。タマ子の表情は苦い。
「ヒンヤリ・レモンは暑くならないと実らねえ。なのに、もう結実しただあ。これはさすがに、おかしいだあ。夏はまだ暑くはなってきていないだあよ」
ヴァンはまだヌッコ村の夏を知らない。ヴァンにとっては充分な暑さだと思うが、前から住んでいるタマ子が暑くないと評価するなら、タマ子の意見が正しい。
「新種だからだよ。それに実が生ったんだ。もうじき結果が、はっきりするよ」
そこから実は大きくならなくなった。梅の実程度の大きさで生長が止まった。他の農家では、きちんとレモンと呼べるような大きさに生長している。タマ子が育った実を一粒、取って齧る。断面をタマ子が凝視する。
「味は付いておる。齧ってヒンヤリするから質は問題なかべえ。実も皮も異常はねえが、このまま大きくならねば敬遠されるのは間違いねえ」
売れなければ困る。このままなら、一山いくらで投げ売りになる。そうなれば完全な、くたびれ損だ。なんらかの事情で生育が止まっていれば、まだ大きくなる可能性が残っている。
だが、これが限界なら、放っておけば、実が熟して地面に落ちる。そうなれば鳥の餌くらいにしかならない。少しでも資金を回収するか、それとも待つか。
タマ子も何か正解がわからずにヴァンを見る。タマ子はヴァンの決断を待っていた。
「このまま育てよう。たまたま、生育が遅れているのかもしれない」
翌朝、ヴァンのヒンヤリ・レモンは全て地面に落ちていた。大きくは、なっていない。完熟して落ちてもいない。わかっているのは、もう売り物にならないだけ。
タマ子が朝から顔をどんよりさせる。
「せっかくのヒンヤリ・レモンが生ゴミになっちまっただなあ」
「前回は木が全部ダメになった。今回は実だけダメになったと考えれば大きな進歩だよ」
対策がない現状では完全な強がりだった。気が滅入るが地面に落ちたヒンヤリ・レモンをゴミ袋に入れて回収する。労働に伴う汗と疲労が辛かった。気分を切り替えるためにマリーのいるパン屋に行く。
早めに行ったのだが、パン屋にお客さんが、もうちらほらいた。ヴァンの失敗を知らないであろうマリーは今日も明るい。
「ヒンヤリ・レモンの季節ね。パン屋でも来週の末からレモンパンを出すわ。レモンパンは夏の風物詩よ。私も好き。ヒンヤリ・レモンを使えば、外が暑くても負けないわ」
「だったら、僕が卸すよ」とは言えない。ヒンヤリ・レモンは今朝がた全部、落果した。もっとも、小さ過ぎてマリーに見せるには恥ずかしい実ではあった。マリーはパンを籠に入れながら会話を続ける。
「今年の夏は暑くなるのが、遅れているわ。嵐を呼ぶ獣のせいかしらね?」
「どうだろうね」とヴァンは言葉を濁す。
「ヒンヤリ・レモンって、暑くならないと良い実が生らないから、今年は暑くなるよう祈るわ。暑くなれば、きっと良いヒンヤリ・レモンが実るわ。だから、気落ちしないで」
マリーは、ヴァンがヒンヤリ・レモンに挑戦しているのを知っていた。しかも、上手く行っていない情報も届いてる。
「頑張るよ」と答えたがヴァンの気分は沈んだ。マリーは教えてくれないが、ジョセフのところは成功している気がする。今のヴァンにはライバルの成功を祝福するだけの余裕がなかった。なので、教えてもらわなくてホッとした。
家に帰るとタマ子が回覧板を見ていた。タマ子が険しい顔で注意する。
「まずい情報が伝わってきただあ。新種のヒンヤリ・レモンには虫が付き易い。三光虫が付いたヒンヤリ・レモンは栽培を中止して焼き払え、と命令が出ただ」
小さくとも実がなるところまで来たが、ここで虫が付けば、また一からやり直しだ。焦る心でタマ子に相談する。
「対策はないの、殺虫剤は効かないの?」
「三光虫用の殺虫剤はねえ。だが、三光虫が忌避する匂いはある。防虫剤として香りを焚いて予防ができるかもしれねえだが、どうするだあ?」
撥水性ネット、肥料、病気の薬に加えて、防虫剤となるとコストが上積みとなる。しかも、これで大丈夫の保証もない。増え続けるコストと手間にヴァンは苦く思った。




