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ランタン草

 雪が降らなくても冬に入ったヌッコ村は寒かった。暗いうちから起き出す。

 外に出ると、家の煙突から煙が上る光景が見えた。


 早く起きたと思ったが、村一番の早起きではなかった。

 財布を持って村の中を歩く。


 煙突から煙を上げている一軒の家が目に入った。家の窓からは明かりが漏れている。

 早起きな家もあるものだと思うと、パン屋の看板が目に留まった。


 マリーの家か。ヌッコ村のパン屋って早くからやっているんだな。

 扉を開けて入ると、マリーがパンを棚に並べていた。


 マリーは笑顔でヴァンを迎えてくれた。

「いらっしゃい、ヴァン。うちのパンを気に入ってくれたのね」


「美味しかったからね。でも、パン屋って早くからやっているんだね」

「朝食にうちのパンを買いにくるお客さんもいるのよ」


 話していると、村人がパンを買いに入ってきた。

 あまり、話すのも悪いと思った。


 白パンとバターを買って家に帰る。

 朝食を済ませると、萌黄色の野良着を着たタマ子がやってきた。


 タマ子は家に入ると、優しい表情で訊いてくる。

「さて、今朝から農作業だあ。まず、なにを植えるか決めるぞ」


「冬に作物を植えるってことは春に収穫するんですか?」

 タマ子は首を横に振る。


「いんやあ、ヌッコ村の畑は育つのが早ええ。作物にもよるが、そんなに掛からねえ」

「そうなんですか? でも、小麦、芋、豆は駄目なんでしょう。何を植えるんですか?」


 タマ子が小首を傾げて考える。

「そうだな。ヌッコ村では冬に雨や雪は滅多に降らねえ。また、ナシュトルの祭りが近いから、ランタン草がええか」


 ランタン草は聞いた覚えのない植物だった。

「聞いた記憶も見た覚えもない作物ですね。どんな、作物なんですか、ランタン草って?」


「花はランタンに似た小さな花を付ける。ナシュトル南部では冬の祭りにランタン草を庭先に飾る。そうして祖先の霊を慰める風習があるんだあ」


 悪い選択には思えなかった。


「人間の国でいうところの、母の日にカーネーションを送るようなものか。イベント限定で需要が高まる花なら、栽培に成功すれば売れるな」


 ただ、小麦は作った経験があれど、花の栽培は初めてだった。

 タマ子が少々、怖い顔をして注意する。


「ただし、ランタン草は気温が十℃を超えても0℃を下回っても育たねえ。温度管理が難しい花だあ。でも、ヌッコ村は冬の気温が安定している。冬の季節なら問題なく育つ。肥料もいらねえ」


 冬に育つ花か。やはり、精霊花は普通の花と違う。それとも、さすがは魔境と評価すべきか。

「種から花になるまで何日くらい掛かるんですか?」


「ランタンは十日の言葉がある。ランタン草は十日で花を付け、十日で枯れる。祭りの日に合わせて栽培するとなると、今日くらいから始めるのが、ちょうどええ」


 タイミング的にもちょうどいいのか。ここら辺の匙加減は地元民しかわからないな。

「祭りの日を過ぎたら高く売れなくなるのか。よし、ランタン草に挑戦しよう」


「なら、私が種を買ってくるだあ。畑の雑草取りと土を耕すのを頼む」

「任せてください」


 タマ子が出て行ったので畑を確認する。畑は誰かが定期的に雑草を抜いてくれたのか、あまり伸びていなかった。また、冬の気温のせいか雑草は枯れていた。


 枯れた雑草を引き抜く。枯れた雑草は根が張っていなかったので簡単に引っこ抜けた。

 納屋から鍬を取り出し、土を耕した。


 土の状態を調べると、土は乾燥していた。

 栄養状態も良くない。手に取ると簡単に崩れた。


 ヴァンなりに分析する。


「雑草も満足に生えていないくらいだから、土の状態がよくない。一mは掘って施肥しない駄目だな。時間がないからすぐに始めないと」


「ヴァン、ちょっと待て」

 声がした方向を見るとダニエルが立っていた。


 ダニエルの傍に行く。ダニエルが真剣な顔で注意する。


「ヴァンよ。お前の常識はヌッコ村の常識ではない、何かをやる前に必ずタマ子に訊け。訊かないと大きな失敗をするぞ」


 土の状態を見れば良くないのは明白に思えた

「でも、明らかに土の状態は悪いよ」


「ヴァンの考えは人間の土地の人間の作物の話だ。魔境で精霊花を育てる話ではない」


 小さい頃から家を手伝ってきた自負がヴァンにはあった。

「でも、細かい内容までタマ子さんに訊いていたらタマ子さんが怒り出すだろう」


「怒るかもしれない。だが、タマ子はお前を見捨てたりはしない」


 ダニエルの言い方が気になった。

「なんだ、なにか事情があるのかい?」


「タマ子はルーカスの元相棒だ。タマ子はルーカスに恩義を感じている。ルーカスがいなくなった後も後継者が来るまで、誰に命じられなくても家や畑の手入れをしていた」


 ヴァンが来る前に家の手入れはされていた。また、畑の雑草が少ない理由もわかった。

「フランキー村長が命じて、やらせていたんじゃなかったのか」


「タマ子は自発的にやっていた。それだけ、ルーカスに恩義を感じていたんだ。お前は一人で生きているのではない。ルーカスの縁に生かさているのを忘れるな」


 タマ子の性格が少しだけわかった。また、家と土地を残してくれた死んだ叔父に感謝をした。

 ダニエルの助言通りに余計な仕事はしなかった。雑草を抜き、畑を耕すだけにした。


 作業が終わる頃にタマ子が布袋を持って帰ってきた。

「ランタン草の種をツケで買ってきた。支払いは花を売った代金が入ってからでいい」


 袋の中には梅の実に似た赤い種が入っていた。

「これがランタン草の種か。種より実に見えるな」


 タマ子がやんわりと注意する。

「実でも間違いないけど、食うなよ。腹いたくすっぞ」


 畝を十列作る。千個の種を間隔を空けて植えていく。

 種は千個しかないので、昼前には植え終わった。


 やはり百㎡の土地だと不安だな。ランタン草がいくらになるかわからないけど、大した儲けには、ならないんだろうな。


 一仕事が終わったので少し早めにお昼の休憩を摂る。


 ヴァンは正直に尋ねた。

「ランタン草を千本、植えていったいどれくらいの収入になるんですかね」


「わからないねえ。全て花が咲けば、金貨八枚は行くかもしれねえ。だけんど、全て花が咲くかどうかはお天道様次第だあ。花が咲いても売り物になるかは、また別の話だあ」


 全て花が咲けば金貨が八枚だって。いくらなんでもタマ子さんの話は大袈裟だろう。


 金貨が一枚あれば、独身男性一人が一ヵ月は悠々くらしていけた。

 金貨八枚が十日で手に入るわけがない。なんか、怪しいなヌッコ村。


 タマ子の言葉を疑ったが黙った。十日後に結果がわかる。

 ヴァンはダニエルの助言に基づき尋ねる。


「土に水気がなくて、土壌の栄養状態も悪いです。本当に水をやったり、肥料を足したりしなくていいんですか? 種を蒔いてからでは遅すぎますよ」


 タマ子は渋い顔で止めた。


「水やりや、肥料やりは止めたほうがええ。ランタン草に水をやれば花が付かなくなる。肥料をやれば、花は小さくなる。いかに、痩せて水気のない土地を用意できるかが勝負になる」


「そんなものですか」

「午後から(きこり)から薪を買って運ぶから準備しておけ」


「煮炊き用の薪なら、まだありますよ」


「違う。気温が下がりすぎた時のためだあ。寒さからランタン草を守らねばならねえ。霜が降りそうな時は畑の周りで火を焚いて空気を暖めるんだあ」


 空を見上げるが乾燥した晴天だった。朝は寒いが、霜が降りるとは思えなかった。

「霜が降りますかね」


「わからねえ。だが、私の勘が今朝から告げている。ここ、数日、天気が不安定になる。だから、雨除けのシートも用意せねばならねえ」


 獣人の天気予報か、当たるのかな。昼食もマリーのパン屋でパンを買い済ませる。


 マリーのパン屋は少々値段が高いものの味は良い。それに、食事の支度をしなくてもよいので便利だった。


 昼食後、大八車を牽いて樵の家を尋ねる。

 薪は一束が二十㎏で銀貨一枚だった。


 タマ子が樵に話を付ける。

「百束を売ってくんろ」


 百束って二t。量の多さに、びっくりした。だが、必要だとタマ子が主張するのなら、買うしかなかった。ヴァンが突っ立っているとタマ子が催促する。


「なにをしているんだ。ヴァンさんお金を払って」

「薪はツケで買えないんですか?」


「花の種や木の苗が例外だあ。村人同士の取引は貨幣を使った現金取引が基本だあ」

 そんなものかと一枚の金貨を払って薪を買う。


 薪は配送してくれないので、ヴァンが運ばなければならなかった。

 タマ子は体が小さいので力がないと思った。大八車に積んで十往復して薪を運ぶ。


 良い汗を掻いた。休憩しようとしたところでタマ子の指示が飛ぶ。

「休憩するのはまだ早ええ。夜のうちに雨が降ったら困る。納屋からシートを出してきてかけるだあ」


 納屋を探すと青いシートがあった。何の布かは知らないが、シートは水を弾いた。

 なるほど、これなら穴でも空かない限り、水は下に漏れない。


 タマ子が説明する。

「ナシュトル製の布さ。シートを畑に掛けて四方を杭で固定すれば今晩に雨が降っても心配はねえ」


 青いシートで畑を覆い、作業を終えた。

 二日目の朝を迎える。タマ子がやってきて指示を出す。


「ランタン草は日光が大好きだあ。すくすく成長させるために陽に当てるだあ」

 青いシートをどける。シートの下ではランタン草が三㎝の赤い芽を出していた。


 一日で芽が出たな。生長は早いんだな。

 タマ子が叱咤する。


「ぼーっとしない。今日は畑の周りの杭を長い物に換えるよ」

 成長が早いのなら、シートをただ被せておけば芽が真っすぐ伸びない。


 シートを高い位置に上げてやれば、ランタン草の生長を妨げない。

 納屋に高さ八十㎝、直径十㎝の杭があったので畑の四隅に刺す。


「どれくらいの高さがいいんですか?」

「ランタン草は生長しても三十㎝だあ。高さが三十㎝あればええ」


 ヴァンは二本の杭を高さ四十㎝に、もう二本の杭を高さ五十㎝に打つ。

 杭にシートを結び緩やかな傾斜を付けた。


 これで雨が降っても、シートの上に雨水が溜まらない。

 三日目、朝から寒かった。空も曇り空だった。


 タマ子がやってきたのでアドバイスを求める。

「どうしましょう。シートをどけますか?」


 タマ子は渋い顔をして空を見上げる。

「日陰だと品質は落ちる。だども、今日はなんか天候が怪しい。少し様子見だ」


 農作業がないので、二人で家の掃除をする。すると、雲行きが怪しくなってきた。

 タマ子が髭をひくひくと動かす。タマ子は険しい顔で空を見上げる。


「こらあ一雨、来るぞお」

 窓から外を見渡す。雨は今にも降りそうだった。


 ヴァンと同じようにシートを使って畑に雨が掛からないようにしている畑も多くあった。

 風が湿り気を帯びる。風が少し出てきて青いシートを揺らした。


 昼過ぎにはぽつり、ぽつり、と雨が降ってきた。

 タマ子さんの言う通りになったな。


 小雨が降り注ぎ、地面を濡らしていく。

 ヴァンの畑にはシートがあるので、雨が掛からない。


 雨が止むのをヴァンは待った。

 部屋が寒くなってきたので、暖炉に火を入れる。


 タマ子が空を見上げて叫ぶ。

「まずい、雨が(みぞれ)になったあ。気温が下がってくるぞ。火を焚くぞ」


「火なら暖炉に入っていますよ」

「馬鹿、違うよ。薪に火を付けて畑の周りに置くんだあ。このままだと、ランタン草が全滅すっそ」

 全滅は困る。なにせ、種はツケで買っている。いきなりの借金生活には入りたくない。


 ダニエルが立っている場所を除き、薪を畑の外縁の七箇所に少量置く。

 暖炉から火の付いた薪を加えて点火した。


 霙は止んだ。だが、寒さは変わらない。

 タマ子が厳しい顔で空を見上げて指示する。


「今晩は徹夜で火を焚かんといけん。薪が心許ない。ヴァンさんもっと、薪を買ってきてくれ。私は火の番をする」


 薪を買いに行く。樵の元には薪を買いに来た村人が他に何人もいた。

 皆、この寒さは予想外だったんだな。


 金を払い薪を買う。大八車に薪を積み十往復した。

 寒いはずだが、運動したせいで体は熱くなった。


 タマ子がヴァンを気遣う。

「風邪を引くといけん。すぐに着替えたほうがええ。今晩は交代で火の番をするだあ」


 ヴァンは着替える前に夕食のパンを買いにマリーの店に行った。

 マリーは心配そうな顔をしていた。


「ヴァン、畑でランタン草を植えていたでしょう。この寒さ大丈夫なの」

「初めての経験なんで、わからない。今晩はタマ子さんと交代で火を焚く」


「大変だと思うけど、頑張ってね」

「ありがとう、また明日パンを買いに来るよ」


 家に戻った。汗で濡れた服を着替えて外に出る。

 外では地面に置かれた薪が、畑を照らすように燃えていた。


「タマ子さん、戻りました。他にする仕事はありませんか」

「今は休んでおけ、もう少ししたら交代する」


 シートの傍で火が燃えているので心配だった。

「燃えませんかね、シート」


 タマ子は真剣な顔で注意した。


「シートは燃えない素材だから心配ねえ。ただ、風が強くなった時にシートや薪が飛んで行かないように気をつける必要がある。特に火が着いた薪は用心だ」


 村の家は木造建築がほとんどだった。

 火災が心配か。絶えず誰かが火を見ていなければいけないわけか。


「わかりました。交代して欲しかったら、いつでも申告してください」

 タマ子とヴァンは交代で火の番をした。幸運にも強い風は吹かなかった。


 村では畑の周りで火を焚く状況に慣れているのか、火事は出さなかった

 朝になる。眠気に耐えて火を監視しているとタマ子が起きてくる。


「タマ子さん朝食のパンを買ってきます」

「そうか、なら頼む」


 マリーの店にパンを買いに行くと、マリーと店で会った。

 マリーは不安な顔で聞いてくる。


「どう、畑は守れた?」

「まだ、わからない。それに、気温低下が昨日だけとは限らないから、気は抜けない」


「早く温かくなるといいわね」

 家に帰って、外でタマ子と一緒にパンを食べる。


 タマ子が硬い表情で尋ねる。

「疲れたかい、ヴァンさん」


「少しね。でもランタン草を枯らすわけにはいきませんから」


 タマ子は空を見上げる。


「今日は天気がよくなりそうだ。これ以上は火を焚く必要はない。日中はシートを外して、陽に当ててやるべえ。ただし、気温が下がったらまた、昨日と同じだあ」


 これは一人では無理だったな。

「わかりました。大変だけど、タマ子さんと二人ならやれそうな気がします」


 四日目からヌッコ村の冬の天気は安定した。雨も雪も降るらず乾いた晴天の冬空が続く。

 十日目、ランタン草は高さ三十㎝にまで生長した。


 ランタン草には一辺が五㎝の立方体の花が咲いていた。花は小さな鉄のランタンそっくりで中心に小さな赤い炎を灯していた。


 雨が少し掛かった影響なのか、畑の縁にあるランタン草の花には火が灯っていなかった。また、高さが不十分な花も多く見受けられた。


 十日で花が咲いたけど、半分以上が生育不良か。痛いなこれは。

 だが、タマ子の感想は違った。


 花咲くランタン草の畑を見てタマ子が優しい顔で評価する。

「売り物になる花は四百株くらいかあ。まあ、初めてにしては上出来だ。さあ、花が実になる前に収穫すっぞ」

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