焔ジンジャー(一)
春の終わりに嵐があった。嵐の中では農作業ができないので休日になる。家が壊れるほどの嵐ではないが、天気が悪いので遊びにもいけない。家の中で本などを読んで過ごした。
ルーカスの書棚には実用書が多い。だが、ルーカスの趣味だったのかミステリーも置いてああった。初めて読むミステリーに興奮して読み耽ったりもした。
本の中にはミステリーと毛色が違う本もあった。本は絵本でタイトルに『嵐を呼ぶ獣』とあった。内容は怖ろしい魔獣を勇敢な若者が剣で退治する話だった。話としては有り触れているが、魔獣を倒す剣が畑できるとなっているところが印象的だった。
ヌッコ村だと畑に剣が生ってもおかしくはない。だが、さすがに、それはないだろうと思い、本を仕舞った。風が止む音がした。夜の窓を少し開けると晴れた夜空が見えた。ヴァンは休日の終わりを実感した。
晴れたので作業をするために外に出る。春も終わりなのだが、まだ肌寒い。ヌッコ村の夏は遅いんだな、とぼんやり思う。珍しくタマ子が遅刻してきた。タマ子の顔は険しい。
「ヴァンさん、まずいことになっただあ。郊外の森に嵐を呼ぶ獣が出たと村長から通達が出た」
絵本の魔物だろうか。あの話は実話を元に作られていたのか。だとすると危険だ。話の中の嵐を呼ぶ獣は人を襲い、夏を遅らせる。不安になった。このままでは農作業をできなくなる。
「どうすればいいの? 嵐を呼ぶ獣って昔話の中では、兵隊が百人も束になっても敵わないってあったよ」
苦い顔でタマ子は説明してくれた。
「そこまでは強くねえ。昔話は誇張だあ。ただ、厄介なのは本当だ。村長が密かに雇った退治人が負けたって話だあ」
村人を心配させまいと、こっそり退治を試みて失敗した。これでは村に動揺が広がる。
「専門の退治人が負けたって、危険だよ。村に嵐を呼ぶ獣がやって来たら、どうするの?」
「村には結界石があるだあ。いくら嵐を呼ぶ獣でも村には入れねえ。だが、飛行船の運航には影響する。村の物流が大きく乱れるだあ」
付近に危険な魔獣が出るのなら、陸路での生活物資が入って来なくなる。飛行船が飛べないなら、村からの輸出も止まる。長引けば村の生活は混乱する。タマ子は急ぎ指示する。
「ヴァンさん食料を確認するだあ」
小麦が七日分、米と麦が一日分しかない。パンが買いたければマリーの店に行けばいつでも買えたので、備蓄は多くない。情報が解禁になったのだから、買い増しはできない。
「嵐を呼ぶ獣が退治できないと餓死するね」
「餓死は心配ねえだ。村ではこういう時のために満腹ゴボウを用意している。」
満腹ゴボウは美味しくないので、三食満腹ゴボウとなると、死にはしないが、かなり苦しい。大人はいいが、子供は我慢できないだろう。妊婦にも栄養がいかない。噛む力が弱った老人がゴボウを齧りながら暮すのでは辛い。
「うちも何か食べられる精霊花を栽培したほうがいいかな?」
嵐があれば作物は大きな打撃を受けるが、作らないより良い。
「畑が空いている家には作物を植えないように村長から待ったがかかっただ」
腑に落ちない指示だが、村長は何か考えがあると見た。ならば、新参者は騒がず指示を待とう。慌てて足を引っ張ってはいけない。それに村に嵐を呼ぶ獣が入れないなら今日明日でどうにかなる危険もない。
「とりあえず、どうすればいいのかな?」
村の入口で今まで鳴った記憶がないラッパがなった。何か危険が迫ったのかとびっくりした。タマ子は険しい顔で指示を出した。
「村人の助けを求めるラッパだあ。ヴァンさん村の入口に急ぐだ。このラッパが鳴った時は、村の大人は救援に駆けつけるだあ」
タマ子を先頭にヴァンは走った。村の入口には三十人からなる冒険者がいる。冒険者は全員が疲れ切っていた。冒険者の隊長とフランキーが話していた。ヴァンたちに続き人が集まって来るとフランキーが頼む。
「手分けして家で討伐隊を休ませてやってくれ。充分な食事と寝床の確保を頼む」
負けた討伐隊が逃げてきた。大怪我している人間はいないが、犠牲者が出ていない保証はない。何人かが森に置き去りになっている可能性がある。
集まった人が村長に呼ばれる。次々と冒険者の休憩先を割り当てられる。タマ子も呼ばれて一人の女性冒険者を連れてきた。
冒険者は長身の女戦士だった。相手は銀髪で褐色肌。筋肉はがっしりとついている。鎧の上からでは目立った外傷は見えない。思い込みは禁物なので尋ねる。
「ヴァンといいます。歩けますか? お辛いようなら家から大八車を持ってきます」
女戦士は疲れた顔で答える。
「シャーリーだ。歩けるが、すぐにも横になりたい。家まで案内してくれ」
ヴァンは家に向かって歩くと、シャーリーがのろのろと従いてくる。家のドアを開けるとシャーリーは倒れた。びっくりしたがタマ子が、すぐにシャーリーの容態をチェックする。
「これは極度の疲労だなあ。とりあえず中に運ぶだ」
ヴァンはタマ子と協力してシャーリーを家の中に運んだ。農作業で鍛えた体だが脱力した人間は重たかった。二人はシャーリーの鎧をなんとか脱がせてベッドに転がした。
「寒い、寒い」っとシャーリーがうわごとで呟く。最近は使わなくなった暖炉に日を焚べた。きっとお腹も空いているであろうと、小麦を挽いてパンを準備する。
家の小麦に余裕がないが、村のために命懸けで戦ったシャーリーには、できるかぎりの持て成しをしたい。ヴァンは小麦挽くとタマ子に頼む。
「あとは頼む。僕はライラの家にいって焔ジンジャーを分けてもらう。焔ジンジャーの生姜湯なら体もきっと温まる」
ヴァンはライラの家に行くと、ライラはおどおどしていた。村に慣れない人が大勢入ってきて、戸惑どっていた。普段なら時間を掛けて緊張を解いてあげたいが、今は緊急時だ。
「怪我人が寒さで苦しんでいる。焔ジンジャーが余っていたら、わけてくれ」
「待って、家にあったはず」ライラは家の中に消えたがすぐに戻ってきた。手には焔ジンジャーの大きな塊があった。かなりの上物だ。買ったら結構高い。
「ありがとう、代金は後で払うから」とヴァンが帰ろうとするとライラが止めた。
「焔ジンジャーを生姜湯にするなら蜂蜜ではなく氷砂糖を使って。あと、お湯は沸騰寸前のお湯を数分冷まして使うと効果が高いわ」
良い情報を聞いた。急いで帰った。ライラのアドバイスを元に生姜湯を作った。生姜湯ができるとシャーリーがぼーっとした顔で起きてくる。
「焔ジンジャーで使った生姜湯です。体が温まりますよ」
ヴァンが生姜湯を勧めるとシャーリーはゆっくりと飲む。
「温かい。故郷の太陽の香りがする」と口にすると、シャーリーは、またベッドに戻って眠った。寝顔は安らかだったので、もう大丈夫だと安堵した




