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小鬼ヨモギ(一)

 妖精苺の苗を引き抜き、ブロックを処分する。ブロックを積むのも大変な作業だが片付けるのも同じだった。


 夕暮れまで作業をしていると、村長のフランキーがやって来る。フランキーは、一人の少女を連れていた。少女は身長が百六十㎝をちょっと切るくらいで細身。短い金髪をしており肌が白い。恰好は旅人が好んで着る茶の外套を着ていた。


 フランキーが柔和な笑みを浮かべてヴァンに頼みごとをする。

「ヴァン君、お願いがある。こちらの女性、サーシャさんを一晩でいいから君の家に泊めてくれないか。本来なら私の家に泊めたいんだが、うちには今、子供が生まれそうな妊婦さんがいるんだよ」


 サーシャはぺこりとお辞儀をして挨拶した。

「薬師見習のサーシャです。村には定期的に薬の材料の仕入れや薬草取に来ています。いつもは村長さんの家やブリトニーさんの家に泊まるのですが、今日はちょっと他にお客さんがあり、泊まる場所がありません」


「村に宿屋はないの?」と、ヴァンは横にいたタマ子をちらりと見て尋ねる。

「ねえよ。たいてい外から来たお客は村長が家で持て成すだあ。知り合いがいる奴は知り合いの家に泊まるのが流儀だ。獣人宿舎は人間には狭すぎる。商人ならブラウニーのとこに行くってのも、ありだがなあ」


 男の家に若い女性を泊めるのはどうかと思う。だが、村長がここに来たのなら、信頼されている証だ。また、他に適当な家もないと見た。

「狭い家でよければいいですよ。家の外での野宿は危険でしょうから」


 ヌッコ村の夜には畑を荒らす何かが出る。ダニエルたち案山子は畑だけで手一杯だ。

フランキーは、ほっとした。


「良かった。そういってくれると助かる。こんな辺鄙な場所にある村だから、お客さんは大事にしないとね」


 タマ子は気を遣ったのか申し出た。

「なら、今日は私も、ヴァンサンの家に泊まってもええだよ。食事くらい作ってやるだあ」


 農作業を終えるとヴァンは風呂に入る。タマ子とサーシャは村の銭湯に行った。銭湯からはすぐに帰ってこないと思うので、パンを焼く準備をする。


 小麦粉が少々足りないのに気が付いた。独りならパンがなくても我慢する。だが、お客さんがいるのでマリーのパンに行く。パン屋は閉店時間前だが、閉まるところだった。


 店を片付けるマリーが済まなさそうに詫びた。

「御免なさいヴァン。今日は外からのお客さんが多くて、全部、売り切れたわ」


 珍しいこともあるが、理解もできる。お客が多かったから、村長が各家を回って旅人を持て成すように頼んでいる。マリーが教えてくれた。


「郊外の森に遺跡が見つかったんだって。調査に来た学者や冒険者で急に人が増えたわ。郊外の森って、昨日までなかったものが突如として現れるから」


 不思議な事態もある。だが、ここは魔境のヌッコ村。何かが突然、現れて、突然、消えても、おかしくない。見つけたら早く調査しないとやりそびれるなら、我先に人が訪問する心情も納得だ。


 もっとも、それでサーシャのように定期的に来る人が割を食うわけだが。

「なら、小麦粉だけ売ってよ」

「ごめんなさい。パンが売れ過ぎて小麦粉は挽かないとないのよ」


 今から挽いたら間に合わない。マリーの家では早朝に挽きたての小麦粉を作る。なら、今は家の人の分しかないのか。マリーの家から普段は聞こえない若い男の笑い声がした。


 マリーの家にもお客さんが来たのか、これは無理に頼めないな。諦めて家に帰った。どこかに小麦粉が余っていないか探すと、乾燥させた小鬼ヨモギが出てきた。


 小鬼ヨモギなら充分な量がある。間に合わせの策としてパンに入れてかさを増した。お客さんには充分に食べてもらいたい。


 パンを捏ねていると、タマ子とサーシャが戻ってきた。

 タマ子は緑色のパン生地を見て驚いた。

「ヴァンさん、そのパン生地はどうしただか?」


 見栄を張ってもしかたないので正直に打ち明けた

「小麦粉が少ないので、小鬼ヨモギを足した。不味いかな?」


 サーシャは微笑む。

「ヌッコ村では珍しいですが、小鬼ヨモギはパンと相性がいいんですよ。私の村では邪気を祓う祝祭日にヨモギパンを焼いて食べる風習があります」


 サーシャが嫌いではないと知り、ほっとする。ヨモギパンの作りかたはサーシャが良く知っていた。塩加減や隠し味の香辛料について教えてもらった。コツは少量の牛乳と玉葱、それに、ちょっぴりの砂糖だった。


 ヨモギパンを教えてもらっている間にタマ子がシチューを作り、夕食となる。

 食事時にサーシャが小鬼ヨモギについての逸話を教えてくれた。


「小鬼ヨモギを小鬼が嫌がる理由は、昔、ヨモギの精に悪さをして、仕返しをされてからだそうです。何でも、小鬼は熟れたヨモギのペーストに漬け込まれて焼かれそうになったとか」


 昔話って、けっこう残酷な話があったりするから驚かない。でも、小鬼は、さぞ震えただろう。

「仕返しされた小鬼は、ほとほと懲りたのか以後、小鬼ヨモギの香りを嗅ぐだけで逃げ出すと伝えられています」


 手の中のヨモギパンを眺めながらタマ子は感心した。

「そんな話が他の村にはあるんだなあ。小鬼ヨモギは悪い虫がつかん。乾燥させて焚くと殺虫効果や防黴の作用もあるってライラがいうとったなあ」


 焼けたヨモギパンは美味しかった。パンを焼き慣れていないヴァンが作ってもまずまずの味だ。ただ、タマ子の口には合わないのか手があまり伸びない。


 サーシャは次の日に帰った。帰り際に、泊めてくれたお礼にとヨモギ乾パンの作り方を教えてくれた。パンのことならマリーに教えてあげるに限る。


 既に知っていても、問題ない。話し掛ける切っ掛けにはなる。マリーの家では需要が増えたパンを焼くために大忙しだった。話せたのは三日後になった。


 閉店間際に行くとパンが少し残っていた。どうやら、ヌッコ村に訪れた突然の御客たちは情報を集め、装備を揃えて森に行った。そうなると、来訪者は野宿なのでパンは余る。

「ヨモギを使ったパンのレシピを教えてもらったんだけど、教えようか?」


 マリーは苦笑いして答える。

「お父さんが以前にジャム入りのヨモギパンを作ったけど、不評だったわ。けっきょく黴を生やして捨てたわ。苦い経験よ。それに、この村の人は、小鬼ヨモギをあまり好きじゃないの」


「ジャムパンはダメでも、乾パンはどうだろう。保存が利くから、冒険者に売れると思うよ」

 冒険者はヌッコ村の外の人間だ。外の人間なら好むかもしれない。現にタマ子は苦手だったが、ヴァンは好きだった。レシピを見せた。


 マリーはレシピを見て微笑む。

「冒険者向けの乾パンか。これから旅人や冒険者も増えるかもしれないから、いけるかもしれないわ。お礼はパンでいい?」


 マリーが喜んでくれたのが何より嬉しい。お礼はマリーの笑顔で充分だった。

「今回は要らないよ。いつもお世話になっているからね」


 マリーは屈託なく笑う。

「ありがとう、ヴァン。今度どこかにお弁当を持って遊びに行きましょう」

 やったと思った。マリーに喜ばれヴァンの心は華やいだ。

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