妖精苺(五)
ライラが帰った後も雨は続いた。雨は次の明け方まで降った。朝に降り止んだんだが、止んだのが一時的だった困る。昼まで待って完全に晴れてから屋根を取って日光に当てる。
タマ子の顔は暗い。
「結構、降っただなあ。これは悪い影響が出るだあ。次の収穫は期待できんぞう」
このままではダメだ。自分一人の失敗ならこれでいい。だが、ライラの希望が掛かっている。なら、手を拱ねいてはいられない。
「タマ子さん、肥料を追加しよう。改善策だ」
口を酸っぱくしてタマ子は意見する。
「だからダメだと教えておるだろう。水がやり過ぎになるだあ」
「液肥ではないよ。乾燥した果実用肥料だよ。何かあるでしょう」
完全な勘だったが、ある気がした。ヌッコ村で栽培する精霊花は種類が多い。対応するために商館の品揃えは豊富だ。ヴァンには把握しきれていないが、タマ子にならわかる。
眉間に皺を寄せたタマ子が腕組みする。
「思い当たる肥料があるといえば、ある。サンドマン・パウダーかなー。だども、妖精苺を作るのにサンドマン・パウダーを使うなんてやった奴おらんぞ。サンドマン・パウダーは焔ジンジャー用だ」
効果のわからない液肥と本来は用途ではない肥料の組み合わせ。見方を変えれば変則的な試み。普通は成功しない。だが、現在の評価が生ゴミならこれ以上は評価は下がりようがない。冒険ができる。
「やろうタマ子さん、僕はタマ子さんの知識を信じる」
タマ子の反応は鈍い。
「簡単に言うけどなあ、ヴァンさん。下手したら赤字が膨らむぞ。正直、そこまでするわけがわからん。ライラのために良い顔したい気持ちはわかるだあ。だども他所から見れば鼻の下を伸ばした馬鹿に見える」
タマ子さんには誤解されているが許容範囲の誤解だ。ならば、問題ない。馬鹿でいい。
挑戦しない賢人より、挑戦する馬鹿が僕には似合う。
「やるよ、タマ子さん。馬鹿の信念は岩をも穿つだよ」
「そんな諺、聞いた覚えがねえけどなあ。ヴァンさんがやると決断するなら付き合うのが私の勤めだあ」
サンドマン・パウダーを追加した。肥料焼けが気になるところだが、もうどうせ生ゴミ寸前の作物だ。枯れても良いくらいの気持ちで足した。
晴れてから四日で二回目の収穫ができた。味見をすると前回と少し味が違う。酸味がまろやかだった。ただ、香りは明らかに薄くなった。失敗かと、がっかりしながら商館に運ぶと、買い取り価格が前回と同じだった。
タマ子がブラウニーの値付けに不思議がる。
「価格が同じでええだか? 雨の影響が出たはずだあ」
「前回より香りが落ちましたが、味に深みが出ました。良いところが減った分、悪いところも改善されたので、この価格です」
雨の影響を追加肥料の効果が打ち消した。無茶な決断だが効果はあった。値下がりはしないが同価格だからコスト追加分の損失だ。損は痛いが最悪の事態は回避できた。
固形肥料、液肥、水、三者のバランスは難しい。うまく嚙み合えば良い物ができる可能性が見えたが、匙加減がわからない。タマ子が新しい物を嫌がる気持ちがわかった。
翌朝、タマ子が来ると作業前に教えてくれた。
「昨日の晩に仲間に話を聞いただあ。どこも妖精苺の買い取り価格が下がっていただあ。原因は雨による質の低下だあ」
結果だけ見れば金銭的にはマイナスだった。だが、皆の買い取り落ちている中で価格維持なら悪くもない。
「液肥は利点がはっきりわかれば使いようはあるかもなあ」
タマ子が液肥を認めてくれたので、ヴァンの気分は楽だった。ライラの研究は無駄じゃなかった。ライラに教えれば喜ぶ。ライラのためだけではない。これが巡り巡ればヌッコ村の利益になる。
あと一回の栽培では判明しない。来年の課題だろうか。もっと皆で使ってデータが揃えば、妖精苺栽培の発展に道を開く。ライラが来た時に教えた。
ライラはうーんと考え込む。ヴァンはライラに気持ちを伝えた。
「失敗じゃなかったってことだよ。入口は良かったんだ。改良が進めば、きっと村の助けになる。ライラの研究が村を発展させるんだ」
ライラはほっとした。
「わかりました。来年こそは成功させましょう」
タマ子がじっとヴァンを見る。タマ子の視線は安請け合いするなと言いたげだ。
「そうだね。俺で良かったら協力するよ」
「あーあー、言っちまっただあよ」のタマ子の心が聞こえた気がした。
三回目は味がまろやかで、香り豊かな妖精苺が収穫できた。ただ、この時季には美味しい妖精苺が出回っていたので、質が上がっても供給過剰で値段は少ししか上がらなかった。
トータルでみれば労力の分だけ損をしただろうか。
四回目をやるかどうか迷ったので、タマ子に尋ねる。
「どうする、まだ、できそう?」
「いいや、雨は降らねえが、こっから一回、寒くなる気配がするだあ。寒くなり過ぎると苗は枯れる。ここらで止めにすっべ」
ライラの研究に付き合いたかったが、今度は素直にタマ子の言うことを聞いた。




