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妖精苺(三)

 妖精苺の苗はすくすくと育ち、四日で小さな実をたくさんつける。実は一粒が直径三㎝を少し超える大きさ。色は淡いピンクで全体に艶がある。大量だとヴァンは喜ぶがタマ子の表情は芳しくない。

「実が多すぎるだあ。これだと一粒一粒に栄養がいかねえ。あまりに粒が小せえと売れねえぞ」


 よろしくない状況だ。いくらたくさんできても、規格外で引き取ってもらえないのなら、失敗だ。タマ子はじろりとヴァンを見る。

「原因はわからねえ。条件は他の農家と同じだあ」


 言いたい主旨はわかる。ライラの肥料が原因ではないか、との指摘だ。つまり、ヴァンの決断が招いた結果。はっきり指摘しない態度はヴァンに退路を残すため。だが、ヴァンは諦めなかった。


 タマ子さん、今ならまだ間に合う、といいたいのかな。でも、まだ手はある。

 粒が小さい原因は数があり過ぎて栄養が足りないため。なら、粒を減らせばいい。


「実を間引いて一粒に回る栄養を多くしよう。粒を大きくするんです」

「わかっただ。ただし、一個一個が手摘みになるから大変だど」


 タマ子はヴァンの対策を頭から否定しなかった。付き合うと決めたら反対せず、一緒に労を惜しまない。タマ子の性格が出ていた。


 小さな妖精苺を間引きする。広くない畑だが、手作業なので労力は掛かる。気温は高くないが、汗が額を滴る。実を半分ほど間引いたとこで、昼になった。


 昼食時にタマ子が勧める。

「うちらには美味しく感じないが、一個、食べてみるか?」


 何事も経験である。たとえ、人間の味覚に合わなくても、毒でないなら味を知っておくにかぎる。味を知らないと形は悪いが味が良い、となった場合は価格交渉に差し障りがある。


 間引いた実を食べる。レモンのように酸っぱい。甘味はまるでなかった。不思議な触感で、ゼリーのように弾力がある。また、口の中でぱちぱちと重曹のようなものが弾ける。不思議な味だが、美味しいとは思えなかった。


「これはまた何とも言えないですね。質的には、どうなんです?」

「味があるとはいえるだな。香りも、まずまずだあ。だども味の評価は消費者がするだあ。一番の買い手である両生類人の味覚の塩梅は、私にはわからねえ」


 買ってくれる人しだいか。気になるのか、ライラが見に来た。

 ライラは不安そうに尋ねる。

「どうでした、実はきちんと生ったようですが、お困りごとはありますか?」


 タマ子は淡々とライラの問いに答える。

「収穫量は増えただあ。だが、実が予想外に小せえ」

「味はどうなんですか。問題ないはずです」


 タマ子はふーと息を吐き愚痴をる。

「妖精苺の難しさは、質の正確な判断がうちらにできないことだ。ブラウニーの評価次第だなあ。不味い果物は値が付かねえ。味が悪ければ、買い叩かれても文句はいえねえ」


 ライラがしょんぼりする。まだ、低品質のものができたとは限らない。収量があるなら少し安くても数で補える。


「結果が出るのはまだ先ってことだよ。間引けば、きっと実も大きくなる。味はよくわからないけど、しっかりしているから大丈夫」


 おずおずとライラが申し出る。

「間引いた妖精苺は、どうしますか? 捨てるなら貰えますか」


 下手な品を持ち込めばブラウニーの心象が悪くなる。安物しか作れないとの評価になると、せっかく上がった評判が下がる。かといって、妖精苺は食べてもおいしくない。捨てるしかないのだが、生産者としては廃棄に抵抗があった。


タマ子がぶすっとした顔で提案する。

「ライラが引き取ってくれるなら渡すだよ。ただし、タダじゃねえぞ。液肥の代金と相殺するぞ」


 タマ子の提案はライラにとっては悪いものだが、ヴァンにとっては有難い。タマ子はヴァンの負担を減らすために嫌われ者役になろうとしている。


 ヴァンは取りなした。

「さすがにそれは悪いよ。捨てる品ならタダでいいでしょう」


 とんでもないとばかりに、ライラがすぐにタマ子の提案を受け入れる。

「未熟な私の液肥の代金です。今回は、お試しでもあるので、間引いた妖精苺で大丈夫です。妖精苺で妖精苺フレーバーを作ります」


 妖精苺のフレーバーか。カクテルの原料でも、できれば売れる。でも、香りの抽出って簡単なのか? ライラは錬金術師なので知識はあるとは思うが。


「液肥には材料費が掛かっているでしょう。ちゃんとお金で払うよ」

 澄ました顔でタマ子がさっさと決める

「決まりだ、ヴァンさん。液肥の支払いは妖精苺でするだあ」


 ヴァンは躊躇ったが、ライラが承諾したので話は纏まった。

 ヴァンとしてはありがたい取り決めだが、タマ子にもライラにも申し訳なかった。


 間引き作業が夕方前には終わる。妖精苺の手入れが終わるとダニエルに挨拶をする。

「それでは、夜の番を、よろしくお願いします」


 ダニエルは胸を張って答える。

「任せておけ、雨風以外は、どうにかしてやる」


 寝ている間に雨が降って、妖精苺が売り物にならなくなる展開が非常に怖い。夜は畑に差した棒の上に薄い板を載せて雨除けにする。風を伴う土砂降りになれば板は飛ばされるが、雨だけなら効果はある。


 ヴァンの心配がわかったのか、ダニエルがそっと付け加える。

「吾輩の勘では、夜風は出るが雨の心配はしなくていい。この晴天は、まだ続く」


 朝方に目が覚めると、天井に何かが当たる音がした。慌てて窓を開けると明るい陽射しが飛び込んでくる。屋根から鳥が飛び立った。


「何だ、雨が屋根に当たった音じゃなく、小鳥の足音か」

 曇った空気を風が運んでくるが、降りはしない。雨が降らなくとも、薄めた液肥だけで苺はすくすくと生長した。三日後に妖精苺の見た目は粒が直径五㎝ほどに大きくなった。この時は対策が功をなしたと安堵した。


 一個を試食する。味は変わらないが、香りは豊かになった気がする。良い出来だ。

 タマ子が苺を入れる専用のクッション付きのケースを商館から購入してきた。


「明日の朝に収穫して、売りに行くだあ」

 いよいよ勝負の時が来た。

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