妖精苺(二)
決めたら早く動いたほうがよい。天気は移ろう。気温が低い晴天がいつまで続くとは限らない。夜明けとともに起き出して準備をする。商館に大八車を牽いて朝一番で行く。
主のブラウニーに挨拶をして注文する。
「妖精苺用のブロックと苗を売ってください」
にこにこしてブラウニーが応じる。
「妖精苺の時季ですね。あれは美味しい。本国でも待つ人は多いから売れますよ」
やはり異種族でも、季節のものを食べたいんだな。でも、食べ慣れているのなら商品を見る目は厳しいと見た。挑戦し甲斐があるともいえる。
店員に手伝ってもらってブロックを大八車に積む。ブロックは灰色の軽石のような材質だった。だが、量があれば運搬は大変だった。汗を拭き拭き、畑に持って行く。
ブロックの運搬だけで昼になった。お昼は準備する時間がないので、マリーのパン屋に行く。
お店はそこそこ混んでいた。新作の揚げパンを買った。粉砂糖を使っているので少々高いが甘い物を体が欲しがった。マリーとは商品を籠に入れてもらう時に少しだけ話す。
「妖精苺を作るんだけど、なかなかどうして重労働だよ」
マリーは愛想よく応えてくれた。
「酸っぱい苺を作るのね。村でも二日ぐらい前から始める人が出ているわよ。今年は挑戦する人が多いみたいね」
ジョセフの動向が気になった。ジョセフも妖精苺栽培をやるのだろうか。
ヴァンの内心を知らずにマリーは語る。
「ジョセフもやるわよ。新種がどうのって言っていたわ。味が良いんだって」
新種だと? 苺と一口にいっても種類がある。新種は在来種を改良してあるのでより好まれる味だと売れる。また、物珍しさから高値が付く。
だが、栽培法が確立されているわけではないので、在来種より栽培が難しい。下手に手を出すと、大きな損失が出る。
ジョセフはやり遂げる自信があるのだろうか? 待て、そうとも限らないか、ジョセフはここ最近、大きく成功している。資金に余裕があるので挑戦できるだけだ。失敗してもあとがある、それだけさ。
ヴァンは自分に言い聞かせる。自分は無理をする必要がない、と。ヴァンだってジョセフがそんな向こう見ずな人間でないと知っている。ジョセフは己の力量から勝算があってやっている。資金的余裕があるのは事実だが試しにやってみるのではなく、できるから、やる。
ヴァンだってジョセフと張り合いたいが、身の丈に合わない。こちらはタマ子の献身的な働きを入れてやっとジョセフの足元に届くかどうかだ。見栄を張って失敗すれば惨めなだけだ。
マリーが忙しそうだからと、自分に言い聞かせて家に帰った。家に帰るとタマ子と一緒にパンを食べる。タマ子は揚げパンは好きではなかった。タマ子はバケットを薄切りにして粉チーズを振って食べる。
ヴァンが食事をしていると手紙が届いた。手紙は薬を送った兄からだった。兄は息子のために高価な薬を送ってくれて、とても感謝していた。
良かった。甥っ子が救われた。薬は高価なので代金が返って来ることはない。だが、それでもヴァンは良かったと素直に思った。兄弟は仲良くありたい。
手紙を読むヴァンにタマ子が声を掛ける。
「何か、いいことあっただか?」
「病気の甥っ子が薬で救われました」
タマ子が優しく微笑む。
「安い薬じゃなかったろうに、本当にヴァンさんは人がええ。そういうところはルーカスに似ておるな」
おじさんが僕を助けてくれたから、俺は兄さんを助ける。人の縁は、どこかで繋がっている。気になったのでヴァンは尋ねた。
「タマ子さんの家族は、どうしているの?」
「とうっちゃも、かあっちゃも、妹たちも元気やぞ。去年の年越しに帰ったときも、わいわい賑やかやったよ。甥っ子、姪っ子はお年玉やると、きゃっきゃっと喜んでおった」
「いいですね。うちは両親が早くに亡くなって年越しは何か寂しかった」
「家にはいろいろあるからのう。私もヌッコ村に出稼ぎにきて長いけど、ルーカスさんに良くしてもろうとったし、付き合いがあるから寂しくはないけどな」
村には溶け込んでいかなければならない。人は大切だ。ここを居場所と決めた以上、帰る場所は、ここなんだ。
食後のお茶を飲んでいると、ライラが顔を出した。ライラは手提げタイプの竹籠を持っていた。ライラがもじもじしながら切り出した。
「ヴァンさんが妖精苺を作ると知って肥料を持って来ました」
タマ子を見ると、タマ子は愛想よく答える。
「妖精苺には肥料がいる。けど、ブラウニーから買うで?」
タマ子はライラの申し出もやんわりと拒絶していた。
ライラは目を合わせない。もじもじしている。
「それで何ですけど私の液肥のほうがより美味しくなるはずです。価格はいくらでもいいです」
タマ子はちょっと顔を歪める。
「私には責任がある。残念だけど使えん。ヴァンさんに実績のない肥料は使わせられん」
厳しい言い方だが理解できる。タマ子さんにしてみれば余計なリスクを取りたくない。タマ子の畑ならまだしも、新人のヴァンに冒険はさせられない。
タマ子の責任感もライラの役に立ちたい気持ちも、ヴァンは充分に理解していた。
ライラが俯いて帰ろうとしたので提案した。
「待って、液肥は買うよ。使い方を教えて」
ヴァンの言葉にタマ子を驚いた。
「止めておくだあ、ヴァンさん。わからない物を畑に撒いちゃならねえ」
「大丈夫、ライラは前回、タイタニア草の病気を救った実績がある」
タマ子は首を振って止めた。
「いやいやいや、だめだ、だめだ。普通にやれば成功するもんを博打に走っちゃならねえ。今のヴァンさんに必要なのは基本に忠実な成功だ」
タマ子の気持ちはわかる。基本は覚えなければならない。だが、いつの日かジョセフを超えないといけない。ジョセフを超えないと、自信を持ってマリーに自分を売り込めない。挑戦しなくなればジョセフには敵わない。
「僕はこの村に来てまだ日が浅いです。経験も少ないです。だからこそ挑戦したい」
タマ子は呆れた。
「馬鹿でないか? 無謀と挑戦は違う。ライラの頭の良さは認める。でも、それを畑に安易に持ち込んじゃいけねえ。無理は禁物だ」
「いいんだ、決めた」
ヴァンが強い口調で決めるとライラが戸惑った。
「勧めておいて何ですが、本当に使ってくれるんですか?」
タマ子がすぐに突っ込む。
「ダメだ、ヴァンさん。作った本人が自信を持って勧められない品なら、使っちゃいかん」
「いいんだ。ライラに自信がなくても僕に自信があれば良いんだよ。僕はライラを信じる」
呆れたタマ子は半分、匙を投げるように言い放つ。
「呆れた人だあー。どうなっても知らんぞー」
「ライラ、液肥の使い方を教えて。美味しい苺を作ろう」




