タイタニア草(五)
マリーの店に行くと、マリーは店にいなかった。代わりにマリーの父のドナヒューが店にいた。
ドナヒューは大きく丸っこい体をして優しい顔をしていた。
「やあ、ヴァン。いつも、うちのパンを買ってくれて、ありがとう」
「こちらこそ、美味しいパンを焼いてくれて、助かっています」
「そう褒めてくれると嬉しいね。マリーは配達に行っているんだ」
「ここのパンは美味しいから、ファンも多いでしょう」
マリーがいないので、適当に世間話を切り上げる
どうするかと考えていると、手紙鳥がやってきた。
手紙はジャックからで、ヴァンが出した手紙の返事だった。手紙に、ジャックの畑でも小麦縞萎縮病が発生しているとあった。
兄さんの家も、今年は大変なんだな。
手紙を読み進める。ジャックから金を無心する記述があった。
ジャックの家の長男のトミーが難病に罹ったと手紙に書いてあった。治すには、ミドキシルと呼ばれる高価な薬が必要だとあった。
ミドキシル? あれ、カタログにあったぞ。
カタログを出すと、ミドキシルはナシュトル金貨と交換できる品として掲載されていた。
手持ちのナシュトル金貨と銀貨を出して、合算する。ミドキシルを買うには、少々足りない。
タイタニア草の栽培に成功すればトミーに薬を買って送れるんだけどな。
だが、運に賭けるのは危険な気がした。
どうする? 栽培を続けるか? それとも、撤退するか?
ヴァンは悩んだ。夜が明ける。ヴァンは、あまり眠れなかった。
駄目だ。病気を拡大させて大量の土の入れ替えになったら、ただでさえ少ないナシュトル金貨を減らす。タマ子さんの提案の通りに、被害が拡がらない内に作物を抜こう。
トミーも今すぐ命が危険って状況には、ないだろう。
決心してタマ子を待つ。
すると、タマ子より先にライラがやって来た。ライラは手に籠を提げていた。
「良い朝だね。パンを買った帰りかい?」
ライラは、もじもじとしながら籠から五百㏄のビンを取り出す。
ビンの中には緑色の液体が入っていた。
「これ、オルフェウス草のお礼です。火炙り病を治す薬です」
「いいの? これ、高いんでしょう」
「私が作った薬です。あげます。二百倍に希釈して使ってください」
ライラはビンを押し付けるようにしてヴァンに渡すと、去っていった。
火炙り病の治療薬は、ヴァンが最も欲しがる品だった。だが、どうしてだ?
ライラがヴァンの畑の問題を知っていたかが不思議だった。
タマ子が来たので、ヴァンは薬を見せた。
「火炙り病を治すライラから貰った薬です。これを畑に撒こうと思います」
タマ子は良い顔をしなかった。
「止めとくだ、ヴァンさん。異種族商人の商館以外で買った品なんて、質が保証されてねえ。そんな薬は危なくて使えねえだ」
「そうかな。でも、ライラがせっかく持ってきてくれた薬なんですよ」
タマ子は真剣な顔で警告した。
「止めたほうがええ。ブリトニーは確かに錬金術を知っている。村人に薬も売っている。だども、信頼できる品は、商館の品しかねえ」
タマ子さんは厳しいな。タマ子さんの畑じゃないから、ってのもあるんだろうけど。
ヴァンは迷った。だが、タマ子のあまりの感触の悪さに薬の使用を諦めようとした。
すると、黙って畑に立っていたダニエルが語り出した。
「吾輩の意見は、違う。どうせ、このままタイタニア草を処分するぐらいなら、ライラが持ってきた薬に頼れ」
タマ子が不機嫌な顔をダニエルに向ける。
「ダニエルは農作業には口出ししねえんだろう」
「普段はしない。成功するも、失敗するも、責任を求められたくはないからな」
「なら、なして、今になって口出しするだあ」
「ライラの薬は信用できるからだ」
「ダニエルに錬金術の知識は、ねえだろう」
「吾輩には錬金術の知識はない。だが、ライラがヴァンの希望になりたいとする気持ちはわかる。また、ライラには才能がある」
タマ子は目を見開いて驚いた。
「何だと? まさか、この薬は母親のブリトニーではなく、ライラが作っただか。なら、なおさら信用できねえ」
だが、ダニエルは毅然と指示する。
「ヴァンよ。ライラを信じるのだ。薬を使え」
ダニエルの口出しは意外だった。ダニエルはライラを信用しろと提案する。
タマ子は信用できないと拒絶する。正反対の主張にヴァンは戸惑った。
ダニエルは厳しい視線を向けて訊く。
「ヴァンよ、決めるのだ。決定権はヴァンにある」
ヴァンの心は揺れ動いていた。だが、ダニエルの言葉で後押しされて決定した。
「よし、ライラを信用しよう。薬を散布して、タイタニア草を救おう」
タマ子は驚いた。
「そんな、海のものとも山のものとも付かない薬に、頼るだかあ。被害が大きくなっても知らねえだぞ」
ヴァンは素直に打ち明けた。
「昨日、ジャック兄さんの子供が難病に罹ったと手紙があった。治療薬を買うにはナシュトル金貨が必要なんだ」
タマ子は真剣な顔で止めた。
「なら、なおさら止めるだあ。ここで被害を大きくしちゃならねえ」
「ライラはヌッコ村の人間です。火炙り病の恐ろしさを、わかっています。それでも、薬を託してくれました。なら、僕はライラを信用します。だから、タマ子さんも僕の我儘に付き合ってほしい」
タマ子は、しぶしぶの態度で了承した。
「決めるのはヴァンさんの仕事だ。ヴァンさんがこうだと決めたのなら、私は従うだけだあ。だども、これは危険な賭けになると思うだあ」
薬を薄めて散布した。次の日も次の日も、タマ子と畑を注意深く見守る。
栽培十日目、タマ子は複雑な顔で判断を告げる。
「火炙り病は出てねえ。私の診立て違いだったのか、それともライラの薬が効いたのかは不明だあ。だが、これなら、タイタニア草は育つ」
「何とか危険な状況は脱した。栽培が成功したらライラにお礼を言わないと」
栽培十三日目タイタニア草は高さ三十五㎝、直径二十五㎝にまで生長した。
今までの中で一番のできだった。
「何とか、うまく行ったね。明日には出荷できそうです」
タマ子が厳しい顔で告げる。
「言い方を変えれば、まだ一日あるだあ。質は、一日あれば下がる。最後の最後まで気が抜けないのが、精霊花栽培の恐ろしさだ」
「そんなに脅かさないでくださいよ」
昼になると急に空が曇ってきた。タマ子の表情が厳しくなる。
「まずい。大雨が来る。タイタニア草は収穫前に多量の水を被ると、質が落ちる」
「納屋に雨除けの柵があった。畑の周りに雨除けの柵を立てよう」
納屋から柵を出してくると、雨が一気に降ってきた。
畑に雨がかからないにように柵を周りに立てようとする。
春の冷たい雨が体を打つ。ヴァンとタマ子は、それでも何とか柵を立てる。
風が吹いて、柵やシートを飛ばそうとした。体を張って守る。
風が冷たい。家の中に逃げ帰りたかったが我慢する。
このまま風が吹き続ければ、全てが無駄になる。ヴァンは意地になって努力した。
風は二時間で止んだ。雨は四時間で降り止む。
暗くなるころには落ち着いた。だが、ヴァンもタマ子もずぶ濡れになった。
倒れそうになるのを気力で堪える。
「もう、駄目だ。夜の風が吹いたら、どうしようもない」
タマ子は疲れて顔で慰める。
「そだなあ、夜にまた風が吹くかどうか、五分五分だ。こればかりは、天に祈るしかないだあ」
濡れた服を着替えて、疲れた体を横たえる。
朝になる。恐る恐る窓を開けた。雨除けの柵が飛ばされていた。
また、十四日分の労力と投資が無駄になったのかと打ちのめされた。
タマ子が畑の土を確認して安堵する。
「風は吹いた。だが、雨は降らなかっただあ。タイタニア草は無事だ」
ほっとすると、タマ子が注意する。
「安心するのはまだ早え、朝食を食べたら、すぐに収穫だ。納品するまで気は抜けねえ」
パンを買ってきて手軽に朝食を済ませ、収穫を始める。
タイタニア草は全体に張りがあり、青々としていた。
どんな評価になるか、どきどきしながら商館に持ち込む。
ブラウニーの厳しい目が光る。
「質は中の下といったところでしょうか。また、薬も使ったようですね」
あまり評価がよくない予感がした。
ブラウニーが査定結果を告げる。
「肥料と苗の代金を引いて、ナシュトル金貨十枚とナシュトル銀貨八十八枚で、どうでしょう」
少ないが、初めてタイタニア草で利益らしい利益が出た。
代金を受け取る。代金に貯蓄を足して、手紙鳥作成の魔道具とミドキシルを買った。
ミドキシルを手紙鳥で兄の家に送った。
ライラの家に行く。家のドアをノックすると、ブリトニーが出てくる。
ブリトニーの表情は思わしくない。
「薬の件でしょう。どうだった、効果があった?」
「ありましたよ。タマ子さんが予見していた火炙り病の発生が起きずに済みました」
ヴァンの言葉を聞き、ブリトニーが安堵する。
「よかったわ。ライラが作った薬を渡したと聞いて、ひょっとして良くない事態になったのかもと、心配していたの」
「大丈夫でした。タイタニア草は無事に育ちました」
「ライラは母親の私が評価するのも何だけど、才能があるのよ。でも、自信が持てない。私は、ライラが自信をなくすのでは、とはらはらしていたの」
「ライラに伝えてください。ありがとう。また、栽培して欲しい作物があったら遠慮なく言って、と」
ブリトニーは優しい顔で請け合ってくれた。
「わかったわ、伝えておくわ」
ここまで精霊農家を応援いただきありがとうございます。作品は半ばですが、いちどここで【休載】とします。
【2022.3.1】
再開の見込みが立たないのでここで終了とします。いままで、応援ありがとうございました。
【2022.7.10】
こちらの都合ですが、やっぱり再開します。再開は7月15日を予定しています。




