タイタニア草(四)
五日間は無事に過ぎた。オルフェウス草もタイタニア草も十㎝に生長する。
タマ子が険しい顔でオルフェウス草を見ていた。
「ヴァンさん、ちいとばかし、まずい事態になっただあ。オルフェウス草に病気が発生しそうな予兆がある。鮫齧り病だ」
小麦栽培をしている時には聞いた記憶のない病気だ。
「鮫齧り病って、どんな病気なの?」
「鮫が歯で齧ったように、葉っぱがギザギザになる病気だあ。罹れば、オルフェウス草が花を付けねえ。付けても質はすごく落ちる」
病気は怖い。下手をすれば作物の全滅があり得る。
「どの程度、拡がりそうなんですか?」
「今ならまだ薬を散布すれば、オルフェウス草は八割がた救える。だども、問題はタイタニア草だあ。タイタニア草に鮫齧り病の薬がどう影響するか、わからねえ」
「シートを掛けて薬がタイタニア草に掛からないようにしても駄目なんですか?」
「どうがんばっても影響を零にはできねえ。高価なタイタニア草を第一に考えるのなら、オルフェウス草は捨てたほうがええ。病気の発生源はオルフェウス草だ」
オルフェウス草とタイタニア草を一緒に植えたがゆえの事故か。
タイタニア草は順調に育っている。やった肥料や労力を考えると、捨てるのは惜しい。
ヴァンはタイタニア草を育てて、名誉挽回を図りたかった。皆に認められたい。
オルフェウス草を捨てようかと考えたライラの顔が浮かぶ。
違う。大勢から認められたいのなら一人からの信頼を大事にすべきだ。
「タマ子さん、救うべきはオルフェウス草だ。タイタニア草は諦めよう」
タマ子は複雑な顔で確認する。
「いいだか、ヴァンさん? 今度は確実に赤字だぞ。薬代だって、馬鹿にならねえだあ。ライラは、そんなに払ってくれんぞ」
「病気を発生させたのは僕の不注意だ。だから、薬代はライラには請求しない。その上で、僕はライラの期待に応える」
タマ子は呆れた調子で意見する。
「あれま、お人好しなことで。だば、薬を買いに行くだあ」
タマ子と一緒に薬を買う。薬は五百㎖でナシュトル金貨二枚もした。
家に帰って薬を薄めて、たっぷりとオルフェウス草にジョウロでやる。
タイタニア草に掛からないようにした。だが、注意しても薬は飛散した。
五日目から十四日目の間には、三日ほど少雨があった。
シートをしっかりと固定して掛けていたので表土の肥料は流れなかった。
十四日目、オルフェウス草はカスミ草に似たオレンジ色の花を付けた。
ただ、散布した薬の影響が出たのか、タイタニア草は質の悪いものしかできなかった。
タマ子は残念がって告げる。
「タイタニア草の質は下の中だな。赤字確定だべえ」
「オルフェウス草の花は、どうなの? 使い物になりますか?」
「こっちは中くらいの品質だあ。薬をやらねければ質も量も確保できなかった」
ライラの依頼が果たせたので、安堵した。低品質の作物ができたら顔向けできない。
「とりあえず、ライラの依頼は果たせたよ」
タマ子が冴えない顔で尋ねる。
「なんだ、ヴァンさん。マリーからライラに乗り換えただかあ?」
「そんなんじゃないよ。僕は、どう頑張ってもルーカス叔父さんには、なれない。でも、ライラの中にあるルーカス叔父さんの思いは壊したくないんだ」
「ロマンチックな男だことお。なら、まず、ライラに花を届けるだあ」
オルフェウス草を大八車に積んでライラの家に向かう。
家のドアをノックすると、ライラがはにかんで出てきた。
「注文の品を届けに来たよ」
「ありがとう」とライラは、もじもじしながら答える。
家の中に花を運ぶ。
ライラは小さな手で十銀貨を五枚、渡してくれた。
手を振ってライラと別れる。
タマ子がどよんとした顔で告げる。
「さあて、残ったタイタニア草を売りに行くだあ」
二人でタイタニア草を収穫して、商館に行く。
ブラウニーが厳しい目で、タイタニア草を査定する。
「前より少しは、ましですね。それでも質は、よくないですね。しかも、病気除けの薬を使ったタイタニア草が混じっています。薬が掛かったタイタニア草は安いですよ」
「はい、薬を使いました。この次は、もっとがんばります」
苗と肥料の代金に薬代が加算される。
収支はプラスにならず逆にナシュトル金貨二枚とナシュトル銀貨二十枚を要求された。
労力も金も失った。だが、ライラの笑顔を得た。なら、よしとしようか。
栽培が終わった作物の根を畑から取り除いていた。
ヴァンの庭先に手紙鳥が降り立った。
手紙鳥とは、魔道具によって作られる疑似生命体である。
形状は、A四サイズの手紙が入る大き目の封書に羽が生えている。
二㎏までの少量の荷物や手紙の運搬をしてくれる。
手紙鳥の羽を両手で抓んだ。羽が消えて手紙が読めるようになった。
手紙の差出人はマシューだった。
マシューの知らせでは人間の国で小麦に縞萎縮病が大発生していた。小麦縞萎縮病とは小麦に萎縮や変色をもたらし、収穫量を減らす病気だった。
マシューの手紙の続きを読む。
手紙には「今年は、もう対策が間に合わない。だから、来年に向けて異種族商人から薬を買っておいてほしい」と書いてあった。
小麦に病気か。実家の畑が無事だといいんだけどなあ。
タマ子が不安な顔で聞いてくる。
「なしたあ、ヴァンさん? 何ぞ悪い知らせかあ?」
「人間の国では小麦畑に病気が大発生しているんです。マシューさんからの知らせです」
「小麦を栽培して生活している百姓は、大変だのう。ヌッコ村の小麦も近隣からの輸入品だから、影響はしだいに出てくる。じゃから無縁と言えん」
お昼にマリーの店にパンを買いに行く。店に出ていたマリーに尋ねる。
「何か、小麦に病気が発生しているんだって?」
マリーは冴えない顔で認めた。
「そうなのよ。どこまで影響が広がるか、不安よ。夏ぐらいまでは、いいわ。だけど、秋から小麦粉が値上がりしそう。パンを値上げしなければいけないかもって、父さんが心配していたわ」
一定の品質の小麦粉がないといままでの味が出せないから、マリーの家も大変だな。
店には他の客もいたので、あまり話ができなかった。
農作業が終わる。手紙鳥を作るためのレターセットを商館で買った。
往復用の手紙鳥作成キットはナシュトル金貨一枚と、良い値段がする。それでも、空を高速で飛んで行く手紙鳥なら、乗合馬車で百日も掛かるホーリー村へ、手紙が五日で届く。
往復でも十日しかかからない。
実家のジャックに畑を心配する手紙を書いた。手紙の中に、復路用の手紙鳥を生み出す魔法の切手を入れる。封書に往路用の魔法の切手を貼る。封筒に羽が生えた。
封筒は手紙鳥となり、空を飛んで行った。
翌朝、タマ子がやって来てヴァンさんに尋ねる。
「さて、次は何を作ろうかのう」
「タイタニア草で行こう。三回目は成功させる」
タマ子は軽く驚いた。
「あれま、拘るこって。でも、次が成功するとは限らんだあ。また、赤字になるかもしれんよ」
「大丈夫だよ。まだ、資金に余裕はある。次こそは、成功させる」
「そうか。なら、もう一回、挑戦するだかあ。だども、まず肥料をやりつつ、土を均一にするだあ」
タマ子と一緒に泥だらけになって土と格闘する。
土を均一にして、なおかつ残っている肥料を計算する。
肥料と土の三層を再び作り、タイタニア草を植えた。
今度のタイタニア草の生育は順調に思えた。
七日目にしてタマ子が怖い顔をしてタイタニア草を見ていた。嫌な予感がした。
「どうしたの、タマ子さん? タイタニア草に何か問題でも?」
タマ子は眉間に皺を寄せて語る。
「まだ、はっきりとは、わからねえ。だども、タイタニア草に病気の兆候がある」
「鮫齧り病が薬に負けず残っていたんですか?」
「いや、違う病気だあ。タイタニア草に発生しそうな病気は火炙り病だ。火炙り病は厄介だぞ。火で炙られたように草が次々と枯れて行く。最悪、タイタニア草を廃棄して畑の土を交換せねばならん」
「とんでもない病気だな。病気は確実なんですか? 防ぐ方法はないんですか?」
タマ子は弱った顔で、自信なさげに教えてくれた。
「火炙り病に効く薬は、ある。だが、すごく高けえ。だから、普通は作物を諦めて、土の入れ替えを選ぶだあ。じゃが、私の杞憂ってこともある」
「なら、様子を見る選択肢もあるんですね?」
「病気が私の見当違いなら、タイタニア草は育つ。だども、火炙り病だった場合は、対策が後手に回る。対策が遅くなれば、掘り返す土は深くなる」
頭の痛い話だった。
「土を掘り返すには労力が掛かる。入れ替え用の土を買う資金も増えるのか」
タマ子は苦い顔で提案する。
「どうするだあ、ヴァンさん? 私は安全策を採って作物を諦めたほうがええと思う」
また失敗とは、無念だった。
「今度も駄目なのか」
三度の失敗となると、痛手だった。
だが、薬を使えないならタマ子の提案通りにするしかない。
「一日、考えさせてもらっても、いいですか?」
「火炙り病は進行が早ええ。はっきりわかるほどの特徴が出てからでは、遅せえだ。明日には決めてくんろ」
作業を終えてタマ子が帰っていく。




