ゾウのくすり
寿命が長い動物の中で、珍しい寿命の伸ばし方をしているのは、ゾウだという。彼らはなんと、傷ついた細胞を修復する能力があるらしい。
つまり……。
ガンになりにくいのである。
それに注目した科学者がガン細胞を撃退する薬を作った。
名前はそのまんま「ゾウのくすり」である。錠剤タイプで水と共に飲むだけだ。
それは世界で大注目となり、日本も一部で治験が開始された。
そんな中、ある医者のもとに年のいった男が怒鳴り込んできた。
「ゾウのくすりをよこせ! いますぐにだ!」
男は医者を脅す勢いで叫ぶ。
医者はため息混じりに話し始めた。
「ゾウのくすりを使うのはあなたではなく、ここにいる佐々木さんです」
医者は、診察室の椅子に怯えた表情で座るおばあさんに目を向けた。
「ふざけんな! そんなばばあに薬をやるってのか!! くそ! かせ!!」
男は医者から無理やり「ゾウのくすり」を 奪い取ると、水もなしに飲み込んだ。
「ああ……」
おばあさんの落胆の声と医者のため息が重なる。
「ははっ! 飲んでやった!! これでガンが治ったぜ!」
男はおばあさんの座っている椅子を乱暴に蹴ると、陽気に鼻唄を歌いながら去っていった。
あれから、男は自由気ままな生活を始めた。朝からパチンコに入り浸り、深酒、タバコも吸いまくって、夜も夜更かししてカップラーメン生活。
そんな生活を続けていた男は、再び病院内にいた。男は怒りをにじませた雰囲気で院内のドアを蹴破り、診察室に入る。
「おいおい! どういうことだよ! 状態が変わってねぇだと!?」
「変わってませんよ。むしろ、ガンが転移しています。放射線治療を……」
「ふざけんな! ゾウのくすりを飲んだんだぞ!」
医者の言葉を途中で切った男は、掴みかかるように怒りをぶつけ始めた。
「ああ……、あれはゾウの特性を生かしたもので、傷ついた細胞を治すだけなんですよ。つまり、ガン細胞を通常の細胞に治すだけ。あなたは、ゾウのくすりを使っても、ガン細胞を増やすことしかしてなかったでしょう? ゾウのくすりの効き目は一度のみ、数時間だけです」
「はあ!?」
男が発した驚愕の声を聞き流しつつ、医者はさらに言う。
「数時間の間に薬がガン細胞を通常に戻していきます。あなたは増やす行為ばかりで減らす努力をしなかった。結果、逆に転移することとなりました。早期発見だったのに、もったいないことをしましたね」
「……嘘だ……」
医者は男を横に追いやると、あのおばあさんを呼んだ。
「うーん、実にすばらしい! ガン細胞が消えていますよ! 佐々木さん! 予備があって良かった! これで娘さんの結婚式に出られますね!」
「ありがとうございました。先生……」
男の隣で涙ぐむおばあさん。
「ちくしょおおお!!」
男は悲鳴にも似たおぞましい叫び声を上げると、弱々しい表情で医者を見上げた。
「お願いだ! もう一度、もう一度……ゾウのくすりをくれ……頼む……」
男の懇願に医者は平然と言う。
「では、あなたは今すぐに、お酒、タバコ、パチンコ、夜更かし、カップラーメンをやめましょうね。どれも中毒になっているようですが……わかりましたか?」
「……」