道標ない旅-1
連作小説「グリーンスクール」の第1話「道標ない旅」です。
別の個人サイトで掲載していましたが、時間ができたので転載しました。
http://greensacai.blog136.fc2.com/
ちょっと前に書いたものなので時代的に古いと感じるところがあるかもしれませんが、温かい目で読んでください。
道標ない旅
某月某日――晴。風向、南南西。
扉をガラリと開けて久保田美弥が視聴覚室に入ると、コンピューターの前に集まっていた三人が振り返りバタバタと動き回った。
「やぁ、美弥ちゃん。いらっしゃい、今日も元気だね」健太郎
「おかげさまで」美弥
美弥は、取り繕うような新井健太郎に、睨みを効かせながら愛想を振りまき、づかづかとコンピューターに近づいた。
「さぁ、ボクはクラブ行ってこようかな」と、山吹翔がラケットを掴んで立ち上がると、美弥は背筋をピンと伸ばした姿勢で、
「あらぁ、あなたも、コン研の一人でしょ」と言った。
「いやぁ、でも、まぁ、テニス部も試合があるし」と、翔は笑いながら逃げるように、出て行こうとした。
「待ちなさい」美弥
美弥の一喝が、全員の動きを止めた。
「あんたたち、また、やってたわね」美弥
美弥の雷の下で、健太郎と翔は身を竦めたが、一人コンピューターの前に座っていた山本五十六は、ゆっくりと振り返った。
「やぁ、美弥ちゃん、来てたのか。全然、気づかなかったよ」五十六
「なによ、白々しい。何やってたのか、見せなさいよ」美弥
そういうと美弥はマウスを掴み、検索コマンドで履歴を見た。後ろで、ヤベェ、と呟く健太郎を尻目に、翔は開け放たれた扉からこっそり逃げ出した。画面に表示された履歴には、最新ファイルの記録が表示された。美弥がダブルクリックするが、『ファイルが見つかりません』のダイアログが表示されただけだった。美弥は、目線を五十六に向けながら微笑み、
「ふーん、そういうことなの」と言った。五十六は蛙の面に小便という澄ました顔で美弥を見ていたが、後ろで健太郎が安堵の表情を浮かべていた。
「ちょっと、どいて」美弥
美弥は席を五十六から奪うと、消去ファイル復活ソフトを起動して、今消去されたファイルを開いた。そこには、白人のポルノグラフィが画面一杯に映し出された。
「五十六!なんなのよ、これ!」美弥
「やだなぁ、美弥ちゃん。これは、勉強じゃないか」五十六
平然と応える五十六を、美弥は睨んでいた。
「ふーん、今日は何のお勉強なの?この間は、画像ソフトの使い方だって、言ってたけど。その前は、インターネットの使い方だって言ってたように記憶しているわ」美弥
「嫌だな、もちろん、それもあるよ。だけど、今日のは、れっきとした、保健体育じゃないか」五十六
「なによ、それ」美弥
「どうやって、子供が生まれるかを知っておくことは、大切なんだよ」五十六
澄ました少年の顔で五十六は平然と言い放った。
「なに言い訳してるのよ。ただのスケベ画像じゃないの!」美弥
「違うよ。わかってないな、美弥ちゃん。現在の日本社会は、少子化傾向にあって、高齢化社会になる恐れがはっきりと出ているんだ。それは、日本という消費中心の経済構造により成り立っている国家にとっては、単に社会保障という観点だけでは済まない危機的状況なんだよ。つまり、このままでは人口が減少し、しかも大量消費者である若年層が少なくなり、経済活動自体が空回りしてしまい、遂にはGDPも低下してしまうことになるんだ」五十六
「それで」美弥
「だから、ぼくたちは子供を増やさなきゃならないんだ。そのためには勉強が必要なんだ」五十六
「よくも、まぁ、恥ずかしげもなく、そこまで言えたものね!」美弥
「今の日本の性教育は間違っている。このままでは、日本の社会は崩壊するしかないんだ」五十六
五十六は見上げながら訴えるように叫んだ。呆れながらも睨みつづける美弥の後ろでは、健太郎が、言い過ぎ言い過ぎ、と囁いた。
「五十六、こっち見なさいよ」美弥
「へ?」五十六
「あたしの目を見て、もう一回言ってみなさいよ」美弥
「なにを?」五十六
「今の主張を」美弥
「美弥ちゃん、子供の作り方知ってる?」五十六
次の瞬間、バチンという音が部屋中に響き渡った。
「おー痛ぇ。ひっぱたかなくてもいいじゃない」五十六
「もう一回、ひっぱたくわよ」美弥
ぶちぶち文句たれている五十六の後ろに健太郎は回って、
「言い過ぎだよ」と囁いた。
「いい、前から言ってるけど、猥褻画像へのアクセスは禁止よ。そんなことがやりたかったら、家へ帰ってやりなさい」美弥
「家じゃできねぇから、ここでやってるんじゃねぇか、なぁ」五十六
同意を求められた健太郎は美弥の顔色を伺って応えなかった。
「大体、あんたたちがそんなことばっかりやってるから、コン研はおかしな噂が立つのよ。スケベクラブだって」美弥
「美弥ちゃん、嫌いなの?」五十六
「なにが?」という美弥の質問に、五十六はニャッと笑いながら画面を指さした。また、バチンという音が響いた。
「いいこと、インターネットを使うことには、先生の許可ももらってるし、構いません。でも、猥褻画像は禁止!いいこと」美弥
「へーい」五十六
「返事だけはいいんだから」美弥
「へーい」五十六
「またぶつわよ」美弥
「謹んでご遠慮いたします」と五十六は頭を下げた。
美弥は呆れた顔で扉の方に向かって言った。
「ほんとに、そんな事ばっかりしてるから、ユッコも入れなくて困ってるのよ、ね」美弥
扉の影から清水由貴子が顔を見せた。
「なんだ、ユッコ。来てたの」五十六
「あんたたちがそんなことしてるから、入れなかったのよ。廊下にずっといたって言ってるわよ」美弥
「なんだ、気にすることないのに。今度から、一緒に見よう」五十六
また五十六が殴られた。
「禁止!って言ったとこでしょ!」美弥
「顔はやめて、あたし女優なの」五十六
「うるさい!」美弥
「だけどよ、美弥」急に取り澄ました顔で五十六は話し出した。「おれが会長だよ。おれが、一番偉いはずなのに、どうして美弥が取り仕切るんだ」五十六
「会長ったって、言い出しっぺってだけじゃない。コンピューター研究会を作りたいからって。巻き込まれたあたしまで、変態視されてるなんて、あたしの立場も考えてね」美弥
「嫌ならやめてもいいよ」五十六
「あら、そう?でも、会員5人以上いないと、研究会は取り潰しよ。活動できなくなるわよ」美弥
「美弥ちゃん、やめないで~」五十六
「コロコロかわるな!」美弥