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烏男はゲロゲロと啼く  作者: 春之之
9/11

9話

 いつも行く道、もはや目を閉じていてもいけるのではないかと思えるほど足が自動的に動く。ここから9時間は、自動的に動く足で職場に向かい、自動的に動く腕の動きでフライパンを振るい、自動的な動きで厨房やホールを掃除するのだ。これがほとんどの社会人が行うオートマチックな行動である。

 それは、フリーターとしてこの町に残り続けている俺も例外ではない。

「やぁ」

 出勤して早速、店で調理を始めようとすると、まだお昼だと言うのに既に酒井さんがいた。

 その手にはカシスオレンジが握られている。

「いや、よく飲めますね。昨日もあんなに……」

「ん? 烏丸くん昨日酒井さんと一緒だったのかい?」

 店長が驚いている俺と酒井さんの間に入っていて話しかけてくる。

「えぇ、昨日ここに遊びにきたときに酒井さんと会ったので、二軒目に」

「へぇ、酒飲まない烏丸くんが二軒目」

 店長はそういうと失笑する。

「勇ちゃんとラーメン食べに行ってたんですよ」

「へぇ、どこのラーメン?」

「鴨川に屋台を出しているところなんですけど、結構ランダムに出しているんで、通しか行けない曰く付きのラーメンですよ?」

 ニヤニヤしながら酒井さんが店長と話す。俺はあの狸を思い出す。店長があのラーメン屋に行けば、また違う姿に見えるのだろうか。

「どうだったの? 烏丸くん」

「あっ、美味しかったですよ」

「へぇ、いいなぁ。今度探してみよう。んで、酒井さん、追加はいるかい?」

 酒井さんの席にあったおつまみは無くなり、手に持っているカシスオレンジのみだった。

「じゃあ、勇ちゃんも戻ってきたし、スモークチーズと、タマゴ焼きで」

「あいよ。じゃあ、烏丸くん。タマゴ焼き巻いたげて」

「はい」

 慣れた手つきでタマゴ焼きを焼いてゆく。こればかりはコツなので、どう説明していいかわからない。

 出来上がった卵焼きを、皿に盛って、本来なら端にマヨネーズを添えるのだが、酒井さんはマヨネーズがダメらしく、たらこを代わりに添える。

「はいよ」

「やった」

 まだ夕方になる前の16時頃。この店の客も数えるほどしかいない。

 勤務してすぐのため、減ってきた仕込みの補充作業をする。

「勇ちゃん勇ちゃん。仕事終わったら、一回声かけて、私。今日はずっとここで呑んでるから」

 俺は今から仕事が終わる深夜前までずっと同じ席にいるのだろうかと疑問を抱いた。

「カシスオレンジお代わり」

 酒井さんは空になったカップを俺に向ける。

「はい。畏まりました」

 わざとらしく言葉を畏まって伝票に書き足してカシスオレンジを提供する。ちらりと見た伝票には既に物凄いメニューの羅列があり支払い金額を想像すると溜息が漏れる。

 毎回酒井さんは普通のお客様の何倍もうちにお金を出してくれる。お得意様である。

 坂上や秋山さんとは、彼女の仕事についてよく想像したものだが、今にして思えば、不思議な納得すらあった。

「じゃ、俺は業務に戻りますので、ごゆっくり」

「はいよー」

 酒井さんは上機嫌に返事して、店長が持ってきたスモークチーズを齧りながらカクテルを楽しんでいた。


 「お疲れー」

 仕事を終えて、酔いつぶれている酒井さんを見つめると、彼女はでろでろになりながら俺に声をかけた。

「ちょ! どういうことっすか先輩!」

「デートですか?」

 厨房から嘆く坂上とニヤニヤしている秋山の視線が恥ずかしかったが、酒井さんはふらりとしながら

「坂上くぅーん。ごめんお冷ちょうだい」

「はい! 酒井さん!」

 テキパキと動いて水を用意する坂上から受け取ったそれをグビっと一気飲みすると、酒井さんはそれだけで目が覚めたように顔つきが整った。

「ありがと。じゃ、いこっか勇ちゃん」

「はい」

「ちょっと先輩、デートなんすか?」

「違う違う」

「昨日も夜、一緒だったってよ」

 店長が面白がって坂上に告げ口をする。坂上が泣き顔でこっちを見る。

「坂上くん。本当に勇仁さんとはそういうのじゃないから」

 少し色気のある声で坂上さんに言う酒井さんはその後、会計を済ませて俺の前を行って店を出る。

「かはは。可愛いよねえ。坂上くん」

「あいつ未成年で煙草吸ってますよ」

「そういうところもかわええやんかぁ」

 河原町を二人で歩く。町に半妖と酒呑童子が歩いているというのに、世間は気づかない。驚かない。当たり前である。目の前の半妖と酒呑童子は、人の姿をしている。見た目はその辺の人間と全く同じなのである。

 中身が違っても、ガワが一緒であれば、何もかも一緒なのだ。そして俺たち人間は、外を歩く時、周りなんて景色だ。案外、酒井さんの角が公に出ていたとしても、気づいて騒ぐ人は意外と少ないのではないだろうか。

「何考えているの?」

「あっ、いえ。それでどこに行くんですか?」

「ふふ、貴方を幽界の住人と認めて案内してあげるの」

 河原町の道沿いにあるエレベーターを見つける。このエレベーターは二階には大手レストランチェーン店がある。三階には変わった名前の居酒屋だったはずだ。その三階フロアまでしかない。

「入るで」

「ファミレスですか?」

「違うけど、んー。そうかも」

 エレベーターを開けて、酒井さんは上エレベーターで『13211322232132』とボタンをまるでゲームのコマンドを入力するように無邪気に連打する。

 何が起こったかわからずに彼女の背中を見つめる。エレベーターが動き出す。二階、三階、そして四階、五階と本来このエレベーターでは昇れない階へと登ってゆく。

「ようこそ、食事処羅生門へ。って酒呑童子か」

 渋い声が聞こえて、声の方を見ると、ダンディな割烹着姿の男性がこちらを睨んでいた。任侠映画に出ていたんじゃないかというほど精悍な見た目に怯えて固まってしまう。

「おっ、烏丸くんじゃないか!」

 その精悍な男の前で座っている男が振り返ってこちらに声をかけてきた。平さんだった。

「平さん!」

「どう? 今日は人間のお友達出来た?」

「今日はずっと仕事でしたよ。幽界の友だちしかできません」

「はい。お友達一号でーす」

 酒井さんはノリノリで肩を組んできて、平さんに向かってピースをする。

「おいおい酒呑ちゃん。烏丸くんの友人その一は僕やでえ」

 平さんも出来上がっているのか、ゲラゲラ笑いながら、こちらに手まねきをしている。

 平さんと酒井さんが俺を挟むように座る。

「はい。鮭茶漬け」

 精悍な男がその渋い声で俺の前に鮭茶漬けを置く。焼き鮭ときゅうりの塩漬けを添えられている。

「いいんですか?」

「初入店の奴にはサービスで出しているんだ。受け取れ」

「もう、不愛想だなぁ」

「いいだろう。別に」

「せやでえ酒呑ちゃん。これが茨木兄さんのええとこやないか」

「そうかなぁ。うちはもうちょい可愛げある子のほうがええんやけど」

「ならば、花子のところにでもいけ」

「うち、漫画とかはあんまり、なんかウチが悪く書かれてることあるやん? あんな凶暴ちゃうもん」

「いやいや、平安時代のあんたはそりゃもう恐怖の大魔王って感じだったじゃないか。俺はあの頃のあんたの方が好きだったよ」

「昔の話せんといてーや。茨木の意地悪」

「こう聞くと元ヤンのOL感出るなぁ。酒呑ちゃん。カッハッハ」

 慣れた感じで話している三人についていけず、チビチビとお茶漬けを食べる。

「烏丸くんもっとぐいっと行かないと」

「すんません」

「あっ、そうそう。勇ちゃん。彼が茨木童子くん」

「童子と呼ぶな」

「子ども扱いされたくないんだって」

 酒井さん外国人がわからない時などにする手の平を上に向けて腕をあげるジェスチャーをしながら呆れる。

「で、あんたは何を飲むんだ。酒井綾子さん」

「……ここでは酒呑童子でいいよ」

「仕返しだ」

「泣きべそ小僧やったくせに」

 罰が悪そうに出された水を口に含んで飲む酒井さんもまた、普段見ることが出来ない表情をしていて、新鮮な気持ちになった。

「あまりじろじろ見ないで」

 恥ずかしそうに頬を膨らませる酒井さんから目を反らして茶漬けを流し込む。

「それにしても、烏丸くんもここに来るとはね」

 口の中の茶漬けを飲み込む。

「俺も驚きました。平さんがここにいるとは。というか、僕酒井さんに説明されないままここに連れてこられたんですが、なんなのですか? ここ」

 振り返ると、広いスペースにはさまざまな妖怪がいる。それぞれ話をしたり、ゆったりとしたりしている。

「妖怪専用の茶屋だ。古臭い者が多いからな。基本は珈琲じゃなくて緑茶だ。お客さん。冷たいのか、あったかいのか、どっちがいい」

「じゃあ、冷たいので」

 そういうと綺麗な氷で冷やされた緑茶を出される。

「 僕もよくここには来るのよ」

「あぁ。平さんはかなり昔からの幽霊だからな。お得意さんだ」

「ここ、他にも美味しいもん一杯あるから是非食べな」

 そういうと平さんは立ち上がる。

「もう行くんですか?」

 俺以外の二人は平さんを止めなかった。

「あぁ。用は済んだしね」

 平さんの方を見ずに、茨木さんは湯飲みを丁寧に磨いている。

「じゃあ、俺もご一緒していいですか?」

 素直に、平さんと話がしたかった。同じ幽霊だからというのもあるが、初めてあった時から話している時とか、この人のことはかなり気に入っていたのだ。

 だが、それ以上に、なぜかついていかないといけない気がした。平さんから、母と同じような雰囲気が出ているのだ。

「……いいよ。ちょっと散歩しようか」

 平さんは優しい目で俺の方を見つめて返事をする。

「なんか、お茶漬けご馳走してもらっただけで申し訳ないです」

「いいよ。また今度飲みにきてくれたら」

「はい。ありがとうございます」

 俺は茨木さんに一礼する。ここの緑茶はとても美味しかった。酒を飲まない俺にとって、ここの方が性に合っているかもしれない。

「酒井さんも、すみません」

「ええよええよ。うちはここに連れてきたかっただけやし、しっかりとお話してきい」

 酒井さんも優しく微笑みながら俺に手を振ってくれる。その手には、酔い覚めのために茨木さんに用意された煎茶を持っている。

「じゃ、行こうか。烏丸くん」

 俺はここに連れていってくれた酒井さんにも一礼して、食事処羅生門を後にした。


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