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烏男はゲロゲロと啼く  作者: 春之之
8/11

8話

 ラーメン屋を後にした俺は、その後直帰するのも気が引けて、散歩することにした。

 ラーメン屋で聞いた話。人とのつながりや、自分の存在を刻みつけないといけない。

 俺の友人は、坂上と、店長である河原さんと、秋山さんと、大学時代の知り合いである三村くらい。

 他はそれぞれ実家や東京に帰ってしまった。

 中学校時代の山本さんとは、卒業式に一緒にカラオケに行って以降会っていない。

 元カノの千佳は、別れた日から一度も会っていない。

 高校時代にバカやった関口と、浜野は今どうしているだろうか。

 LINEを開く。一応思いつくだけの昔の友だちの連絡先はある。それ以外にも、プロジェクトや文化祭など、さまざまなイベントで作らされたグループの影響で増えた一度も話したことのないアカウントが多数。

 LINEの連絡履歴は店長と坂上、三村以外はここ五年以上連絡をいなかった

 店長も業務連絡のみである。三村も最近仕事が忙しいのか、連絡は一カ月取っていない。

 今ここで「暇だ。遊んで」と声をかけて、遊んでくれる人は、いないのではないだろうか。

「……えっ」

 自分でも思った以上の音量の声が出る。外で独り言が漏れた恥ずかしさで辺りを見渡す。幸いにも人はいない。一度安堵の息を漏らす。しかし、今の自分の状況を理解して、汗が出る。

 簡単だ。「遊ぼう」と一言ラインに打ち込む度胸は存在しなかった。100を超えるアカウント数の中で気軽に声をかけることができる人間はたった一人、今現在交流のある坂上のみであった。

「何を辛気臭い顏しているんだい?」

「うわっ!」

 突然後ろからした声に、俺は思わず尻もちをついて倒れた。お尻が地面に当たって尾てい骨を痛める。

「はははっ。大丈夫かい? 烏丸くん」

 倒れている俺を見下ろす平さんはにっかりと笑っていた。その身体は透けていて、京都の夜と平さんの身体が一体化しているようだった。

「こういうときって手を差し伸べてくれるんじゃないですか?」

「はぁ、君は僕の手を触れることができるのかい?」

 ケラケラと笑う平さんに納得するしかなく、痛い尾てい骨を抑えながらゆっくりと起きる。

「こんなところで何をしているんですか?」

 平さんの身体は夜に見ると透けている身体がますます薄い。本当に油断していると見逃しそうになる。

「僕は幽霊だからね。睡眠とかないからこうして京都の町をこうしてぶらぶーらと漂っているわけさ」

 平さんはわざとらしく幽霊のように胸前に手をブランとさせ、手の甲をこちらに見せつけ、笑みを見せる。

 俺はそれを見てあまりにもありきたりな幽霊すぎて思わず笑ってしまった。

「烏丸くんは何を?」

「あぁー、えーっと酒井さんって知り合いと一緒にお食事を」

「あぁー酒呑ちゃんといっしょに」

「いえ、酒井さんという女性と」

「うん。酒呑童子様が人間に化けている時の名だろ? 烏丸くんは人づきあいがうまいんだね」

「平さん、彼女を知っているんですか?」

「知っているも何も彼女は京都の大妖怪様だ。ここに住んでいて知らない幽霊妖怪は存在しないよ」

 はっはっはと平さんは豪快に笑う。

「そんな偉い人を酒呑ちゃんと呼ぶなんて……」

「僕は飲み仲間だからね」

「幽霊は飲めないんじゃないのですか?」

「飲み会に必要なのは『ノリ』だよ。アルコール強度じゃない」

 そういうと再び豪快に笑う。その豪快さに幽霊としての不気味さは一切なく、思わず俺も噴き出してしまう。

「幽霊や妖怪。夜のものが辛気臭くないとあかん道理はないで? 烏丸くん。酒呑様と食事をしたんであろう。ならばもっと笑わないと」

 平さんは自分のにっかり笑顔をオレに見せつけてくる。

「烏丸くんはこの後どうするんだい?」

「特に何も考えず、帰ろうかなと」

「そうかい。特に何もようがないなら、僕とも付き合ってよ」

 平さんは俺を散歩へと誘うのだった。

 俺もまだ眠たいわけでもないので、彼と一緒に歩くことにする。

「はい。ぜひご一緒させてください」

「へへへ、僕はこの辺りだけじゃあ庭みたいなものだからなぁ」

 そういって平さんは俺に背を向けて歩き始める。

 出町柳駅前でのことだった。

 高野川沿いを並んで歩く。

「そういえば幽霊って浮けるって言いましたよね?」

「あぁ、こういう風にね」

 平さんはふわっと浮いて見せる。自分の頭上をふわふわと浮かぶ平さんは京都の夜空と一体化し、とても美しく見えた。

「よっと、それをなんでいま確認したんだい?」

「いえ、もしかして半分幽霊の俺も、飛べるのかもと」

「飛びたいのかい?」

「んー、そりゃ人類の夢でしょう?」

「君がそんなにロマンチストだとは思わなかったわ」

「会って数日なのに決めつけないでくださいよ」

「それもそうやな。ガッハッハ」

 平さんはまた豪快に笑う。

「どうやって飛んでいるんですか?」

「そうやな。こぉ最初の方は鳥さんみたいに腕をゆっくりと煽ってみれば、飛ぶ感覚さえつかんだら、ノーモーションで行けるけどなぁ」

 と話しながらふわふわと浮かぶ平さん。

 俺は少し恥ずかしいけど下から空気を押し出すように。

 身体がふわっと浮かぶ。

「うぇ」

 俺は浮いた身体に戸惑い、気が抜けて落下してゆく。俺はもう一度お尻を強く打つ。

 俺の情けない姿に平さんは何度も笑った。

「実体がある分酔うんかなぁ? まっ、慣れと自分が空飛ぶイメージ持っとったら自然と飛べるわ」

「また今度教えてください」

 俺がにこやかにそう答えると平さんは一瞬寂しそうな表情をした気がした。

「……ええよ。幽霊の先輩として教えたるわ。まずは手始めにええ場所をどんどん教えてやろう!」

 その後平さんと歩いてゆき、ドコモショップを右折し、北大路通りを通っていき、一乗寺ラーメン通りを歩く。

 既に時間は深夜になろうと言うのに、この辺りはまだ学生たちがうろついていた。

「こういう学生を見てまわるのが好きでなぁ」

「平さんはいつから京都に?」

「ん? ずっとや。生まれは大阪やけど、死んだのは京都やからな。百数年以上はここに住んでる」

「じゃあ、もしかしたら学生時代の俺も見ているかもしれませんね」

 学生時代に友だちとよくこの辺のラーメンを食べにいったのを思い出す。

「そうかもなぁ。あっ、烏丸くんあそこはいったことあるかい?」

「どこですか?」

 平さんは幽霊である。故に基本的に食べ物を食すことはできないそうだ。匂いなどの嗅覚はある程度あるそうなのだが、そもそも消化する器官がないのだから摂取する道理はない。

「あの変な名前のラーメン屋。ええ匂いはするんやけど、美味しいんか?」

「美味しいですよ。昔はよく行っていました」

「どんな感じ?」

「えっと……そうですね」

 味がわからない人間に、味を伝える。というものほど骨の折れる行為はない。俺は必死に、たどたどしく、時間をかけて平さんが気になっているラーメンの味を言葉にする。

「はぁ、そうなんやな。ええなぁー。食べたいなぁ」

 平さんは無邪気に興奮しながら俺の話を聞いてくれた。俺はそれが嬉しくて、聞かれてもいないラーメン屋の話や、気に入っていた喫茶店の話、自分がアルバイトをしている居酒屋の話、そこに酒井さんがよく来るという話。色々な話をいつの間にか平さんには話してしまった。

 自分にこのような流暢な一面があることに驚いた。

(済まない。お前の話を聞いている暇はない)

 母が死んで、父は頑張りすぎていた。何よりも、涙を流さなかった俺への不信感かもしれない。父さんは俺の話なんか聞いちゃくれなかった。

「いやぁー。楽しかったわ。いつもは一人でうろうろしとるから、誰かと一緒ってのは心地が良い」

「いえ、俺も楽しかったです。本当ならばもう少しご一緒したかったんですが」

「明日もお仕事だろ? 生きているうちは人生楽しみな。死人の相手ばかりじゃあいけない」

「平さんはこの後どうするので?」

「幽霊は眠らない。といっても動きっぱなしもしんどいからね。鴨川の暗がりでじーっと目を閉じて瞑想するさ」

「そうですか。では」

 俺は平さんと別れの挨拶をして、解散する。

 最初に妖怪となった時はどうなるものかと思ったが、存外楽しい日々が続くのではないかと感じた。

 そうだ。人の友だちがいなくても、この町委は妖怪がいる。そっちでこれから友だちを作っていけばいいじゃないか。寂しいことはない。きっと、平さんのように笑顔溢れる日々を送れるはずだ。

 京都の夜が俺をそっと包んでくれた。


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