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第9話 穏やかな時間

遅くなってしまいすみません!


 王都からの帰宅民が押し寄せて来たため夕日の沈む町を後にし、町から離れた位置に野営地を構えた俺たちは、各々の時間を過ごしていた。

 結局、俺たちを襲ってきた男たちは【勇者】御一行を害するためでなく、単純に金に目がくらんだ末の犯行だったらしい。

 それならばあんなに拷問しなくてもよかったのではとも思うが、それを確信付けるためだと言われてぐうの音も出なかった。

 若干可哀想な気はするが、男たちには自業自得だと諦めてもらおう。


「――っ、ハアッ!! ……おいこれいつまでやればいいんだよ!?」


 ゲオルグのうんざりした声に、思案に暮れていた俺の意識が浮上した。

 彼の後ろには斬り殺された魔物たちが、山になって積み上げられている。


「まだ足りないよ。ちゃんと自分が使った分は稼いでくれないと」


 その嘆きに山を一瞥こそしたヨハンだったが、その発言は辛辣なものだった。

 ゲオルグは結果的に無駄飯を食らったことになったが、本人も反省したということもあり、みんな――あれだけ怒っていたヨハンでさえも許す姿勢を見せていたのだ。

 けれど、町を発つ前に食料の補充をしている際に彼がみんなに買っていた『お土産』まで食べていたことを知り、怒りの炎を再燃させたヨハンによってゲオルグはしばらくの間アンジュの《結界》の外で襲ってくる魔物の討伐に勤しむこととなった。


 そうこうしている間にもまた新たな魔物がやって来たらしく、「ハッ!」と斬り捨てているが、やって来るのは鼠や蝙蝠といった小型の弱い魔物で、売ったとしても大した額にはならないだろう。

 王様からもらったお金はまだまだ余裕があるし、あまり心配はしていないからヨハンの憂さ晴らしなのだとは思うが、彼の気が済むのはいつになるのだろうか。

 アンジュは眠そうに欠伸しているし、みんなが寝る前までにはきっと終わる、……はずだ。


「ねえねえ、兄ちゃん」

「ん? どうした?」

「解体、してみたんだけど、難しくて……」


 ゲオルグの近く、《結界》に入るギリギリのところにいたリュカに呼ばれて行ってみると、そのしゃがみ込んだ足元に原型を留めていない魔物が数体散らばっていた。

 骨格からして元は蝙蝠型の魔物なのだろうが、皮の剥ぎ取りが上手くいかなかったのか無惨な姿となっている。


「だ、大丈夫だ! 俺も最初は苦戦した。こういうのにはコツがあってだな。リュカは器用だからすぐ上手く出来るようになるさ!」


 しゅんと項垂れるリュカを励まして、その隣に腰掛けた。


「この蝙蝠型の魔物だが、まず、どこが売れる部位かは分かるか?」

「羽、かなぁ。前にお店で見たことがある気がする」

「おー、そうだ。あとは足だな。擦ったら薬になるらしい。足は切り落とすだけだ」

「うん」


 俺の説明を聞いて、リュカが蝙蝠の細い足をスッパリと切り落とす。

 そのままの流れで羽の部分に取り掛かるが、ここで一つ問題が起こった。


「……兄ちゃんごめん。切りすぎた」

「いや、あー……」


 なんと言うか、ナイフの性能が良すぎた。

 リュカは俺とお揃いがいいと言って、竜の爪で作られたナイフを使用しているのだが、完全に獲物が負けている。

 切り込みを入れるつもりで刃を当てても、軽く表面を滑らせるだけで切断されてしまう。攻撃力の高さが仇となっていた。

 ナイフの素材にされた竜が生きているのかは不明だが、もし死んでいるならばこんなことに使われて天国で嘆いていることだろう。


「最初からこれは難しいわ。ちょっと待てよ、確かここに――……ほら、これでやってみろ」


 そう言ってリュカに渡したのは、俺が冒険者になってからずっと使ってきたナイフ。

 【魔王】は斬れないにしてもまだまだ使えるそれを捨てる気にはなれず、研ぎ直して『時の箱庭』にしまい込んでいたのだ。

 もう一度やってみるように言い、その手元を注視する。

 注意深く刃を当て、今度は上手くやってのけたリュカが嬉しそうに顔を上げた。


「いいぞ、その調子だ。次に鼠だが……おっ、上位種がいるぞ」

「上位種?」

「ああ。こっちが普通ので、こっちが上位種だ。どこが違うか分かるか?」

「うぅ〜ん……尻尾がこっちの方が太いかな?」


 屍の山の中から上位種と普通のを引っ張り出して、横に並べる。

 しばらく考えたリュカが指したのは紛うことなき上位種の方だった。

 気付きやすく若干尻尾をよく見えるように細工したりはしたが、初見で気付くとは流石俺の弟。将来有望だ。


「いいぞ、正解だ! そんで決定的に違うのがもう一つあってな」


 腰からナイフを抜き、二匹の胸部にそっと切り込みを入れる。

 竜の爪の威力を知っていたから緊張したが、なんとか上手く出来てこっそり安堵の息を吐いた。


「ここを見てくれ。この臓器だけ普通のに比べてデカいだろ?」

「あっ、本当だ! 心臓……じゃないし、何だろう、これ」

「これはだな――」

「あのぅ、カイ様」

「んぁ?」


 可愛い弟に頼られて気持ちいい気分で教えていた俺は、後ろからかけられた声に振り向き、目を見張った。

 先程まで眠そうに閉じかけていた瞳を煌々と光らせたアンジュが、どこから取り出したのかメモ帳片手に俺に迫って来ていた。


「私もご口授賜りたいのですが、よろしいでしょうかっ!?」

「お、おう。……で、でもそんなに大したことじゃないと思うぞ?」

「いえ! 先程のお話も私は存じ上げないことばかりでした。私の師は常日頃より言っておりました。無知は罪だと」

「師?」

「はい、ヨハン様です! 無知は罪! ぜひ、私にもご口授をっ!!」

「お、おう」


 アンジュの勢いに思わず頷く。

 長いこと仕えているみたいな言い方だが、彼女がヨハンに会ってまだ半月も経ってないからな!?

 本当に、あの人見知りのアンジュに何をしたんだよと恨めしげな視線をヨハンへと向けると、やり取りを見ていたらしい彼とばっちり目が合った。

 気付けば、魔物を斬り殺しながらゲオルグも興味深そうな視線を向けてきていて、なんとなく居心地が悪く感じ肩を窄めた。


「カイ様?」

「あーもう! 分かった分かった! 教えるからそこに座れ!」

「はいっ」


 元気よく返事を返したアンジュを加え、再度説明を開始する。

 そもそもこれからリュカに教えようとしていたことは冒険者なら広く知られていることで、大した知識ではないのだけれど、こうも大袈裟とも言える程感心しながら聞いてくれると話したかいがあるというものだ。

 ……未だ心地悪い視線は両方から感じるが。


「そもそも、こいつらが普通の――魔物じゃなくて動物の鼠や蝙蝠と違う理由は知ってるか?」

「……魔物っていうくらいだから、魔法を使うから、かなぁ」

「ああ、そうだ。じゃあアンジュ、それぞれ何の魔法が使えるか分かるか?」

「ええっ? そ、そうですね……」


 俺に問いかけられたアンジュは、ちょうどゲオルグに襲い掛かっていた蝙蝠の魔物を凝視するが、しばらくして首を横に振った。


「……分かりません」

「リュカは? 分かるか?」

「蝙蝠は風だと思うけど、鼠は分かんない」

「蝙蝠は風、これは正解だ。鼠はだな、……雷だ。といっても、その魔力で攻撃出来るわけじゃなくて、素早さが上がるのがせいぜいだけどな。ほら、さっきの臓器。ここに魔力を溜めておくんだ」


 俺の説明に二人がまじまじと覗き込んでいる。

 女の子はこういうグロテスクなものは苦手なのかと思っていたが、アンジュは……どちらかといえばリュカよりも熱心に、それを観察していた。これもヨハン効果なのだろうか。

 


「君が魔物にそんなに詳しいなんて、意外だったよ」


 一通り説明を終え、もう少し剥ぎ取りの練習をすると言う二人を残して焚火近くで一息ついていた俺に、向かい側に座っていたヨハンが声をかけてきた。

 いつもの皮肉な笑みは健在だが、その声は本当に感心しているもので、むず痒さを感じて思わず視線を逸らした。


「いや、冒険者ならみんな知ってるっていうか、そんな凄い情報じゃねぇから!」

「そう? それでも、二人にとっては勉強になったんだからよかったんじゃない?」

「そ、そうだけど……」


 褒められた恥ずかしさから、意味もなく焚火をつついてみる。

 リュカたちの方を窺うと、いつの間にかゲオルグまでも参加し、三人で楽しく素材を剥ぎ取っていた。


「まぁ、僕としても君がただの保護者じゃないと分かって安心したよ。僕一人で彼らの相手をするのは大変だからね。それなりに腕も立つみたいだし、その調子で頑張ってよ」

「ん? あ、ああ……?」


(あれ? 俺褒められてるんだよな? 貶されてないよな?)


 言うだけ言って寝る体勢に入ったヨハンになんだか釈然としないものを感じるが、それ以上追及して薮蛇になっても嫌なため渋々不満を飲み込んだ。

 夜はゆっくり更けていく。



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