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第7話 黒猫の墓場


 【魔王】討伐の旅に出発して二日目。

 昨日の遅れを取り戻すように歩き詰め、俺たちは王都から一番近い町へと辿り着いていた。


 東北の果てにあるという魔王城に向かうのに何故徒歩なのかというと、移動中に現れる魔物を少しでも多く倒すため――というのが建前で、本当はアンジュが馬に乗れないためだ。

 だから疲れたら馬車にだって乗っていいし、急ぐなら誰かの馬に彼女を相乗りさせればいい。

 今回それをしなかったのは、みんな昨日の騒ぎに懲りて人の多い場所へ近寄るのを無意識のうちに拒んでいたためだろう。

 まあ王都からの帰還者で馬車は満員だっただろうし、黙々と足を動かすうちに「町に入ろう」と思う程には回復したのだから、きっとこれでよかったのだ。

 ……正直、俺もリュカも乗馬には不慣れなところがあったから、助かったということもあるが。


 王都から離れるにつれ姿を現すようになってきた鼠や兎の小型の魔物の素材を売却するため、冒険者ギルドへ向かう者と宿をとる者と二手に別れることになったのだが、なんと俺とリュカ以外ギルドへ行ったことがないことが判明した。

 みんなには段々慣れていってもらうとして、今回は俺と比較的体力の余っているランバートの二人でギルドに向かうことにした。

 もう一組の方が若干心配だが、宿のとり方はリュカも知っているし、仮に危険が迫ってもヨハンが対処してくれることだろう。


(誰かしら大人が付いているように考えないとな)


 子供側が【勇者】に【聖女】と重要な役目を追っているため、狙われる危険がある。

 今後も状況によって別れる場面もあるだろうし、その場合の対応も考えなきゃいけないな。と歩きながら考えていると、ゲオルグが俺の肩に手を回してきた。


「お、おい。ゲオルグ? なにを――」

「……付けられてる」

「っ!?」

「随分魔物倒したから結構な額いくんじゃねーの、これ。邪魔者いねーし、換金したら二人で飲みに行くか!」


 俺にしか聞こえないくらいの声でそう告げたと思えば、今度は大勢に聞こえる程の大声で飲みに行こうと誘う。

 後ろを振り向かずに気配を探ると、男が三人。不自然な距離を空けてこちらを伺っていた。


(……早速か)


 すぐにゲオルグの狙いを理解し、俺もそれに乗ることにした。


「おー、いいな! パーッといこうぜ、パーッと。おっ、ここなんていいんじゃないか? 『黒猫の墓場』、か。さっさと行って早く飲もうぜー」


 『黒猫の墓場』。

 そう書かれた看板の下がる飲み屋に目星を付け、わざわざ店名まで言ってやる。

 思ったより物騒な名前で違う店にしたくなったが、もう言ってしまったものは仕方ない。

 少しわざとらしかったかもと思ったが、男たちは見張り役らしい一人を残し、そそくさと店の中に入って行ったから、とりあえずは成功だろう。


「……帰ったらヨハンに怒られるな」

「あー……だろうな……」


 演技ではない本気の呟きに苦笑で返す。

 せめて何か美味しい物を包んで帰ろうと心に誓い、俺とゲオルグは互いに肩を抱きながらギルドへと急いだ。


 『黒猫の墓場』は名前から受ける印象とは裏腹に意外と賑わっていて、俺たちはなんとか座ることが出来た。

 俺たちのあとに入って来た男が離れた位置に座る男たちに合流するのを認めて、ひとまず安堵の息を吐く。

 この距離なら店内の喧騒に紛れて話している内容までは聞きとれないだろう。

 ゲオルグも同じ結論に至ったらしく、おどけるように肩を上げてみせた。


「まっ、せっかくだから楽しく飲もうぜ。そっちの方が怪しまれないだろうしな」

「だな。それにしても狙いは金か? あまり手慣れてない印象なんだが。……もしかしてこっちは陽動で狙いはリュカたち……?」

「さぁなー。なんにせよあとで分かることだ。仮に向こうに行っていたとしてもヨハンが何とかすんだろ。あれでも魔導師長なんだ。下手打たねえよ」


 何かと言い合うことが多い二人だが、その口振りを見るに彼の実力には一目置いていることが分かる。

 二人が揃えばなかなか聞けないだろうし、この機会にいろいろ聞いてみることにする。


「ヨハンとは元々知り合いなのか? 顔合わせのときとか、初対面って感じがしなかったが」

「ん? ああ、学校でな。学年こそ違うが、あいつは魔法の才がずば抜けてたからな」

「うん?」


 それが何のきっかけになるのかと首を傾げる。


「ほら、ギルファル王子と歳が近いだろ、俺ら。そんで何かと手助け出来るようにって、何度か集められたんだよ」

「へえ〜。……って、そしたらこの旅になんか参加しない方がよかったんじゃないのか? せっかく道が決まってたのに、わざわざ棒に振ることないだろ」

「いや俺も最初は断ろうと思ったんだけどな。まあ……気が変わったんだよ」

「ふーん?」


 出世の道を蹴ってまで何で一緒に来る気になったのか気になるが、この様子だとゲオルグは話すつもりはないらしい。

 断るつもりだったと言っていたから、訓練での俺たちの力を見て任せてられないとでも思ったのだろうか。

 ちょうど通りがかった店員に酒と料理を注文し、会話を再開する。

 ちなみに、魔物の素材は麦酒(ビール)二杯がやっとの金額でしか換金されなかったため大赤字だ。

 王都に近いこともあって値段も高め。

 旅の資金にと王様から渡された金があって助かった。


「お、もう来たぜ。そんじゃ、旅の成功を祈って乾杯といくか」

「おう」


 コンッと木製のジョッキを鳴らして一気に煽ると、程よい苦味が歩き詰めだった体に染み渡っていく。

 気持ちよく酔えないのが心底残念だ。

 ふとゲオルグを見ると、一口で飲み干してしまったらしく追加を頼むために店員を呼び止めるところだった。


「……目的を忘れるなよ?」

「なぁに、こんくれぇで酔わねえよ。そっちこそ気付けばべろんべろんなんてことにならねえようにな!」


 かっかっと豪快に笑ってゲオルグは味付けされた肉にかぶりついた。

 もたもたしてたら俺の分まで食べられてしまいそうな勢いだ。

 どうせ怒られるなら美味いものを食って怒られたい。

 俺は目の前に置かれた鶏の串焼きを手に取り、負けるものかと食らい尽くした。



「――はあ!? こう、くるくる〜って波打つ長い髪が一番だろ!」

「いーや、ショートカットだ。お前も社交場にでも行ってみろ。みーんな長髪だから見飽きるぜ? その点、ショートはなかなかいないからな。あの新鮮さがいいんだよ」

「そりゃお貴族様じゃあ大事な髪を切るバカはなかなかいないだろ」


 それはゲオルグの一言から始まった。

 食い始めて小一時間程経った頃、腹も膨れ、そろそろ出るかと話していた俺たちの耳に「女は金髪がいい」だの「濡れたような黒髪が一番だ」だのと争う声が聞こえてきたのだ。

 「ちなみにお前は?」とゲオルグに問われ、「金髪ロング」と答えた俺をなんとこいつは「何も分かっていない」と嘲笑いやがった。


「揺れるたびにふわっといい匂いすんのがいいだろうが。なんつーか、石鹸みたいな」

「はっ、典型的な『理想の女』だな。ついでに出るとこ出てた方がいいとか言い出すんじゃねえだろうな?」

「当たり前だろっ! まさかお前、絶壁が――!? どこに顔埋めるんだよ!?」

「最初からでかかったら育てる楽しみがないだろうが」


 髪型からスタイルまで。こうも好みが分かれるとは思わなかった。

 予想外の白熱を見せた議論に、一度頭を冷やすため残っていた麦酒を一気に煽るとふうと息を吐く。

 冷静になって周りを見ると、席の近い客が数名、引いた顔でこちらを見つめていた。

 それに肩身の狭い思いをしながら、俺はここにリュカやアンジュがいなくてよかったと心から思った。


「…………行くか」

「そうだな」


 気まずさを咳ばらいで誤魔化して、俺たちは席を立った。

 予想していたのとは違ったが、これで随分酔っているのだと印象付けることが出来ただろう。

 店を出て、自然な流れを装って人気のない裏道へと向かう。

 ゲオルグの千鳥足なんかかなりいい線いってると思うんだが、……これ本当に酔ってるわけじゃないよな?


「お、おい……ゲオルグ、お前まさか――」

「へっへっへっ、兄ちゃんたち、いい装備使ってんなぁ!」


 ふらふらと壁に寄りかかるゲオルグに近寄ろうとする俺の後ろから、俺たちをずっと付けていた男たちが下卑た笑みを浮かべながら現れた。

 予定通りの展開のはずなのに、相棒のゲオルグはダウン寸前。


(おいおい、マジかよ……)


 幸か不幸か、三人組の実力はやはり低いようで、陣形をとるでもなく弱っている俺たちを見て既に勝った気になっている。

 ――あっ、ゲオルグが吐いた。

 全部彼の演技だという線も消え、一人で闘わなくちゃいけなくなった俺は、腹を決めることにした。

 背負っていた剣を抜き、戦力外になったゲオルグを庇うために前へ出る。


「おいおい一人でやる気かぁ? 大人しく身包み置いてったら命だけは助けてやるぜぇ?」

「うるさい」


 というか、この場合殺してしまっていいのだろうか。

 ゲオルグと二人なら適当にのして自警団にでも引き渡すつもりだったんだが、一人になった今、変に手加減したら逆にこっちが殺されることもあり得る。

 逃げてリュカたちの方に被害がいっても困るしなあ、と初動を躊躇する俺を腰が引けてるのと勘違いしたのか、一番近くにいた男が斬りかかってきた。

 それを難なく避けて、とりあえず柄で打って気絶させる。

 問題は残りだ。

 今みたいに一人ずつやって来てくれるなら気絶させる暇もあるのだが、二人で一気に来られると――

 そう考えている間にも、仲間が一人やられて激昴した男たちが同時に襲い掛かってきた。


「くっ、殺せぇ! ……――なん、だとっ!?」


 俺に斬りかかってきた一人が驚愕の色に顔を染めた。

 正直、俺もこうなるのは予想していなかったから、きっと同じような顔をしているのだろう。

 上段から振り抜かれたそれを受け止めたはずだった。けれど、男の腕は止まることなくそのまま振り下ろされたのだ。――剣先がないままに。

 俺の剣がぶっかった位置からスッパリと切れたそれを手に、男は訳の分からないといった表情で一歩後退る。

 もう一人も血の気が失せた顔で完全に戦意を喪失していた。

 この好機を逃すはずもなく、二人の意識を刈り取ることに成功した俺は、ふう、と肩の荷を下ろした。

 どう考えても戦力過多だ。オリハルコンヤバい。

 下手したら相手の体もスッパリいきそうで、無闇に喧嘩も出来なくなってしまった。

 このまま彼らを放置するわけにもいかず、一度大通りまで出て通りすがりの人に自警団を呼んで来てもらうことにする。

 男たちはまだ意識は戻らないだろうが、酔っ払いのゲオルグも置いて来ていたため全速力で戻ったのだが、走ったことでアルコールが回ってきて頭がふわふわする。

 

「おーい、ゲオルグ。起きろー!」


 ぐでえ、と体を横たえ、安らかな寝顔を見せるゲオルグをつついて起こすが一向に起きる気配がない。

 その顔があまりに幸せそうで、段々ムカムカしてくる。作戦のために俺は酒もセーブしたというのに、こいつはこのザマだ。


 駆けつけてきた自警団に男たち――ついでにゲオルグも預ける。

 決して腹いせからじゃない。意識があるうちならまだしも、自分より体格のいいゲオルグを運ぶのは無理だ。共倒れ必至だ。

 現に自警団の人たちはゲオルグ一人に四人がかりでやっと運んでいる。

 詳しい状況説明と彼の引き渡しのために、明日屯所を訪れることを約束し、俺は一人宿屋の立ち並ぶ方向へと向かった。



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