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第3話 初期装備は国家予算


 王城の鍛錬場。

 朝早くに例の使用人――デニスというらしい――によって連れて来られてからというもの、俺は休み無しで目の前の男と手合わせしていた。

 ――筋骨隆々。

 そんな言葉が似合うこの男はゲオルグといって、第一騎士団の副団長だ。


「ぐぅ……はあっ!」


 やっとのことで彼から一本とることが出来た俺は、疲れから思わずその場に倒れ込んだ。

 溢れるように流れる汗を袖で拭い見上げると、日は既に上り切っていて、時間の経過がまじまじと感じられた。


「お見事。かーっ、一本とられちまったな。少し休憩すっか」


 疲労困憊の俺と違い、ゲオルグは軽く肩で息をする程度で、実力の差は歴然だ。

 実際、俺が一本とる間にゲオルグは三本。――そして四本の木剣を折ってみせた。

 なんという馬鹿力。後半は大分流せるようにはなったが、未だに腕が痺れてしまっている。


(それに比べて――)


 騎士団長直々の指導を受けるリュカの方を伺うと、こちらは実に平和的な稽古をしていた。

 剣の持ち方から振り方まで基礎を一通り習ったリュカが、藁で出来た人形に打ち込んでいる。

 初心者のリュカとしてはなかなか様になっているから、騎士団長の教え方が上手いのだろう。


「あっちも大分形になってきたなあ。ま、団長がついてんだから、当然か」

「そうですね」


 「ほらよ」と渡された水に礼を言いながら、リュカの様子を観察する。

 数度打ち込んでは止められ、改善点を指摘されているのか騎士団長の話に真剣な表情で頷いている。

 すぐ横に気配を感じて振り返ると、自分の分の水を持ったゲオルグが隣に座り込んでいた。


「カイ、っつったか? お前、本当に【勇者】と一緒に行く気なのかよ」

「え? はあ、そうですね」

「正直、お前が行ったところで大して戦力にならねぇだろ」


 ぐっと言葉に詰まる。

 確かに、俺より強いやつなんて山程いる。目の前のゲオルグだってそうだ。

 反論してこない俺をどう思ったのか、ゲオルグは呆れたとでも言いたげに首を振った。


「そんなに【勇者】にあやかりたいかねえ」


 ――【勇者】にあやかる。

 そんな思いもよらない言葉に、俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。


「……俺はリュカに【勇者】になんてなって欲しくなかった」

「は?」


 思わず口をついて出た言葉に、ゲオルグが虚をつかれた顔で俺を見つめた。

 止めないと、と頭ではちゃんと分かっているのに、一度溢れ出した感情は止まることなく言葉として口から零れていく。


「村の近くで一緒に狩りをして、その日のことで精一杯で、だけど平穏で――幸せな暮らし。そのうち結婚相手なんか連れて来たりして、俺は寂しい思いをするかもしれないが、大切な家族を作って……あいつなりの幸せを見つけて欲しかった。それなのに急に世界を救えだなんて重荷を背負わされて……どうしてあいつなんだって悔しくてたまらない」


 本来なら、身内から【勇者】が現れたことは喜ぶべきことなんだろうが、弟に架せられた責務を考えると素直に喜べないでいた。

 誰かが【勇者】にならなければならないことは分かっている。

 だがそれが何故リュカなのか。

 何故普通の子として生きさせてあげられないのか――

 

「……リュカが【勇者】となったのは、もう……覆すことの出来ない事実です。それなら、あいつが少しでも生きやすいように補佐していくことが、兄として――俺が出来る最善のことじゃないですか」


 どんな人たちと旅をするのかはまだ分からないが、知らない人の中に一人で放り込まれるよりは気心知れた者がいた方が気が休まるのではないか。


「……確かに戦力面では足りない部分も多いので、これから頑張らないといけませんが」


(……話しすぎた)


 頭に血が上って話さなくていいことまで話した気がする。

 今更ながら恥ずかしさが襲ってきて、ゲオルグの方を向くことが出来ない。

 【勇者】についても散々批判した気がするし、下手したら何か罪に問われたりしないだろうか。

 これだけ言っといて出発する前に投獄されただなんて洒落にならないにも程があるぞ、と一人で顔を青くしていると、隣から小さく噴き出す音が聞こえた。


「――くっ、ははっ! 熱く語り出したと思ったら今度は青い顔したりして……面白いやつだな、お前!」

「……そりゃどうも」


 バシバシ背中を叩いてきてもの凄く痛い。

 止めろとの意を込めて睨みつけてやったが、全く伝わってない。


「いやぁ、悪ぃ悪ぃ。お前のこと誤解してたわ。それこそ【勇者】の恩恵を、って周りがうるさくてよ、ちょっとカリカリしてた」

「そっすか」


 正直ゲオルグにどう思われててもいいが、【勇者】(リュカ)をそういう目で見るやつらがいると早いうちに知れたのはよかった。

 この先、リュカを利用しようとする者はもっとたくさん現れるだろう。


(俺がちゃんと目を光らせておかないとな)


 ――純粋な弟が、汚い思惑に巻き込まれないように。

 心優しいリュカが傷つかずに済むように――


 視線の先ではリュカが騎士団長に無垢な笑顔を向けていた。



   ◇◇◇



 汗だくの体を洗い、新しく出された上質な服に腕を通す。

 これから王城に呼んだ武器商人から武器や防具を選ぶことになったのだが、それだけのためにこんなに上等な服を着なくてもいいのでは、というのが本音だ。

 昨日は王様に謁見する必要があったのだから、きちっとした服でっていうのはまだ分かる。

 けれどさっきまで着ていた訓練着だって俺の私服よりもしっかりした生地が使われていて、むしろ私服で訓練した方がいいんじゃないかとも思ったくらいだ。

 溜息を吐きながらデニスについて移動する。

 リュカが使う武器は聖剣と決まっているらしく、選ぶのは防具だけでいいからともう少し訓練してから参加するらしい。

 弟を一人にするのは不安だが、騎士団長はいい人そうだし、訓練出来なくて困るのはリュカだと、固唾を飲んで了承した。


 案内された部屋に入ると、部屋中に並べられた武器――と商人らしきおじさんと話し込むゲオルグの姿があった。


「ん? おー! そういう格好も似合ってんじゃねぇか!」

「ゲオルグ……さん。何か用事があるって言ってませんでしたっけ?」

「ああ、終わった終わった。それより聞いたぜー? お前二刀流だったんだろ? ちゃんと言えよー。それ込みでの実力が知りたかったぜ」


 商人の手には何故か俺の剣とナイフが握られていて、そこからの情報だとは分かるが、やたらとフランクになっているのは何故だ。

 入口で立ち止まる俺の腕を握って商人のところまで引っ張って行くゲオルグを引き攣った顔で見ていると、商人が苦笑しながら俺の武器を返してきた。


「持参する品の参考にするため、陛下からお借りしていたのです。これをお返しします」

「は、はあ。ありがとう……?」


 よく見てみれば、並べられた武器は俺の使っている物と形が似ているものばかりで、商人の言葉に嘘はないのだろう。


「よく使い込まれたいい品です。大事に使われていたのが分かります」


 そう褒められて悪い気がする人はいないだろう。

 無意識に口元を緩めると、それを見た商人が顔を曇らせ「ただ、」と続けた。


「これから先……【魔王】を倒すとなれば、その武器ではちょっと……」

「あー……まあ、確かに」


 冒険者になってずっと使ってきた物で愛着はあるのだが、これで「【魔王】を斬れ」と言われても斬れる気がしない。

 むしろこの城の騎士が着ている鎧にさえ負けそうだ。


「でしたら、こちらの物がオススメです!」


 苦い顔を浮かべた俺に、商人がさっきまでの表情を一転させて商品を勧めてきた。

 すっかり彼のペースだ。商人って怖い。


「こちらはオリハルコンで出来ておりまして――」

「オ、オリハルコンッ!?」

「はい。魔力をよく通しますので、使い勝手がよろしいかと」


 にこにことした顔でなんてことないように説明されているが、オリハルコン製の剣なんて滅多にお目にかかれない代物、こんなに簡単に勧めてこないで欲しい。

 お値段的なことが怖くて思わず手が震える。


(いやでも、この機会を逃したら一生触ることもないだろうし……)


 ちょん、と恐る恐る柄の部分に触れた俺は歓喜に舞い上がった。

 肝心のオリハルコンの部分は鞘に入ったままで触れられないが、俺は確かに『オリハルコン製の剣』に触れたのだ!


「お? なんか喜んでるみてぇだし、これ貰うわ」

「ふふっ、はい」

「は? ちょっ、ゲオルグさん!? 何を言ってんですかっ!!」


 商人がゲオルグの言うことを間に受ける前に、慌てて止めに入る。

 値札がないため詳しい値段は分からないが、俺の一生分の稼ぎを充てたとしても到底買えないということは分かり切っている。

 人に途轍もない額の借金をこさえさせるつもりかと睨みつけると、ゲオルグは至極不思議そうに首を傾げた。


「魔王に挑むっつーのに鉄の剣で向かうつもりか? どうせ支払いは国なんだし、気に入ったもん貰っとけ」

「そ、そうだったんですね……」


 それを早く言って欲しかった……!

 商人は支払い先がどこだろうとお金さえ入れば問題ないようで、先程からずっと笑みが絶えることがない。


「まあ、指一本で選ぶとは思ってなかったけどな。普通、素振りなり何なりして決めんだろ」

「はいっ! 素振りします!!」


 そうと決まれば遠慮することもない。

 せっかくだから使い勝手のいい物がいいな、とその剣を手に取って鞘から抜き出してみた。


「――はぁっ、キレー……」


 曇りのない刀身に、惚けた俺の顔が映りハッとする。

 なんだか二人が生暖かい目で見ているような気がするが、今の俺にそっちに構う余裕はない。

 邪心を振り切るように数度振り抜いてみる。


(凄ぇ……これなら【魔王】でも何でも斬れそうだ)


 手に吸い付くような感覚、とでも言うのだろうか。

 何度振っても疲れることのない、最高の一本だ。

 試しにほんの少し炎の魔力を通してみると、勢いよく燃え上がり慌てて消した。


「こ、これにします」

「気に入られたようで何よりです。こちらの分が全てオリハルコンで出来た物ですが、予備に数本どうでしょう」

「予備!?」


 ゲオルグを伺うと、当然のことのように頷かれた。

 この城にいたら金銭感覚が馬鹿になりそうだ。

 やけくそになりながら全部振ってみたあと、追加で二本選択した。


「では次に、ナイフの方ですが」

「はあ」

「こちら、ユニコーンの角で出来た一点物となっております」

「ユニッ!? ちょ、大丈夫なのか、それ!?」

「ええ。もちろん、違法なものではございません」


 もう何がきても驚かないぞと思って早々、ユニコーンときた。

 聖獣とされるユニコーンは角に解毒作用があるとかで非常に人気があるが、流通量が極めて少ない。

 というのも、ユニコーンの数自体が少ないというのもあるが、聖獣保護の観点から乱獲が禁止されているのだ。

 そんな貴重な物、本当に俺なんかが使ってもいいのだろうか。

 豚に真珠、まさに宝の持ち腐れになるのではと尻込みしてしまう俺に、商人はそれを握らせた。


「――さあ、振ってみてください」


 …………結局、ユニコーンのナイフ一本と、予備に一本火竜の牙で出来た物を選んだ。

 もはや歩く国家予算だ。

 もしかしたら下手な貴族よりも金持ちになったかもしれない。いや、きっとなってしまっている。

 リュカと合流する前に随分疲れた気がするが、そのあとも(ドラゴン)の鱗を使った防具や天女の羽衣だとか訳分からない物まで勧められて、解放される頃にはすっかりクタクタ。疲労困憊だった。

 どうやって部屋に戻って来たのかも分からないが、気付けばベッドの上でうなされていたらしく、リュカが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

 高価な買い物はすっかり俺の心にトラウマを植え付けたようだ。

 キゾクノカイモノ、コワイ。



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