第21話 葡萄畑の魔物
バラック家の馬車に揺られて魔物の被害に合っているという村に向かいながら、俺は御者台からバラック領を見下ろしていた。
伯爵家に行くときもそうだったが、俺たち五人が中に入ってしまうとぎゅうぎゅう詰めで身動きが取れないため、誰か一人は御者台に座ることになったのだが、特に理由がない限りは俺が座ることになるだろう。
体格のいいゲオルグが気を使って申し出てくれたりもしたが、伯爵家の馬車の御者台に侯爵家の者が乗るのは拙いだろうし、他の貴族組も論外。となれば平民である俺かリュカになるわけだが、【勇者】であるリュカをこんなに狙われやすい場所に座らせるわけにはいかない。というか、意外と風が寒いし、弟にそんな思いをさせたくない。
時々覗き窓から中の楽しげな声が漏れてきて、少しだけ寂しい気もするが、一緒に座っている御者のテリーが話し上手で退屈せずに済んでいる。
「あっ、ほらカイさま。あれが先程話した店です。固いはずの獣肉が口の中でほろほろに蕩けるんですよ。たまに妻と行くんですが、美味しすぎて食費が……。まあ、他の部分で我慢してでも行く価値はあると思うので、今度来られるときには是非行かれてみて下さい」
そんな説明に口の中に唾液が溜まった俺は、後ろに流れていく店を未練がましく見つめる。
伯爵家の好意で食料は大量に補充出来ているし、国王からの補助金はまだまだ残っているから食べ物には困ってないが……美味しいものを食べる機会を逃すのはやはり惜しい。
(【魔王】を倒したらリュカと食いに来るか)
【魔王】を倒したあとに、美味しい料理を食べる。そんななんててことない約束を嬉しそうに語るリュカの健気さに、兄としてなんとしてでも叶えてやりたい気持ちになる。
(……まあ、最後まで俺が生きてられるかは分からんが…………)
最初から力の及ばなかったゲオルグやヨハンは勿論として、最初は頼りなかったリュカやアンジュでさえ最近じゃめきめきと実力を付けているし、抜かれるのも時間の問題だろう。
今は冒険者としての知識を活かすことが出来ているが、それもいつまで続くことやら。ああ見えて研究熱心なアンジュが俺の知らない魔物の特性を発見したときは、正直彼女の才能に嫉妬した。
知らない奴らと行動する中で少しでもリュカを助けようと参加した旅だが、彼らにならリュカを任せられる。そう共に旅する中で感じていた。
むざむざ死に急ぐつもりはないが、もし、リュカに危険が迫ったら。そうなったら俺は盾になってでも弟を守る。
そのときは”約束”を反故にしてしまうことになるが、俺がいなくなったあとも彼らならばきっと俺の代わりに弟を守ってくれるだろう――
気付けば眠ってしまっていたようで、馬を止めたテリーに肩を揺すられて目が覚めた。
伯爵領の中でも北西部に位置するここはワインの生産が盛んな村らしい。本来ならもうすぐ収穫時期だというのに、見渡す限りの葡萄の棚が魔物の被害を受け今はその半数以上が枯れかけてしまっている。
テリーに促され外に出てきた皆も、そのあまりの酷さに愕然としていた。
「話には聞いていましたが、これは……」
「……確か、虫の魔物だっつってたな」
「はい。葡萄の木に寄生する蛾の幼虫を寄せ付けないため、木に薬液を塗布して予防していたのですが、【魔王】が復活して以降蛾は魔物化してしまい……」
アンジュとゲオルグの問いに答えたのはテリーだった。彼はこの村の出身らしく、その関係で今回の案内を仰せつかったらしい。
手紙での報告は受けていたようだが、改めて見た村の惨状に顔を青くしている。
「……村長から詳しい話がありますので、まずは案内いたしますね」
テリーのあとに続いて村を歩いていると、通り過ぎる家の中から縋るような視線を感じる。
歓迎されていないわけではないようだが、何か外に出てはいけない理由でもあるのだろうか。
(まあ、城下町のときみたいに揉みくちゃにされるよりはいいか)
心持ち居心地悪い雰囲気の中進んで行き、テリーは奥まった場所にあった一軒の前で止まった。
伯爵家から来たばかりだから小さく見えるが、村にある他の家より大きくて立派な造りの家だ。
ちなみに我が家と比べると、三倍くらいの広さはありそうだ。そんな豪邸を小さいと思ってしまったことに憮然としている間にテリーが家主と話をつけたらしく、俺たちは談話室へと通された。
コの字型のソファに俺たちが座り、残る一人掛けのソファに座るべき人物を待ちながら、俺はそっと辺りを見回す。
テーブルの上に置かれている花瓶や壁に掛けられた絵画――うん、やはり豪邸だ。
勝手に持ち物の値を見るのは行儀が悪い気がして気が引けるから態々【鑑定】はしないが、これまでワイン作りで随分と儲かってきたのだろう。
そうしているうちに、奥の部屋から一人の男が現れた。
すぐにテリーが駆け寄り、足が悪いのか左足を引き摺りながら歩く彼を補助しながら一人掛けのソファへと座らせた。
テリーはその後ろに立って控える。
並んだ二人を見てみると、どこか面影が似ているように思える。もしかしたら親戚なのかもしれない。
「この度はこのような辺鄙な村にお越しいただきまして、なんとお礼を申し上げたらよろしいか。本来なら村総出で歓迎したいところですが、今この村にはそこに回す資源がありません。何卒御容赦くださいませ」
頭を下げ恐縮しきりの村長に、ヨハンが複雑な表情を浮かべた。
【勇者】一行として旅に参加しているものの、彼もバラック家の一員。身内が放っておいた結果を目の当たりにして居心地悪そうにしている。
「俺たちはここに魔物が出ると聞いて来ました。対策を練る為にも、詳しい話をお聞かせください」
そもそも報酬が欲しくて立ち寄ったわけでもないし、食料なら先程貰って来たばかりだ。
それに魔物の成長速度がどのくらいかは不明だが、早めに退治した方がいいに決まっている。
早速対外モードになったゲオルグが村長に問い掛けると、傍に控えていたテリーがここら一帯の載った地図をテーブルに広げて見せた。
「最初に被害に合ったのはこの畑です。森に近く発見が遅れました。次はこちら。酸味の強い葡萄の生る畑でした。魔物はここに巣を作り、着々と数を増やしております。
ただの虫と違い駆除薬が効かないため、卵を見付け次第木を伐採し燃やしていたのですが、何分木の中に産み付けるため発見が遅れてしまい……。
蛾自体は攻撃性もなく人を襲うことはないのですが、その鱗粉を浴びるとこのように身体の感覚が麻痺し、段々と石のように固まっていきます。……なので皆外に出ることを恐れ、それによってまた発見が遅れる。悪循環を繰り返しているのです」
動きの鈍い足を示し、村長は自嘲を浮かべる。
彼がいつ鱗粉を浴びたのかは分からないが、日に日に動かなくなる足に怯えながら生活しているのだという。
「……一度鱗粉を浴びてしまったらどうすることも出来ないんですか?」
「その場ですぐ水で洗い流せば問題ありません。ですがこの村には魔法を使える者も少なく、家へ帰る内に症状が現れてしまうのです。卵や幼虫さえあれば薬も作ることが出来るのですが、取りに行く者もおらず在庫も切らしています」
麻痺が残るのは困るが、すぐに洗い流せばいいのなら大丈夫だろう。
なんて言ったってここにいるのは魔導士長。その場で水を出すことくらい造作もないだろう。
試しにアンジュの回復魔法を掛けてもらってみたが、あまり効果は見られなかったこともあり、蛾の鱗粉を浴びないよう見付け次第遠隔魔法で燃やし尽くすことにする。
時間がかかっているため効くかは分からないが、村長のために卵は回収して帰ることを決めて、俺たちは魔物の巣のある葡萄畑へと向かった。




