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第20話 ヨハンの父


 当主の参上の報せに俺たちの間に緊張が走る。

 再び座って迎えるのもどうかと考え、食堂の入口に移動し始めると、従者を引き連れて年配の男が姿を現した。

 ヨハンよりも病的で、スティーブよりも神経質そうなその男は、集まっている俺たちを視界に入れると意外と穏やかな笑顔を見せた。


「待たせてしまいすまなかったね。私がバラック家当主でスティーブとヨハンの父、アルバンだ。スティーブ、お客様を紹介してくれるか?」

「はい、もちろん」


 指示を出し終えたのか、アルバンの後ろに控えていたスティーブがしたり顔でこちらを見ている。

 【勇者】を筆頭にしてスティーブに紹介された順に視線を向けていくアルバン。知っていて当然の息子(ヨハン)の紹介がないのは当然だが、ゲオルグやアンジュの貴族組も初対面ではないらしく、俺とリュカ――というかリュカの紹介が主だった。


「ふむ。これから訓練とのことだったが、見せてもらっても構わんかね?」

「げ……あ、いえ、もちろんです。なっ?」


 スティーブに対する勢いはどこへやら。アルバンに問いかけられこくこくと頭を縦に振るゲオルグに、スティーブが仄暗い笑みを浮かべている。


「……どうすんだよ、これ」


 中庭へ移動し、軽く準備運動を行いながら、隣で防具を取り付けているゲオルグにひっそりと不満を漏らす。

 ゲオルグ自身こうなるのは思ってなかったらしく、バツの悪い表情で若干口が尖っていた。


「仕方ねえだろ。あんときゃあれが一番最善だと思ったんだから。まあ、こうなったら適当に試合形式で打ち合ってさっさと終わらせようぜ」


 アルバンたちは邪魔にならないように少し離れた位置にいてこの話は聞こえていないはずだが、さり気なく視線を向けるとよく分からない微笑みが返ってきた。


「おい見るなよ! 何か言ってるってバレるだろうが」

「す、すまん」


 ゲオルグに小突かれサッと視線を逸らすが、まだこっちを見ている気がする。怖い。


「そんじゃあチーム分けな。人数的に二・三か?」

「あのぉ、私今動いたら吐きます。絶対吐きます。無理です。伯爵家の庭を汚します」

「は、はあ!? ……チッ、仕方ねえ。なら二対二だ!」


 アンジュのサボり宣言にゲオルグが師匠のヨハンを仰ぐが、当のヨハンは心ここに在らずといった様子でいつもの小言が出てこない。

 それに釈然としない表情を浮かべていたが、これ以上の離反者が出る前に気を取り直してペアを分けることにしたようだ。

 グーとパーで分かれ、ペアを組むことになったヨハンと共に、ゲオルグたちから少し離れた位置へと移動する。

 今の内に作戦会議でもと隣を歩くヨハンを見るが、視線は常に下げられていて交わることはない。

 仕方ないから腕を引いて声をかけると、やっとこちらへ注意を向けた。


「おい、アンジュと見とくか? 俺一人じゃ負けはするだろうけど、ただの訓練で無理する必要ないぞ」

「……そんなことしたら、あの人たちに余計なことを言われるだけだよ。君が前衛で僕が後衛、とりあえず僕がゲオルグを足止めするから、リュカをお願い」

「あ、ああ……」


 全く魔術の使えないゲオルグに、聖剣を使うリュカ。二人とも接近戦を望むため、前衛の俺は責任重大である。

 この組み合わせは何度か試したこともあるし、上手くいけば二人にも通用する戦法だ。

 不安があるとすれば、ヨハンが全力を出せるかどうかだが……所詮は訓練。まあなんとかなるだろうと背負っていた剣を抜き、開始の合図を待った。


「では、始めますね! えいっ」


 気の抜ける掛け声と共に、アンジュから赤い光の球が放たれた。その球が地に落ちると同時に、大剣を掲げたゲオルグが突っ走って来た。

 大振りのそれを避けて、少し距離を取り次の一手に備える。

 ゲオルグの後方で、剣に魔法を付与し終わったリュカもこちらに向かって来るのが見えて歯噛みしたと同時に、その足元にヨハンの放った雷魔法が落ちてリュカは大きく後ろに飛びずさった。

 続けて俺と戦闘中のゲオルグにも数発放たれるが、体躯に似合わぬ素早い動きで全て避けると、ヨハンの魔法に合わせて振り抜いた俺の剣を軽々と受け止めた。


「……くっ」


 力で押し込まれるそれを剣でいなし、腰に差したナイフで斬り込むと、ゲオルグの二の腕に掠り、薄らと血が滲んだ。


「っ、てぇな! スパッと腕ごと切れちまったらどうすんだ、よっ!」

「あー……アンジュに頑張ってもらうしかないな、っ!?」


 ヨハンのスパルタ特訓のおかげか、最近のアンジュは怪我は勿論、身体の欠損もなんとか治せるようになった。

 まだ親指一本分治すのに一日使い物にならなくなる程へばってしまっているが、魔物相手に嬉嬉として色々試みているようだからその内腕一本ごと楽々生やしてしまいそうだ。

 打ち合いながらそんなことを話していると、ヨハンの猛攻撃を抜けたリュカが段々と迫って来ていた。

 一度下がろうかとも思ったが、流石にゲオルグもそう易々と攻撃の手は緩めてはくれない。

 一気に厳しくなった戦況に舌打ちすると、ゲオルグが意地の悪い笑みを浮かべた。


「兄ちゃんに成長した姿を見せるんだって、アイツ張り切ってたぜ?」

「は、はは……まじか。せめて一対一のときに見たかったわ」


 リュカがどれだけ成長したか見たいし、勿論その気持ちは嬉しいが、如何せん勝負の場でとなると複雑な気分になる。

 けれど弟の健気さに緩む頬は抑えられなかったようで、ゲオルグに指摘されてしまった。


「……ったく、お前たち兄弟は本当、になっ――!!」


 ニヤけた隙に斬り込まれたそれを受け流すが、一撃が重く手が痺れる。風魔法で補助しててもこれなのだから、彼の馬鹿力っぷりは凄いの一言だ。

 ヨハンがすぐ援護してくれて体勢を整えるが、そのせいで手薄となったリュカがぐっと勢いを付けた。


「……兄ちゃん」


 まだ小さな身体に似合わぬ聖剣を構え、どこか複雑な顔で向かって来たリュカ。


(……複雑な?)


 その表情に若干違和感を覚えるが、振り抜かれるであろう剣の煌めきに、受けて立つべく気を引き締める。

 ここ数日でかなり上達したリュカの鋭い一閃。


「……ごめん」


 剣と剣がぶつかり合い甲高い音を立た瞬間、リュカが小さく呟いた。

 「は?」と聞き返す間もなく、リュカは剣を引くと身を翻し俺の後方のヨハンの元へと駆けて行く。


「お、おい――ぐぅっ!?」


 そんな動揺をゲオルグが見逃すはずもなく、腹部に強烈な蹴りを受けて、不意を付かれた俺は地に伏すことになる。


「すまんな、俺たちの勝ちだ」

 

 すぐに立ち上がろうと腕に力を入れるが、それよりも早くゲオルグの大剣が首元に添えられてしまった。

 視界の隅では接近戦に弱いヨハンがリュカを相手に敗北したのが見えて、俺は腕の力を抜いて脱力した。



「とても素晴らしいものを見せてもらった」


 駆け寄って来たアンジュにより治療を受けていると、アルバンとスティーブ、そして彼らの侍従たちがぞろぞろとやって来た。


「アンジュ嬢の戦いが見れなかったのは残念だが、聖魔法もとても洗練されているようだ」

「え、あ、はい! ししょ――ヨハンさんが教えて下さいましたので」

「師匠か。ははっ、けどその師匠は不甲斐なく負けちゃったみたいだけどね」


 アルバンの賞賛に若干怯えながらも返事をしたアンジュ。

 彼女がヨハンのことを師と仰いだのが気に入らなかったのか、スティーブが口元を歪め吐き捨てた。

 ヨハンが言い返してこないことをいいことに、スティーブは更に俺とヨハンを貶める言葉を吐き続ける。

 俺だって流石に喧嘩を売るわけにもいかないため何も言い返せないが、「なんだこいつ」という目で皆が見てくれていて少し救われた気持ちになった。


「――それに比べて、やはり【勇者】さまの剣は素晴らしい! 才能というのはこういうものだと深く感じ入りました」

「スティーブ」


 冷めた空気を感じとったアルバンが窘めるように名前を呼ぶが、初めて見た【勇者】の戦いに興奮しているらしいスティーブは止まらない。


「【勇者】さまは幼いながらも既に頭角を現しておられるというのに……嘆かわしい。足手まといを率いて行くのはとても大変でしょう」

「…………不愉快です」

「え? えっと、……【勇者】さま?」


 これまで黙って聞いていたリュカの言葉に、スティーブの笑みが引き攣る。

 貴族相手に問題を起こすのも不味い、と止めようとリュカの方を見るが、いつも柔らかい笑みを浮かべているその顔からはすっかり表情が抜け落ち、そこに何の感情も窺えなくて思わず口篭った。


「僕の大切な仲間を悪く言うあなたとは、もう二度と話したくありません。もう会うことはないと思いますが」

「あ、の……?」

「私の教育不足だ。カイ殿、ヨハン、すまなかった。皆さんも気分を害してしまい申し訳ない。スティーブ、お前には失望したぞ。家督について今一度再考する必要があるな」


 それは、アルバンがスティーブを切り捨てた瞬間だった。

 この一瞬の間に長男と【勇者】の効果とを天秤にかけたのだろう。もしかしたら兄弟二人の関係をリュカが知っていると勘違いしたのかもしれない。

 突然の事態に皆が息を飲む音が聞こえた。


「父上!! それは――ッ!?」

「お前は部屋に戻っていなさい。スティーブ、これ以上私を失望させないでくれるな?」

「…………はい」


 小さな声で頷いたあと、従者に連れられて屋敷に戻って行くスティーブ。

 俯きながらも、その目は憎悪を乗せてしっかりとヨハンに向けられていて、気持ちが晴れたのと反面なんだか薄気味悪さを感じる結果となった。



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