第19話 昨夜はお楽しみでしたね
今朝は寝起きから大変だった。
起こしに来たジョゼフと同じタイミングで部屋に入って来たリュカが、一緒のベッドで眠る俺たちを見て何故かベッドにダイブしてきた。らしい。
寝るのが遅くて当然熟睡していた俺は、急に襲ってきた衝撃に驚いてガバリと身を起こした。
一瞬、ここが伯爵家だと忘れて、魔物の襲撃かと思った俺が向けた殺気に、布団に顔を埋めたリュカがくぐもった声で謝ったのが分かり、一気に脱力する。
「おまっ、……驚くだろ。普通に起こせよな」
「……うん」
俺たちのやり取りの横で、未だ穏やかな寝息を立て続けるヨハンをジョゼフが起こすのをぼうっと眺めていると、段々と頭が冴えてきた。
「そっか、昨日は……ふあぁ」
覚醒していく意識とは裏腹に眠気は抑えきれなくて、大きなあくびをした俺をリュカは目元だけ上げてジトっとした視線を向けてきた。
なんだか、水面から顔を出すワニかカバみたいで少し笑えた。
「……なんで兄ちゃんとヨハンさんが一緒に寝てるの?」
「んー……まあ、いろいろあってな」
ヨハンの家族のことを勝手に話すわけにもいかない俺は、リュカの質問を適当に流しながら服を着替えていく。
幻術にかかっていたヨハンのうわ言がリュカにも聞こえていたかは分からないし、弟には大人たちの感情関係なく貴族の館に泊まるという珍しい機会を楽しんでもらいたかったからだ。
洗面所で顔を洗って戻って来た頃には、ヨハンは目覚めていて、リュカも身を起こしてベッドで足をぶらぶらとさせていた。
一度部屋に戻って準備すると言うヨハンを見送って、ジョゼフに髪を整えてもらう。
その様子を後ろから興味津々に覗き込むリュカが鏡越しに見えて、口元が緩んだ。
早速あのイケメン従者に整えてもらったのか、あまり長さは変わっていないが品よく見える髪型になった弟に、身だしなみに興味を持つような歳になったのかとなんだか感慨深いものがある。
朝食まであまり時間もないため手早く整えてもらい、リュカと食堂に向かうと、ヨハンを除く全員が既に揃っていた。
この旅の間、貴族らしさなど忘れたかと思えたゲオルグがしっかりと貴族然としていて、少しだけ見直したのは秘密だ。
「……すみません。遅れました」
少しして、着替えたヨハンが食堂に入って来た。
時間がなかったはずなのに、いつも通りきちっと服を着こなしていて感心する。
けれど、スティーブはそうは取らなかったようだ。
「ヨハン。いくら寝不足とはいえ、お客様を待たせるとは感心しないな」
「はい。申し訳ございません」
「不肖な弟がすみません」と困った表情で頭を下げるスティーブ。
事情が分かっている俺からしたらムカつくことこの上ないが、ここで追及することは出来ない。
「昨夜は随分と楽しんだんだろうしな」
(……んん?)
楽しんだのはスティーブで、ヨハンは何も楽しくなかったはず。
それに昨夜のことは大っぴらにしたくないはずなのに、スティーブが自分でそれを仄めかす理由が分からなくて首を傾げる。
「ずっと歩き詰めでしたし、ヨハンさんも実家に帰って来て気が緩んだのでしょうね!」
変な空気になりかけたところで、アンジュがフォローの言葉をかけた。
結局スティーブの真意はよく分からないままだが、仲間内以外にはあまり自分から話したがらないアンジュが珍しく話したことで不思議に思い視線を向けると、彼女の目は置かれた料理を凝視していた。
(……うん。腹が減ってんだな)
「……そう、ですね。皆さまは【魔王】を倒す使命がありますから。……さ、全員揃ったことですし、頂くとしましょう。食べながら、是非旅の話をお聞かせください」
旅の話、とスティーブはアンジュとリュカに目配せするが、当のアンジュは料理に夢中で気付いていない。
一瞬眉を顰めたように見えたが、リュカが笑顔で頷いたことでそれも持ち直したようだ。
食事の間中、旅のあらましを聞いてくるスティーブ。これがあからさまにリュカにだけ問いかけるものだから、流石に顔が引き攣ってくる。
リュカは優しいから笑顔で付き合ってやっているが、問いかけられる度に手が止まり、あまり食事も進んでいない。
どうフォローしたものかと視線を彷徨わせていると、一足先に食べ終えたらしいゲオルグがバチンッと片目を伏せて合図を送ってきた。
「それでは【勇者】さまは――」
「ふっ、あー!! 美味い飯も食ったし、日が暮れる前にさっさと出発するか!」
それが何の合図だか分かる前に、ゲオルグは勢い良く立ち上がると、スティーブの言葉を遮って屈伸をし始めた。
何が起こったのか状況が飲み込めないスティーブのポカンと口を開けた顔が面白い。
「は? え、……いえ! もうすぐ父が到着するはずですので、それまでもう暫くお待ちください!」
「ええ? けどよ、なんつっても俺たち【魔王】討伐しなきゃなんねぇですし、あんまりゆっくりしてる暇ねぇんだわ」
「それは……そうですが……」
かなりゆっくりな旅をしてきた俺たちだが、そんなこと知らないスティーブは彼の言い分に口をまごつかせる。
ゲオルグは一瞬ヨハンに視線をやり、何も言われないことを確認すると、わざとらしく考え込む素振りを見せた。
「いつも飯のあとは訓練の時間に充ててんだが……、待てたとしてもそれが終わるまでくれぇかな。そのあと街へ出て食料なんかも調達しなくちゃなんねぇし」
「食料でしたら当家で準備致しますので!」
従者に指示を出すために慌ただしく部屋を出て行ったスティーブを後目に、ゲオルグは再び腰を下ろし深く息を吐いた。
「やっと静かになったぜ」
悪戯の成功を喜ぶような笑顔に、俺もグッと親指を立てておく。
成り行きで訓練しなくちゃいけなくなったが、やっと落ち着いて食べられるリュカのことを思えばなんてことはない。……いや、やはり食べてすぐの訓練は嫌だけれど。
「けどよ、つい言っちまったが本当によかったのか? バラック卿間に合わねぇとかないよな?」
「いいよ。どうせ、もう近くにおられるだろうし」
「はぁー、相手に待たせて自分を優位に、ってヤツな。貴族同士ならともかく、俺たち相手にやっても仕方ねえと思うけどなあ」
ヨハンの物言いに何か思い当たったらしいゲオルグが、うんざりと首を横に振った。
平民である俺からしたら、出来るだけ相手を待たせない方がいいと思うのだが、貴族には貴族のやり方があるらしい。
バラック家の従者は残るものの、次期当主のいなくなった食堂では肩の力を抜いた他愛ない話で盛り上がった。
デザートに出たパイの一欠片も余すことなく平らげたアンジュを待って俺たちが立ち上がったのと、玄関からやって来た従者が当主の帰りを報せたのは同時だった。




