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第16話 ただならぬ関係


 夕食はとても豪華だった。

 【勇者】や【聖女】をもてなすためとしては、やり過ぎではないかというほどに。

 最近は野営ばかりで大したものを食べていないから余計そう思うのかもしれないが……と、俺は膨れた腹を擦りながら重く息を吐いた。


「ちょっと。なに人の部屋で寛いでるのさ」


 そんな俺の態度が気に入らないのか、この部屋の主、ヨハンは顔を顰めた。

 革張りの光沢のあるソファに身を沈め、彼の従者が淹れたお茶を一口含んだ俺はニヤリと口端を持ち上げる。


「リュカと貴族ごっこするって約束したんだよ。ちょっとそれっぽい勉強しとこうかなって」

「はあ? なにそれ」


 呆れた顔で少し離れた位置にある一人がけのソファに座ると、サイドテーブルに置いてあった本を読み始めた。

 今は日も沈みカーテンが引かれてしまっているが、晴れた日なんかは気持ちのよさそうな窓際の席だ。

 間接照明に照らされたヨハンの顔がどことなく疲れて見えて、眉間に寄る皺を誤魔化すためにカップを口へと運んだ。


 異常なほど豪華な夕食後、やはりヨハンを呼び出そうとしていたスティーブを遮り、「貴族の部屋を見てみたい」という名目で彼の部屋を訪れたのだ。

 こう何度も会話を遮るのは良心が痛むが、その度ヨハンの目元が微かに緩んでいるため、俺の行為も無駄ではないのだと感じられた。

 例に漏れず部屋の隅に待機している従者の姿に落ち着かない気持ちになる。

 貴族としての生活なんて知らないし、いつも()()なのかは分からないが、彼らからの視線はまるで俺を監視しているかの如く一寸の隙もなく向けられている。


(まあ、貴族の坊ちゃんの部屋に平民が入り込んでんだから当然か)


 俺はリュカやアンジュのように大層なスキルを持っているわけでなく、ゲオルグのように立派な家柄でもない。ただの、平民だ。それこそ彼らが眉一つ動かせば存在自体が消える、ちっぽけな存在。

 平民であることに文句はないし、貴族になりたいだなんて更々思わないが、普段気安く話す彼らとの間の越えることの出来ない壁を再認識して俺は気付かぬ内に自嘲を零していたようだ。

 ヨハンが訝しげに「なに考えてるの」と聞いてきて、初めてそれを知った。


「ん、いやぁ、俺ってちっぽけだなって」

「は?」

「まあ、その話はいいんだって。それより明日お前の親父さ――えっとお父上? こっちに帰って来るんだったよな」


 先程の夕食の際、伯爵である彼らの父が明日には到着するとスティーブが報せていた。

 本来なら俺たちより先に領に戻っていたかったらしいが、色々予定が重なり王都からの出発が遅れたらしい。

 別に俺としては伯爵がいようがいるまいが関係ないが、彼らのヨハンに対する扱いを知っておきたかった。

 ヨハンは俺が話を逸らしたことに眉を潜めたが、俺の質問の意図に気付いたらしく、少し目を見開いて驚いていた。


「……そうだね。父上には最近あまりお会い出来てないから、久しぶりにお顔が見れると思うと嬉しいよ」

「そ、そうか。たくさん話せるといいな!」


 俺の問いに対して「嬉しい」ということは、彼の父はよくしてくれているのだろう。

 次期伯爵であるスティーブからの妨害だけでも危ない橋を渡っているのに、伯爵さまの邪魔なんてしたら速攻で首が飛んでしまう。

 ひとまずホッと胸を撫で下ろした俺を見て、ヨハンはやっぱり呆れたような顔をした。

 最近よく見るこの表情が何に対してなのかは分からず、俺は小さく肩を竦めた。


 

   ◇◇◇



「――カイ様、カイ様。起きてくださいませ」

「ん……――は、わっ!?」


 夜、いい香りのするふかふかのベッドで眠っていた俺を起こしたのはジョゼフだった。

 薄暗い中耳元で名前を呼ばれながら肩を叩かれたら、誰だって飛び起きるだろう。驚いた俺は痛いくらいに心臓が縮まって、多分寿命が五年くらい減った。

 指を自分の口元に当て、大声を出さないよう示すジョゼフにこくこくと頷いてみせる。


「ど、どうしたんです。こんな夜中に」

「坊っちゃまがスティーブ様のお部屋に連れて行かれました」


 ヨハンが、連れて行かれた。

 覚醒しきれていない頭で言われた言葉を繰り返す俺に、ジョゼフが神妙な顔で頷く。


「使用人の私共ではスティーブ様をお止め出来ません。厚かましいのは承知ですが、何卒、坊っちゃまをお助け願えませんでしょうか」

「……分かり、ました。出来るだけやってみます」


 ここまで来たら乗り掛かった船だ。

 ジョゼフに部屋の場所を教わった俺は寝間着の上にガウンを羽織り、『時の箱庭』を持つと部屋をあとにした。


「なっ!? カイ様、こんな夜更けに何故こちらへ」


 スティーブの部屋の前に立つ見張り役の従者が警戒の声を上げた。ジョゼフに責が及ばないよう部屋で待たせているから今は俺一人だ。

 こちらを睨むように見つめる瞳はジョゼフのような温かみはなく、背筋に寒いものが走る。


「いやぁ、寝る前に部屋に来るようにヨハンと約束してたんですよ。遅いなって思って部屋に行ってみたんですが、こちらに来ているとお聞きしまして」

「……このような時間に約束ですか。失礼ですが、お二人のご関係は」

「か、関係?」


 思いもよらぬ質問に一瞬思考が停止する。

 時間が時間だ。【勇者】パーティのメンバーです、ただのダチですと答えるだけではインパクトが足りないだろう。

 言葉を途切れさせた俺に、見張り役が鋭い視線を向けている。ま、まずい、早く答えなければ――


「た、ただならぬ関係、ですかね」

「は? ……えっと、それは」

「ははは……詳しく聞くのは野暮ってもんですよ」


 前に冒険者ギルドの先輩がそう言って誤魔化していたのを思い出し、咄嗟に真似をして言ってみたのだが、見張り役は微妙な表情でこちらを窺っている。

 まずい、失敗したかもと更に言い募ろうと口を開いた瞬間、堅く閉じられていた彼の後ろのドアが開いた。


「ヨハン!」

「うるさいよ。何時だと思ってるの」


 何事もなかったかのように平然と俺を窘めるヨハンに、俺はホッと息を吐き、慌ててすぐに吸い込む。

 閉じていくドアの向こうにこちらを忌々しげに見つめるスティーブの姿を捉え、不自然にならないように視線を逸らした。

 気付かれてはいけない。俺は今、ヨハンに用があって迎えに来ただけなのだから。

 これだけ邪魔しておいて気付かれないわけがないのだが、このときの頭の中はそれだけでいっぱいだった。


 胡乱げな視線を送ってくる見張り役から逃げるように、急ぎ足で俺に宛てがわれた部屋に向かう。

 今になって膝ががくがく震えて歩きにくくて、部屋に入って心配そうなジョゼフの顔を見たらその場にしゃがみこんでしまった。


「っ、はあ〜っ……マジ怖かった。殺されるかと思ったわ」

「……殺されるわけないじゃん。今は【勇者】パーティとして屋敷にいるんだから」


 ジョゼフが飲み物を用意すると言って部屋を出ていくのを確認して、ヨハンはそう冷静に返してきた。


(ああそうだ、ヨハンにジョゼフさんは味方だってこと言わないと)


 みんな敵だと思っているヨハンに、彼が助けを求めてきたことを説明していると、湯気の出るカップを乗せたトレーを押してジョゼフが戻って来た。


「蜂蜜入りミルクでございます。……それと、坊っちゃまにはこちらも」

「……ポーション? え、お前まさか……!?」

「――ちょっ、なに……っ!?」


 カップの横にあった布を退け、ジョゼフが取り出したのは回復ポーションで。俺は向かい側に座るヨハンに飛び付くようにして嫌がる彼から服を剥ぎ取った。

 服の下から現れた白い素肌には、赤い蚯蚓(ミミズ)脹れが無数にあり、鞭か何かで打たれたのだと分かる。

 その中に随分昔に付けられたような痕も見てとれて、掴んでいた腕に思わず力がこもった。


「っ、……もう、いいでしょ」


 俺の視線から逃れるように顔を背けて、剥ぎ取られた服に手を伸ばすヨハンを気付けば掻き抱いていた。


「いいわけないだろっ!? バカじゃないのか! こんな、こんな痛めつけられて……っ」


(全然、間に合っていなかった……!)

 

 助けられたと思っていたのに、全然助けられていなかった。自分の不甲斐なさに目頭が熱くなる。

 ぐっと唇を噛み締めて堪えていると、ヨハンの肩が小さく震えているのに気付き、彼を抱く腕に更に力を込めた。


「遅くなってごめん。護れなくて、ごめん」

「……っ、……ば、かじゃないの……あんたが謝る必要なんて、ないのに」


 プライドの高いヨハンが泣いていることに気を使ったのか、ジョゼフがミルクを温め直しに出て行ってくれた。

 思わず抱き締めてしまったが、その間も目に入る痛々しい傷跡に早くポーションを飲ませようと思い、泣き止んだ頃合を見て身体を離した。


「ほら」

「……ん」


 手渡したポーションを一気に呷るヨハン。俺はその身体から赤みが段々と消えていくのを確認した。


「痛みは?」

「……大丈夫。なくなったよ」


 どこか照れくさそうな彼のその返事を聞いて、俺はやっと安堵の息を吐いた。

 薄らと古傷は残っているが、真新しい傷は全て消えている。


「昔は勝手に買えなかったから」


 俺が古傷を見ているのに気付いたヨハンが、そう説明する。家の金でポーションを買ったと知れたらまた折檻されるため、魔導師として働き出すまではひたすら我慢するしかなかったのだと。

 その言葉は淡々としたものだったが、幼いヨハンが置かれていた境遇に胸糞悪い気持ちになる。


「親は知ってんのか?」

「多分ね。だけど父上はお忙しいし、母上は……あまり子供に興味がない人だから」

「興味ないって……なんだよそれ」


 貴族のことはよく分からないが、親子として、それがおかしいことだとは俺にも分かる。

 憤る俺に、ヨハンは困ったように苦笑した。

 ちょうどジョゼフが戻って来たことでそれ以上追及出来なかったが、優しい甘さのミルクを飲んでもその気持ちが晴れることはなかった。


「……そういえばさ」


 ベッドに二人で入り目を閉じていると、ヨハンがそう切り出してきた。

 何故こんな状態になっているかと言うと、まあ用心のためだ。流石にスティーブがまた仕掛けてくることはないと思いたいが、またあんな思いをするくらいなら、と。

 最初こそ片方ソファにとヨハンは言い張っていたが、前に(記憶はないが)一緒に寝ていたこともあるし、ここのベッドは広くて二人寝ても余裕があるということで一緒に寝ることになったのだ。

 目を開いてそちらを見ると、きっちり肩まで布団を被った彼が顔だけでこちらを見つめていた。


「なんだよ」

「ただならぬ関係って、なに」

「は? ああ! あの見張り役に言ったやつか。いやさ、夜中だしただのパーティメンバーとか言っても信憑性ないかなって。ダチだっつってもインパクト足んねぇし、そしたら、ほら、アレだよ」

「はあ? はっきり言ってよ」

「…………マ、マブダチ、っつーの? あ゛ーマジ恥ずいわ。この歳になってマブダチとか」


 決まり悪くて視線を泳がせていると、ふっと噴き出す音が聞こえてきた。


「た、確かにインパクトは充分だったね……っ」

「…………だろぉ?」


 珍しく肩を震わせて笑うヨハンに呆気にとられた。

 笑わせるつもりで言ったわけじゃなかったから、こんなに笑われるとなんだか釈然としないものを感じるが、これだけ笑ってくれるならそれも悪い気がしないでもなかった。




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