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第15話 バラック伯爵領


 リュカの決意を聞いた俺たちは弛んでいた気持ちを引き締め、勢力的に魔物を狩っていった。

 屍食鬼王ほど苦戦する相手にはあれから会っていないが、それを補うほどの数を倒し、そのかいあってリュカは――いやリュカだけでなく俺たち全員の戦闘力はめきめきと上昇してきたと思う。


「んあ、そういえばもうすぐお前んとこの領に入んじゃね?」


 倒したばかりの魔物の素材を【鑑定】していた俺の耳に、ゲオルグの声が届いた。

 話しかけられた側らしいヨハンは『時の箱庭』から出した水を飲みながら、「そうだね」となんてことないように返している。


 前にリュカがヨハンはバラック伯爵家の次男だと言っていた。

 次男ということは上に一人兄がいるということで――


(多分、ヨハンはその兄と確執がある)


 屍食鬼王の幻術で苦しむヨハンが繰り返していたうわ言から察して、彼との過去に何かしら問題があったのは確実だろう。何の含みもないゲオルグの言葉ぶりから、貴族間でも知られている話というわけではなさそうだ。

 ひとまず様子見をすることにして、俺は『時の箱庭』へ素材を収納しながら彼らの会話に耳を澄ませることにした。



   ◇◇◇



「ようこそいらっしゃいました。バラック伯爵家は【勇者】様、【聖女】様方を歓迎いたします」


 クリーム色の石材で出来た洋館の前で、大量の使用人を従え俺たちを歓迎するヨハンの兄、スティーブ・バラック。一見、彼の表情はにこやかで穏和なものであったが、柔らかく細められた瞳の奥は底冷えするような冷たい色を湛えている。

 俺たちを先導して屋敷を案内するスティーブについて行きながら、横を歩くヨハンの顔を盗み見た。普段通りを装うその口元にぐっと力が入っているのを見て、俺はどうしたものかと小さく息を吐いた。



 数日前、バラック伯爵領を通ることに気付いたゲオルグが、せっかく領地を通るのに挨拶に寄らなくていいのかとヨハンに問いかけていた。【勇者】や【聖女】を屋敷に招いたとなれば家に拍が付き、社交的にも経済的にも貢献出来るのではではないかと心配していたのだ。

 実際ゲオルグも自領に寄れる機会があれば寄るようにと父である侯爵に言付かっていたし、言わないだけでアンジュだって似たようなものだ。むしろ【聖女】を養子にしたブレンターノ男爵の方が権力志向が強く、出発する際に言われた量は彼女の方が多いほどだそうだ。

 心配そうに見やるアンジュやゲオルグに対し、ヨハンは「必要ない」と一蹴した。

 二人は腑に落ちない様子ではあったが、本人が言うならとそれを了承し、最短距離で領地を突っ切ることになった、のだが――

 本来の予定通り、昼過ぎにバラック領の端に位置する村に到着した俺たちを待ち構えるように場所取るバラック家の家紋入りの馬車を見て、俺たちは逃げられないことを悟った。


「皆さま、お疲れでしょう。夕食をご用意いたしますのでそれまで身体をお休めください」


 案内された個室にはそれぞれ従者が付いていた。自分の部屋に泊まるらしいヨハンは分からないが、【勇者】リュカ・【聖女】アンジュ・侯爵家三男であるゲオルグには五人ずつ、……俺には一人だけなんだが。なにこれあからさますぎじゃね? めっちゃ舐められてね? ほらみんな不審そうに見てるし。まあ、いただけマシか。

 俺を担当するらしいおじいちゃん従者に挨拶し、部屋に入る際ヨハンへちらりと目をやると、ちょうどスティーブが何かを言おうとしているところだった。

 なんだかその姿が痛みを耐える小さな子供のように見えて、見過ごすことは出来なかった。


「ヨハン! ちょっと聞きたいことがあるんだが、今いいか?」


 スティーブが口を開く前に声を上げる。

 ヨハンは俺とスティーブの間で戸惑うように視線を彷徨わせたあと、ゆっくりと歩み寄って来た。

 話を遮られたスティーブが一瞬こちらへ鋭い視線を向けたのが分かったが、すぐに踵を返し去って行った。


「なに、聞きたいことって」


 ソファに座って早々問いかけてきたヨハンに、困り果てる。

 咄嗟に聞きたいことがあると言ってしまったが、内容を何も考えてなかった。


「あー……ほら、ずっと歩き詰めだっただろ。体調は大丈夫かなって」

「平気。歩き詰めなのももう慣れたし」

「だな。……えっと、ゆ、夕食! 何なんだろうなー!?」

「さあ。僕が知ってるわけないじゃん」

「デスヨネー」


 部屋の隅におじいちゃん従者がいる手前、込み入った話は出来ない。

 人の良さそうな笑顔を浮かべる彼を疑いたくはないが、スティーブに告げ口する可能性だってある。むしろこの屋敷の者は全て敵だと考えてた方が調度いいだろう。ヨハンもそれが分かっているようで、何も言わずに俺の「聞きたいこと」を待っていた。

 もっと有用な話が出来たらよかったが、俺の頭では無理だ。愚にもつかない話を十分程繰り返したところでヨハンは自室へと帰って行った。

 とりあえず、あのときスティーブから引き離すことが出来たのだから、ミッションは成功した、はずだ。


「はぁ〜……」


 ソファに身体を沈め、ぐったりとする俺におじいちゃん従者が「入浴の準備が出来てますよ」と勧めてくれた。

 浴室連れられて行くと、湯船に浮いた薔薇の花弁から甘い香りが満ちていた。

 断っても諦めてくれなかったおじいちゃん従者に背中を流してもらい、湯船にゆったり浸かる。

 宿屋でも出来るだけ風呂の付いた部屋をとるようにしているが流石伯爵家。【鑑定】するまでもなく分かる高級な石鹸により、野営で鍛えられた肌が生き返ったみたいだ。

 ついでに伸びた髪も切ってくれると言うので任せてみたのだが、そのあと鏡に写った俺には生まれて初めての「気品」があった。伯爵家の従者スゲェ。


「とてもお似合いですよ。カイ様は髪の色が明るくてらっしゃいますので、このように少し手を加えてみてもよいかもしれません」

「お、おお! なんか頭がよく見える気がするっ」


 おじいちゃん従者――ジョゼフがいい香りのする油を付けた手でサッと髪を撫で上げると、五割増で知的な印象になった。

 すげぇすげぇと騒ぐ俺に向けるジョゼフの視線が生暖かいものに気付き、いたたまれなくなった俺は口を噤む。

 けれど、きゅっとした表情の俺もかっこよく見えて、すぐに口元がニヤけた。


「カイ様はリュカ様のお兄様なのですよね」

「え、はい。可愛くて賢い自慢の弟です」

「ふふ、とても仲のよいご兄弟なのですね」

「……はい。もちろん」


 暗にヨハンたちのことを指しているのかとも勘ぐるが、ジョゼフの瞳に剣呑な色は見られず素直に頷いておく。


「……ヨハン坊っちゃまがあれほど穏やかな表情をされているのは久しぶりに見ました」

「え」

「カイ様のことを――いえ、皆さまを信頼されてらっしゃるのでしょう」

「はあ」


(穏やかというより、呆れた表情だったと思うんだが……)


 なんだか感激しているらしいジョゼフに指摘するのもはばかられ、曖昧に微笑んでおく。

 それから取り留めのない会話を楽しんでいると、夕食が出来たとの報せが来た。

 案内してくれると言うジョゼフについて部屋から出ると、待っていてくれたらしいリュカが俺の姿を見て驚いていた。


「に、兄ちゃん凄く似合ってるよ! びっくりしちゃった」

「へへっ、だろぉ?」


 凄い、かっこいい、と瞳を輝かせて褒めてくるリュカに俺も満更じゃない。

 そんなリュカの態度が余程羨ましそうに見えたのか、リュカと一緒に待っていたイケメン従者がにっこりと微笑む。


「リュカ様、よろしければあとで私が御髪を整えましょうか」

「え……僕の?」

「はい」

「……僕は兄ちゃんに切ってもらうからいいや」


 急にトーンダウンしてしまったリュカに、イケメンが何事かと戸惑う。

 【勇者】や【聖女】に取り入ろうと思っているのか、リュカとアンジュの従者は美男美女で固められていて、面白くなかった俺としてはイケメンが慌てる様を見るのは胸が空く思いだったが、泊めてもらっている恩もあることだしそろそろ助け舟を出してやることにする。


「せっかくだし、切ってもらえばいいんじゃないか。流石伯爵家って感じでジョゼフさん上手かったし、どんな髪型が似合うのか分かれば次切るときの参考にも出来るしな」

「んー……兄ちゃんがそう言うなら、僕もお願いしようかな」

「おう。かっこよくなって二人で貴族ごっこしようぜ」

「うん、楽しみ!」


 今までずっと俺がリュカの髪を切っていたから、他人に切られる不安があったのだろう。

 俺が先に切ってもらっていたのもあって、促すとすんなり頷いてくれた。

 すっかり上機嫌になったリュカと話しながら従者二人のあとに続き、ダイニングルームへと向かう。

 呆気にとられたようなリュカの従者とジョゼフの生暖かい視線が気になったが、薮蛇をつつくことになりそうだから追及するのはやめた。



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