第14話 【勇者】の自覚
翌日昼頃に目が覚めた俺とリュカは、遅めの朝食のために宿屋の一階に併設されている食事処へ行くと、既にみんな集まっていたらしく咎めるような視線を向けられた。
何か約束していたかと考えるが、特に思い当たることもなく首を傾げる。
「遅ぇぞカイ! 俺なんか何時間も寝てねぇっつーのに」
「はあ? ヨハンに言われるならまだしも、お前は楽しく飲んでたんだから自業自得だろ。てか何か約束してたっけ? 全く思い当たる節がないんだけど」
ウェイターに料理を注文して彼らに近寄って行くと、寝不足で不機嫌なゲオルグが突っかかってきた。
言い返しがてら聞いてみるが、返ってきたのはやっぱり何の約束もしていないという答えだった。
「ちょうど皆さん食事に出て来たので、今後について話し合おうということになりお二人をお待ちしていたのです」
「なんだ、そういうことか。寝坊したのかと思って焦ったわ。みんなはもう食ったのか?」
「私は食べました。ゲオルグ様はいらないらしいので、今ヨハン様の分を待っているところです」
そう言っている間にヨハンの頼んだらしい料理が運ばれてきた。
果物と野菜がメインの軽めのメニューで、それだけで足りるのかと心配になる。俺なんか朝からガッツリ肉料理。リュカでさえ量は少ないけれど肉を注文したのだ。
俺の視線に気付いたヨハンが「昨日遅かったから胃がもたれていてね」と説明した。
「つーかさぁ、カイ。お前昨日の子どうよ」
「どうって?」
「だーかーらぁ、アタックすんのかって話よ。昨日聞いたんだが、あの子たちもこの宿に泊まってるらしいぜ」
「へえ……」
俺の反応に納得いかなかったのか、ぐいっと俺の方に顔を寄せてきたゲオルグ。息が酒臭い。俺の隣に座るリュカにもそれが届いたらしく、さりげなく反対側を向いていた。
「俺のとこにいた子とお前んとこの子はパーティ組んでんだろ? そしたら俺とお前が組みゃあ一緒に行動出来んじゃねーか」
「は、はあ? いやいやアタックすんなら一人でしろよ。なんでお前とダブルデートみたいなことを……」
「はっ、じゃあお前の方にも協力してやんねえ」
「――あら、【勇者】様方。おはようございます」
俺が申し出を断ったことで拗ねたゲオルグだが、ちょうど話題の人物が現れたことでテンションが再浮上した。
「アネッサ!」と彼女たちを迎え入れるゲオルグに、ヨハンが白い目を向けている。というか俺が率先して向けている。誰だ、出発前に【勇者】にあやかるのどうの説教たれていたのは。思い出せ。
「カイ様、おはようございます」
「……ああ、おはようございます。昨夜はありがとうございました」
俺の前まで来てにっこりと微笑むマリナはやっぱり綺麗で、ゲオルグに向けていた視線を緩めて挨拶を返す。
「こちらの席、座っても大丈夫ですか?」
俺の隣の席を指して首をこてんと傾げる彼女に、一瞬どうしようかと悩む。
これからのことを話し合うと言っていたから、勝手なことは出来ないと思ったからだ。
けれどすぐに「どうぞ」と前に座るヨハンから声がかかったことでほっと息を吐いた。ちなみにその動作が堂に入っていて、流石貴族と感心したのは秘密だ。
マリナが座ってすぐに俺とリュカの料理が運ばれてきたため、断りを入れて食べ始める。
「私たちは今日出発する予定ですが、皆さんはもう少しこの村に?」
「あと一泊して発つ予定です。それにしても、昨日着いたばかりと言ってましたのに随分急ですね」
「ええ。……何分、依頼者がせっかちな方なので」
「ああ、それはお気の毒な……」
依頼者のことを思い出したのか苦笑するマリナに、俺は同情の声をかけた。
俺も冒険者だったから分かるが、依頼については受けてみてしか分からない部分も多い。
間に入るギルドが一応はおかしなことはないか調べてくれているみたいだが、無期限だと言っていた依頼が実は期限があったり、採取してきた薬草の種類が違うとケチを付けて依頼料を渋ったりとした諍いが結構な頻度で起こる。
依頼内容が違うと突っ撥ねることも出来るが、その日の報酬はゼロになる。だからある程度生活にゆとりのある者以外は、成果なしに終わるよりはと理不尽さを飲むことになるのだ。
俺は【鑑定】があったから品質等については抗議出来たが、期限については何度も苦しめられたものだ。
きっと彼女たちもその系統の依頼を受けてしまったのだろう。
どこの冒険者も依頼者に苦労させられるものだとしみじみと感じた。
「一日くらい遅れてもどうってことないだろ。それより俺たちと一緒の方が安心だぜ」
と彼女を諦めきれないゲオルグがアネッサに告げるが、アネッサも苦笑しながら首を横に振った。
「大きな声では言えませんが、とある領主さまからの依頼なんです。魔物の調査で、危険があるようなら早めに手を打ちたいからと」
「それじゃ尚更――」
「調査自体はもう終わって、あとは報告に戻るだけなので」
だから危ないことはないときっぱりと断ったアネッサに、ゲオルグも閉口するしかない。
魔物の調査と聞いた俺は「もしや」と首を傾げる。
「もしかして、屍食鬼の調査だったんですか? だからこの村に」
「え、……ええ。実はそうなんです」
「でしたらもう安心ですね! もう屍食鬼はいませんし」
アンジュが明るくそう言うと、マリナもアネッサもそれを肯定するように柔らかく微笑んだ。
「では、私たちはもう行きますね。依頼主も早く聞きたいでしょうから」
そう言って二人は宿屋から出て行った。
最後までゲオルグは引き止めたかったみたいだが、「またお会い出来るのを楽しみにしています」と振られ、肩を落としている。
「えっと……そう! こ、今後の話をしましょう!」
気を利かせた優しいアンジュの言葉に、俺たちは二つ返事で賛同した。
空いた皿をウェイターに片付けてもらい、テーブルの上にヨハンが地図を広げる。
正直ゲオルグの恋についてはどうでもいいし、明日の出発に向けての用意もある。うじうじするゲオルグに気を使う時間はないのだ。
「今が……ここか。次の村までどれくらいだ?」
「馬車だと半日、歩きなら大体二日くらいかな」
「半日か。結構近いな」
あとで乗合馬車の時間を確認しておこう、と話す俺とヨハン。横で「半日ですって。もしかしたらまた会えるかもしれませんよっ」とアンジュがゲオルグを慰める声が聞こえる。
そのあとの道順や購入しておく物等話し合い、大分話が纏まってきた頃、じっと地図を見つめていたリュカが口を開いた。
「出来るだけ……歩いて行ったらダメですか?」
地図から顔を上げたリュカの瞳はどこか真剣な色を湛えていて、弟の珍しい様子に俺は息を呑んだ。
「それはなんで?」
「……屍食鬼王相手に、僕は庇われてるだけでした。本当は【勇者】の僕が倒さなきゃいけないのに。僕は…………このままだと【魔王】には勝てないと思う。もっともっと魔物と闘って、強くならなきゃ。護られるんじゃなくて、僕が護れるように」
「リュカ……」
屍食鬼王との闘いでリュカが後方にいたのは俺が指示したからだ。その判断が弟をこんなに追い詰めるとは思っていなかった。
いきなり【勇者】に選ばれて、お前はしっかり頑張っている。そう言って励ましたくなる心をぐっと押し殺す。
リュカは【勇者】として世界を救うために何をすべきか考え、今発言している。その気持ちを否定することだけはしてはいけないと、そう思った。
「皆さんもたくさん歩かせることになってしまうので、そこは申し訳ないんですが……あっ、でも流石に四日とか五日とか、長期間の移動のときには馬車を利用したいです、けど」
ダメですか、と眉を下げるリュカ。
剣を振るうようになって少し固くなってきた小さな拳が膝の上でぎゅっと握り締められていて、俺は慈しむようにそっと手を重ねた。
「もちろん、俺はお前について行くよ」
「兄ちゃん……」
「わ、私もっ! たくさん魔物を倒します!」
「僕も異論はないよ。どれだけ強くなっても困ることはないしね」
「ああ。反対するわけがねぇだろ。むしろよく言った!」
ヨハンの言葉に賛同したゲオルグがガシガシとリュカの頭を撫でる。
リュカは恥ずかしそうに俯いていたけれど、その口元は微かに緩んでいた。




