第13話 若いっていいな
宣言通り泥のように眠った俺が目覚めたのは、もう日が傾き月が昇ろうとしていた頃だった。
アンジュに《回復魔法》をかけてもらっていたとはいえ疲労は取れず、思ったより長時間眠ってしまっていたようだ。くあ、と大口を開けて欠伸をした俺は隣のベッドに弟の姿がないのに気付いた。
寝惚けた瞳で部屋を見回していると、洗面所へ続く奥の扉が静かに開き、そこから髪の濡れたリュカがひょっこりと顔を出した。
「兄ちゃん! ごめん、起こしちゃった? 熟睡してたみたいだからもう少し寝かせてあげたかったんだけど」
「ん……いや、大丈夫だ。お前こそ、身体は大丈夫か?」
「うん! しっかり寝れたからもう大丈夫。ベッドで寝たからかな。いつもより身体が軽いくらいだよ」
にっこりと輝かんばかりの笑顔で答えるリュカ。
未だ疲れの取れない俺とは大違いだ。若いっていいな。
「兄ちゃんもお風呂入っておいでよ。さっぱりするよ。もし遣いの人が来たら少し待ってもらえるようにお願いしとくから」
「あー……そんじゃ、そうしよっかな」
一応寝る前も風呂に入るには入ったのだが、それも必要最低限。汚れを落とすために湯を浴びただけだったから、あまりゆっくりは出来ないがこの際入っておくのもいいかもしれない。
用心のため、仲間以外の人が来てもドアを開けないようにリュカに言って聞かせると、俺は着替えを持って浴室へと向かった。
村長の遣いを名乗る人が現れたのはちょうど俺の髪が乾いた頃で、既に準備が出来ていたらしい他の仲間と合流し、宴の会場となる村の中心に位置する広場へと訪れた。
広場では噴水を囲むように料理を置いたテーブルが並べられていて、昨日の昼から何も食べていない俺たちはごくりと喉を鳴らした。
「【勇者】様方! お待ちしておりました!」
俺たちに気付いた村長の声で、忙しそうにしていた周りの人たちが動きを止め、一斉にこちらを振り返った。
村の人たちは皆一様に顔を喜びに染めていて、なんだかむず痒い気持ちになる。
「さあ、こちらへ。ほら、【勇者】様方にお飲み物を」
地面に敷かれた高級そうな布の上に座らされた俺たちに、村人がせっせと酒や果物のジュースを渡してくる。
中心は【勇者】であるリュカに、その左側に【聖女】アンジュ。リュカが離れたがらなかったためリュカの右側には俺が座ることになった。
仲の悪いゲオルグとヨハンの二人が左右の端を固めているのだが、図らずも貴族の彼らより上座に座ることになってしまい、心の中で謝っておいた。
気付けば村の人たちもそれぞれグラスを持っていて、それを確認した村長が鷹揚に頷いた。
「既に知っている者が多いと思うが、東の墓地に巣食っていた屍食鬼が【勇者】様方によって討ち滅ぼされた。我々を苦しめるものはもういない!」
オオォォオオ!! と割れんばかりの歓声が上がる。小さい村なのにこの大歓声。余程屍食鬼に苦しめられてきたのだろう。
村長は更に声を張り上げ続ける。
「よって! 彼らに感謝の意を伝えるべく、この場を用意した。【勇者】様方に敬意を!」
村長がグラスを掲げると、村人たちもそれに倣い、高く掲げた。
宴が始まった途端、あちこちから賑やかな声が聞こえてきた。噴水の周りには料理を求めて人がごった返している。腹ぺこな俺も料理を取りに席を立とうとするが、俺たちの分の料理は別にあるらしくこの場に持って来てくれると聞いて大人しく待った。
俺たちの催促する気持ちが全面に出ていたからか、綺麗な服を着た女の人たちがすぐに料理を手にこちらへやって来た。
手渡された料理はとても美味しくて、夢中で口に運ぶ。
端に座るゲオルグやヨハンなんかは村人たちにあれこれ話しかけられているみたいだが、その反応も極端で笑えた。
「お口に合いましたでしょうか」
充分に、いや充分以上に腹が膨れ、逆に苦しくなってきた頃、俺の空いた皿を下げに来た女性に声をかけられた。
料理に向けていた視線を上げて見てみると、ぱっちりとした鳶色の瞳と目が合った。他の村人たちのように日に焼けた色ではなく、陶器のように真っ白な肌が印象的な美人だ。
「あ……はい。とても美味しくて食べ過ぎてしまったくらいです」
「ふふ、そう言っていただけるとお作りしたかいがありましたわ」
「ではこの料理はあなたが?」
「はい。正確には私たちが、ですが」
くすくすと笑って空いたグラスに酒を注いでいく女性の所作はどこか洗練されていて、気付けばその動きを追っていた。瞳と同じ色の髪がさらりと揺れて、思わず見とれる。
「あなたは……村長の娘なんですか?」
「いえ、仲間と旅をしていて、今日この村に辿り着いたばかりなんです。そしたら宴を開くと聞いて、何かお手伝いをと」
「娘さんはあの子です」と指し示したのは、アンジュと楽しげに話している女性だった。
気付けば、他の仲間の元にも話し相手――というより接待役の女性が付いていた。ゲオルグなんてあからさまに鼻の下が伸びていてこっちが恥ずかしくなる。
「ここら辺は随分魔物も多いですが、護衛か何かを雇っているのですか?」
「私こう見えて、冒険者なんです。あの端っこの、剣士様のお相手をしている娘となのですが、私たち、結構出来ますのよ?」
「へえ……」
彼女はそう言って悪戯な笑みを浮かべてみせた。
彼女の細腕では剣は振れないだろうから、きっと魔導師なのだろう。
マリナと名乗る彼女に酌をしてもらいながら楽しく飲んでいると、左横から控えめに服を引っ張られた。
「兄ちゃん……眠い……」
「ん、ああ、そうだな。……もうこんな時間か」
気付けば月が真上に昇っていて、随分時間が経っていたことが分かる。時間にして日付を越える頃くらいだろうか。
村人たちも疎らにこそなってきているが、酒好きが残っているらしくまだお開きになる気配はない。
こてんと俺の肩に頭を乗せ、寄りかかるリュカを支えてやる。
「アンジュも連れて行ってあげてよ。あの馬鹿は僕が見とくから」
俺とリュカのやり取りが聞こえたらしいヨハンが、ゲオルグに鋭い視線を向けて言った。
接待役の女性の相手をしてはいるが瞳の奥は冷めきっていて、あまり楽しんでないようにも思えるが、問題児一人残しておくのはまずいと考えたのだろう。
ありがたい申し出だが、ヨハンこそ一番体力を消耗していたし、早く休むべきだと思う。
「……お前も疲れてるだろ。俺が残るよ」
「それじゃ君の弟が納得しないでしょ。僕のことはいいから早く行きなよ」
虫でも追い払うような仕草をするヨハンに苦笑を浮かべながら、ありがたく席を立たせてもらう。
アンジュにも退席するよう声をかけると、彼女も眠かったのか若干ほっとした表情を浮かべた。
「では、俺たちは宿に戻りますね。料理、美味しかったです。ご馳走様でした」
マリナや他の女性たちに挨拶をして、宿に向かって行く。
途中、村長にも声をかけようと思い探してみたが見つからず心苦しく思ったが、何かあれば二人(主にヨハン)が説明してくれるだろうと思い直した。
「アンジュ、ちゃんと《結界》張って寝るんだぞ。あと誰が来ても扉は開けないこと。ゲオルグだってダメだからな。あいつべろんべろんに酔ってたし」
「はい、分かりました。カイさんこそ、お綺麗な方が来ても開けちゃダメですよ?」
「なっ……お前なあ」
「ふふっ、冗談です。では、カイさん、リュカくん、おやすみなさい。いい夢を」
タチの悪い冗談を言い残して部屋に入って行ったアンジュを見送り、俺とリュカも部屋に戻った。
「お綺麗な方」と聞いて、脳裏に先程まで話していたマリナの姿が浮かんだが、何を考えているんだとすぐにそれをかき消した。
「……兄ちゃん、一緒にお風呂入ろっ」
「ん? おーいいぞ」
歩いている間に眠気が覚めたのか、先程より目がぱっちり開いたリュカが俺の腕を引っ張って浴室へと連れて行く。
村にいたときはよく村唯一の風呂に一緒に入っていたことを思い出して、酒の入っている俺は少しうるっときた。




