第12話 お互い様
「終わっ、た……」
頭と身体の離れた屍食鬼王の姿にやっと実感が湧いた俺は、万感の思いでその場にへたり込んだ。
ゲオルグがアンジュの安否を確かめるのを横目に、今更震え出した右腕を見つめる。
長年生き干からびた身体故か、普通の魔物を切ったときよりも軽い感覚が今もそこに残っている。
「兄ちゃんっ!」
リュカに呼ばれて振り返ると、心配そうな面持ちで走り寄って来るリュカと、その後方に壁に手を付きながらこちらへゆっくり歩を進めるヨハンの姿が見えた。
顔色こそまだ悪いが、藍色がかった黒の瞳はしっかりとこちらを捉えていて、もう幻覚の影響はなさそうだった。
「リュカ、大丈夫か?」
「ぼ、僕は全然……兄ちゃんこそこんなに怪我して……っ!」
「いてっ! お、おい落ち着けって。ちゃんと無事だから、なっ!?」
駆け寄って来たリュカを抱き止めると、俺の傷に驚いたリュカが驚いた声を上げた。
リュカはそのまま大きく見開かれた瞳から大粒の涙を流すと、俺の背に回した腕に力を込めた。正直あちこちの傷が痛むが、堰を切ったように泣き叫ぶ弟を安心させるためならばこれくらい我慢出来る。……かなり痛いが。
「あのぅ、みなさん。……助けていただきありがとうございましたっ!」
目が覚めたらリュカが号泣していたという状況に、気まずげな表情を浮かべたアンジュが俺たちに頭を下げた。
「もう大丈夫なのか? アンジュも幻覚とか見せられてたんじゃないのか?」
「い、いえ私は……その、そういうのではなくて、ですね……」
「うん?」
言い難そうに言葉を濁すアンジュ。
けれど迷惑かけたことを申し訳なく思っているのか、しばらくの逡巡ののち、再び勢いよく頭を下げた。
「すみませんっ!! どうしても、衛生的に耐えられなくてっ! あの汚らしい手で触れられたかと思うと――! 今すぐ消毒液に全身浸かりたいくらいです!!」
「お、おう。そうか……」
(確かにヤバそうだもんな、うん……)
幻術に苦しめられてなかったのは何よりだが、意外にも繊細な理由に遠い目になったのは仕方ないだろう。
ちなみに俺なんか屍食鬼の攻撃で傷とか出来ちまってるんだが、これって何か感染したりしないよな? ゾンビ化したりなんてしないよな!?
アンジュは急に焦り始めた俺を不思議そうに見つめていたが、その身体が傷だらけだと分かるとすぐに《回復魔法》をかけてくれた。
「サンキュ。……楽になったわ」
「いえ…………もしかしてですが、その傷は――」
「いっいやいや! アレだよ、アイツの魔法でちょっとさ! ははは……」
「そうですか」
胡乱げな瞳で見つめてきたアンジュを苦しい言い訳で躱す。
屍食鬼に触れられて出来た傷だと知ったら絶対病原菌扱いされていた流れだろ、これ。
アンジュはその場面を見ていなかったため、疑いながらも追及することは諦めたみたいでゲオルグの傷を治し始めた。
「じゃ、宿に戻るよ。いい加減疲れたし」
「そうだなー。流石にもうくったくただわ。もう敵はいないみたいだし、ここで一泊したいくらいだ」
「絶対に! イヤですっ!!」
ヨハンの言葉に同意すると、アンジュが悲鳴のような声を上げた。余程ここにいたくないらしい。
その流れに腕の中のリュカが小さく笑ったのに気付き、くしゃっと頭を撫でてやる。
「そんじゃ、帰るか」
さっさとここから出たいアンジュを先頭に、元来た通路へ戻って行く。
俺から離れようとしないリュカに手を引かれながら俺も通路へ入ろうとするが、ヨハンがよろけたのが見えてすぐに駆け寄った。
「アンジュに《回復魔法》かけてもらわなかったのか!?」
「……これは内側からの攻撃。《回復魔法》で癒せるものじゃないから」
「そうなのか……?」
「そう。身体に問題はないからちゃんと歩ける。早く進んでよ。通路は狭いんだから」
そう突き放すように言うヨハンだが、どう見ても一人で状態ではなく強がりなのだと分かる。
ヨハンの主張を尊重して様子を見ながら進んでいたが、やはり動くのがきついのか先を歩く俺たちとの距離は開く一方だ。
(……仕方ねぇなあ)
「リュカちょっと待っててくれ。……ほらよ」
「……は?」
リュカの手を離し、ヨハンの前に背を向けてしゃがみ込む。
首だけ向けて「早くしろよ」と促すと、動揺からヨハンの瞳が揺れた。
「ば、馬鹿じゃないの? なんで僕が君におぶられないといけないのさ」
「あーもううるせぇなあ。ずっと後ろ気にするよりこっちの方が楽なんだよ。それにさっきもおぶったんだから一度も二度も変わんねぇだろ。俺がイヤならゲオルグ呼ぶけど?」
ゲオルグの名を出すと言葉をぐっと詰まらせたヨハン。
元々知り合いだったみたいだし、ライバル視している部分もあるのだろう。
渋々俺の肩に手を回したヨハンに苦笑が浮かぶ。
「リュカ。先に行ってアイツらに出口――つうか入って来た穴教えて来てくれないか?」
「……え?」
「お前まさかどこか怪我してるんじゃ……」
「だ、大丈夫だよ。怪我なんてしてないから。それじゃあ……先に行ってるね」
「おう、任せた」
ヨハンを背負ったことで進むのが遅くなった俺は、手の空いているリュカにアンジュたちを案内してもらおうと声をかけるが、当のリュカはどこか上の空で。
まさか俺に隠してどこか怪我しているんじゃないかとも疑うが、次に返事をしたリュカはいつもの元気な声で、俺はホッと胸を撫で下ろした。
早くここから出たさにずんずんと進んで行く彼女たちにアテがあるのかは不明だが、連れ去られたアンジュにはどこから出られるかなど分からないだろう。
もしかしたらゲオルグが帰り道を用意しているかもしれないが、ここ最近知った彼の性格を鑑みるに期待は出来なさそうだ。
その点俺の可愛い弟はしっかりしているし、ちゃんと二人を目的地まで導いてくれることだろう。
疲れている上にこれ以上の面倒事はごめんだとばかりに溜息を吐いた俺の首元で、納得がいってない様子のヨハンが「ねえ」と声を吐いた。
「なんだよ。剣が邪魔だって文句は受け付けないぞ」
「――さっき……僕が何を見ていたか聞かないの?」
「あー? まあ、……聞いて楽しそうな話じゃなさそうだしなぁ。聞けっつーなら聞くけど、俺はお貴族様の生活なんざ知らねぇからまともなアドバイスなんか出来ねぇよ?」
「……そう」
「おー」
それきり黙り込んでしまったヨハン。
けれど俺の首に回した腕にはギュッと力が籠り、何かを耐えているようだ。
「そういえば村長のとこに報告行かなきゃなんねぇんだよなー」
「そう、だね」
「今日は疲れたし、明日じゃダメなんかなぁ?」
「……さあ」
無言の空気に耐えかね、適当な話を振ってみるが、全く持って話が膨らまない。
まあ、陽気に喋りまくるキャラじゃないのは元からだから、それはあまり期待していなかったが、いつもなら得意の毒舌で何事かを返してきたのだろうにと苦笑した。
「おーい! 早く来いよ! 先に上がっちまうぞー!?」
「おー! すぐ行く!」
姿は見えないが、ゲオルグたちはもう出口に辿り着いたらしい。
ヨハンをどうやって上に上げようかな、なんて考えながら、置いて行かれないように自然と早足になる。
「お、ちゃんと案内出来たみたいだな」
「あの、さ。……カイ」
「んー?」
「…………助かった」
来たときの穴までもう少し。ゲオルグたちの姿が見えてきた頃、ヨハンが恥ずかしげにぽつりとそんなことを漏らした。
かなり小さな声だったため、彼らには聞こえていないだろうが、照れているのか心做しか触れている体温が熱く感じる。
「……なんつーか、あのときお前が来なかったら俺たちもヤバかったし、まあ、お互い様ってことで」
「…………っ」
どうやらゲオルグが最初に上がってアンジュたちを引き上げることにしたらしい。
中程まで上りきったゲオルグ、それを心配そうに見つめるアンジュ。そして俺たちを待っていたリュカと合流してヨハンを下ろした。
「よし、いいぞ。アンジュ、縄に捕まれ!」
「はいっ」
ゲオルグの準備が整うのを待ち、捕まりやすいように身体を持ち上げてやると、アンジュはしっかりと縄を掴んで引き上げられていった。
「よし次!」
次はリュカが行くかと思ったが、弱っているヨハンに気を使っているらしく彼に先を譲っているようだ。
「……ヨハンさん、顔真っ赤だったね」
引き上げられていくヨハンが仮に落ちて来ても大丈夫なように下で見守っていると、一緒に見上げていたリュカが小さな声で言った。
「ん? ああ、礼なんか言い慣れてないみたいだからな。照れてんだろ」
「お礼?」
「おー。ま、俺たちもアイツの魔法で助かったからお互い様だって言ったんだがな」
「……そうなんだ」
疲れているのか俯き気味のリュカに苦笑すると、その頭を撫で回してやる。
「お前もよく頑張ったよな! 後ろからの援護、頼もしかったぞ」
「……へへっ。僕、もっと頑張るよ。兄ちゃんにもっと頼ってもらえるように」
照れくさそうに笑うリュカを撫でていると、無人になった縄が降ってきた。リュカを抱えてそれに捕まらせる。
「先に行ってるね」
リュカも無事に上がりきり、残るは俺一人。
ついでに俺も引き上げてくれないかとゲオルグに頼んでみたが、「もう腕がパンパンなんだよ!」と秒で断られ、自力で上った。
白み始めた空を見上げながら、街までの道をとぼとぼと歩いて行く。
ヨハンをまたおぶろうとしたが、やはりライバルであるゲオルグに見られるのが恥ずかしいのか断ってきたため、今は肩を貸して歩いている状態だ。
「――カーッ、自力で歩けねぇとかインドアは情けねえよな! 女のアンジュでさえ自分で歩いてるっつーのに」
「っ……!?」
「ちょっとゲオルグさん! 師匠のことを悪く言わないでください!!」
そんな状況を揶揄うゲオルグに対しアンジュがすぐ諌めるが、ヨハンは怒りからか恥ずかしさからか俯かせた顔を赤くしている。ちょっとこれは可哀想だ。
「つーかゲオルグが単独行動しなきゃもっと楽に倒せただろ。見守らなきゃいけないアンジュを放ったらかして一人敵陣に乗り込むとかさあ、ちょっと自分勝手過ぎだろ」
「ぐっ……」
見かねた俺が口を挟むと、ゲオルグは自覚があるのか言葉を詰まらせ視線を逸らした。
「お前が先に乗り込んだって聞いてみんな心配してたし、あそこで会うまで生きているか不安だったんだぜ? アンジュなんか凄い走って俺たちに言いに来たし、ヨハンだって心配だったから後を追ったんだろ。それなのにそんな言い方ないだろ」
「…………す、すまん」
「……――とのことです、ヨハンさん。いかがでしょう」
「は……? あ、…………うん」
「よし、仲直りな。……はあーっ! ホント疲れた。今日は泥のように眠るわ」
この際言いたいこと言ってスッキリしようとあれこれ言ったけど、その後の空気に耐えかねて思わず誤魔化した。
けどゲオルグが自分勝手だと思ったのは本音だし、助けに行った側のヨハンが悪く言われるのも納得いかないしで、文句言わない訳にはいかなかったんだよな、心情的に。
なんかみんな呆気にとられた顔でこっちを見ている気がして、視線を空から下ろせない。
気まずい空気の中しばらく誰も話さない時間が続き、そろそろ村の入口という頃、前方から駆け寄って来る足音が聞こえた。
「おお、【勇者】様方!! ご無事でしたかっ」
誰だろうと不思議がる俺にヨハンが「この人が村長だよ」と耳打ちしてくれる。
村長っていうくらいだから結構な老人を思い浮かべていたが、目の前の人物はまだ四十やそこらでどちらかというと商人のような雰囲気だった。
「なかなか戻られなかったので心配していたのですぞ! それで、屍食鬼の方は……?」
「退治した」
「なんとっ! この村を救ってくださりなんとお礼を言えばいいか! 夜にでも宴を開きましょう! ささ、今日はお疲れでしょう。宿に戻られてゆっくり休まれてください」
ゲオルグの報告に嬉嬉として俺たちを村へと案内してくれる村長。
余程屍食鬼に困っていたのか、今にでも小躍りしそうなくらい喜んでいる。
「夕方頃遣いをやりますので、それまでごゆっくりお休みください」
「ありがとうございます」
宿の中まで見送ってくれた村長に頭を下げて、みんなそれぞれの部屋へと戻っていく。
風呂に入らずに寝てしまいたいが、流石に泥だらけの格好で寝たら宿屋の店主に怒られそうだ。
早速屍食鬼を退治したことを報告しているのか店主と話し込んでいる村長に俺も一応頭を下げると、ヨハンに肩を貸しながら階段を上って行った。
「いやぁ本当によかったよカっタ……」
だから俺たちがいなくなったあと、村長がどんな表情でこちらを見上げていたのかなんて知る由もなかったのだ。




