因果と応報
起きる。
時間を確認する。
身支度に掛ける時間が十分にあるか計算する。
朝食をとる。
着替える。
頭髪を整える。
最後に、自分の顔を見る。
「恋人、か。」
昨日までとの私とは違う。
私は晴れて彼氏いなかった歴=年齢ではなくなり、バラ色のリア充生活へと一歩を踏み出すのだ。
――――――まあバラ色ではなく赤黒い血の色だし、私と彼の"リア"が"充"するのはいつになるのかは全く先行き不透明だが。
というか、私はリアの時点で充実はあえない。
ありえないのだ。
いや、もし仮に、今この瞬間から人間という生き物全ての知能が高次元的なものに進化して、猿の延長ではなくなったのならば、
私は全く死のうとは思わない。
でもきっと、これはあくまで予想だけれど、本当に人類がそうなったのならば、きっと恋人なんていう存在は作ろうとはしないのだろう。
――――――そしてそういう点では、私も結局人間なのだ。
考え込む。考え込む。考え込む。
これは、私の悪い癖。
時計は既に8時10分を指していた。
HRが終わったのを見て、素知らぬフリをして私は教室に入り、椅子に座る。
先生(名前が思い出せないが数学の教師ではあると記憶している)はちらりと私を見、無言で出席の欄に遅刻と入れた。
周りも私には関わらない。遅刻の理由を、"非日常"となる絶好のネタを聞き出そうとする人間など、私の周りには……
「おはよう、朝風さん。」
―――――ああ、いたんだった。
正確には昨日私が生やしたのだが。
彼はにこやかに私の方を見、挨拶をする。
隣の、えっと、確か"竹谷"という名前の人間が、意外な顔をして彼を見ている。
「えっ、祐大?」
「どした?健介。変なものでも見たのか?」
―――――隣に立っているそれの下の名前は健介というのか。
表情をにこやかなまま変えない彼に、隣のは少し動揺している。
「いや、別に…その、受けたんだ?」
「そりゃあ勿論。言われた時はビックリしたけどね。――――"受けた"ってことはもしかしてみんな気づいてたの?」
「逆に、祐大は分からなかったのかよ…」
「てっきりいつもみたいに、部活の先輩を紹介してほしいって言われるかと」
「あのなぁ祐大、いくら朝風さんでもそれはひどいと…」
―――――――――――――――は?
なんだ、その言い方は。
腹が立つ。
これだ、人間特有の見降ろし視線。
私がなぜ、お前みたいな人間と同類、或いは下位に見られなくてはいけない?
人間の愚かさや恐ろしさ、そして今すぐにでも死ぬことこと最も正しい選択であると気づけもしない癖に、なぜそこまで人を下にみれる?
はらわたが煮えくり返る、とまではいかないが、どこかはらわたが温まってくる。
何か、言わなくては。少なくともこの人間共の下にいるのは御免だ。
「あら、"私"でも、何なのかしら?」
少し大きめの、普段(昨日は除く)出さない音量の声を出す。
クラスの人間共は視線を私達に移し、
隣のそれは驚愕を私に向け、
彼はどこか面倒くさそうな顔を浮かべている。
「ねえ、健介君、聞いているのだけれど。」
「いや、ちょっと朝風さんが、その、」
「なによ」
「前々からちょっと人付き合いが苦手だったなぁって、ね?」
「…答えになってないのだけれど?」
「いや、だからその」
答える気はなさそうだ。人の気持ちを知りもしない癖に。
「もういいわ。意地悪してごめんなさい。あなたは―――――つまり私に手を引けって、いうんでしょう?」
「そ、そんなことはいってないじゃんか。変な思い込みしないでよ朝風さん。」
"変な""思い込み"、ねぇ。
「変な?思い込み?それが正解の間違いじゃあなくて?」
「いや、そういう言い方する方にも問題はあるんじゃないかなって」
「そういうじゃわからないわ。もっと具体的に、はっきり言ってほしいのだけれど。」
「…それぐらい空気読めよ、なあ?朝風さんみたいのとくっついて祐大はなんの得にもならないんだよ」
「得?野蛮な考えね。古宮君はあなたの言う"得"のない人間の告白を受けたのだけれど、それについては?」
「祐大は優しい、純粋な奴なんだよ。頼むからそのままにしてやってくれ。朝風さんがいると変な奴になっちまう。」
隣のの声に怒気がこもり始める。
「嫌よ、と言ったら?」
「もういい加減に空気読んでくれ。頼むよ。俺だって好きで祐大の前でこんなこと続けたくないんだ。」
このままではまずいと思ったのか、彼が介入する。
「ええと、二人とも何喧嘩しだしてるんだよ。別に二人が俺について喧嘩しなくとも…」
「祐大は黙っててくれ。」
「うるさい。あなたは口をださないで。」
「あ、はい、わかりました…」
が、しかし私も、そして不本意だが隣のそれも彼の仲介を蹴る。
次の授業が始まる鐘が鳴る。
しかし、隣のそれは会話をやめようとしないし、
扉の前にたっている先生は、空気を読んだのか中に入る兆しがない。
「とにかくさ、祐大と別れてくれ。みんなもそう思ってるんだ。」
「みんな?あなたのいうみんなっていうのは2人?5人?10人?それとも架空のお友達?」
教室から少しだけ失笑が漏れる。
「みんなはみんなだよ。そういう屁理屈な所が祐大にふさわしくない。」
―――――へえ、まだそういう態度を取るの。
いい加減腹が立ってきた。
言いたい。唯々腹の中に据えている言葉を吐き尽くしたい。
本音を人間の前でだしたくはないけど、その理性も薄れてきてる。
ちらりと彼の方を見る。
―――――――――――――――頼むから穏便に終わってくれよ。
とでも考えて、私の方を見ているのだろうか
きっと隣のからすれば、こういう所も気に食わないのだ。
どう考えても、彼は私のそういうところも受け入れている(ように見えている)のに、反発するのはそれが根底にあるはず。
きっと、こう思っているのだ。思い込んでいるのだ。
「さっきからふさわしくないだの、空気を読めだの、あなた何様のつもり?一体古宮君の何だっていうのよ」
「何って、友達だよ。小学校より前から一緒にいる友達様だ。お前こそ一体祐大の何を知ってるって?」
「古宮君の?何をしっているかって?」
ちらりと、彼を見る。
―――――――――――――――おい馬鹿やめろ、それは流石にまずい。
やはり彼としては、殺人行為が周囲にばれるのはよろしくないと考えているのだろう。
大胆に殺人をする癖、こういうところでなぜ小心者なのかわからない。
さて、どうしようか。
どこかで大きく出なければ、ずるずると時間が過ぎるだけになる。
では、大きく出るとして、どんな札を切れば効果的且、自分に被害がでないだろうか。
方向性としては、隣のと私の差が十分にあることをアピールしなくてはいけない。
昨日の会話を思い出す。
彼の素性はだめだ。もっとこう、日常的であるが、非日常で、注意を向けざる負えないような…
「そうね、確かにあなたほど彼の日常について知らないけれど……まあ、彼の性癖くらいは知ってるわよ?」
「――――――――――は?」
「ちょ、おま」
「あら、ひどいわ古宮君。昨日私を家に連れ込んでおきながら、一夜で飽きて親友と結託して乗り換えるつもりだったなんて」
「いや、朝風さん、僕はそんなこと」
「じゃあ、昨日の夜誓ってくれた愛は本当?」
彼にウインクをする。
――――――――――合わせないでみろ、お前の素性をばらすぞ、と。
「いや、き、昨日のは本当だよ。うん、間違いない。」
せめてもっと抑揚くらいつけることはできたのでは?
まあ、合格ラインではあるからいいけれど。
「そういうわけなの?わかってくれた?隣の人。」
「いや、へ?――――――――――冗談だろ祐大?だってそんな素振り……」
「ごめん、その、健介にも色々隠してることあるんだよ。"プライベートなこと"とかさ。」
「いやでも、だっていつも女の子には興味ないとか言ってたじゃんか?あれも……」
食いついた。しかもとってくれと言わんばかりの揚げ足を晒した。ここしかない。
「女の子に興味ないからって、男の子に興味あるとはいってないじゃない。思い込んでたのはどっちよ。」
「は?俺はそういう意味でいったん
「健介、それ本当?」
彼はどうやら梯子は外すらしい。
自分でやっておきながら隣のがかわいそうになってきた。
「いや、だから違うって」
「ごめん、俺"そっち"じゃないから、その、健介のは……」
「いや、いやだから違うって」
先からずっと、非日常がクラス中に蔓延しているのだ。
いまさら非日常の一つや二つ、増えたところで蔓延は止まらない。
人間がそれを共有する。
どこかの人間が憶測をトッピングして、蔓延させる。
どこかの人間かさらに憶測をトッピングして、蔓延させる。
「そもそも、おれにソッチの気なんてあるわけないだろ?祐大にも言ったじゃんか、今彼女がいるって、俺は全然ノーマルだから―――――」
『――――――――――彼女を作ってホモなの隠してたんじゃね?』
誰かが、トッピングして、蔓延させる。
人間という猿の延長が行う、低俗な行為の一つ。
しかしてその矛先は、いつも人間にしか向かない。
全ては種全体としては自傷にも等しいというのに、人間はそれをやめない。
やめた方がよいという人間が現れれば、二言目には"表現の自由"だの、"冗談"だの、まるで自分に責任がないかのようにふるまう。
そしてその矛先が自分に向けられた時、初めて後悔するのだ。
馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿馬鹿しい。
自分が向けた矛が自分に返ってくるのを分かっていて突くなど、本当に阿呆だ。人間より知性の低いはずの畜生にだってそれは分かるはずなのに、
「はあ?そんなわけねぇだろ!ふざけんなよ新見!」
ああ、やっぱり人類はだめだ。
『顔真っ赤にして、図星なんじゃね』
こんな生き物の同類でいてはいけない。
「んなわけねぇだろ!いい加減に―――――」
「健介!暴力はだめだよ!」
「うるせぇこのクソ朴念仁!」
こんな生き物からは、早く脱せねば。
『朴念仁って、やっぱり……』
『まじかよあいつ……』
「いやだから、本当に、本当に違うんだって」
やはり、私は
「ああ、このっ、クソがっ!」
――――――――――衝撃。
しかし、痛みより先に物理的移動が私を支配する。
――――――――――バランスの崩壊。
椅子に座っている以上、非常によくとれているバランスはその衝撃で一瞬で崩れる。私の安心とともに。
――――――――――浮遊間。
浮いている?否、どちらかといえば
――――――――――衝撃。
落ちている。きっと、因果応報と言われても仕方のないことなんだろう。
思考を回す。思考を回す。思考を回す。
考える。考える。考える。
答えはあっさりと出た。
"可愛そうな私""殴られた私"
「い、痛い‥‥」
わざとらしくうつむく。――――――――――笑みが見えないように。
涙を目に浮かべる。――――――――――体がそう反応して。
そう、因果応報だ。
だがしかし、一体だれが"因果応報"の"応報"がまた"因果"となり、"応報"されることはないと決めたのだろうか。
おとぎ話は悪い奴が終わって因果応報で済むが、現実においてこれほどあてにならない言葉はない。
涙を浮かべる私に、憎悪のあまり殴ったはずの"それ"さえ、後悔を覚えているようだ。
「あ、いや、その…」
「もうやめよう、二人とも。な?」
悲しげな表情を浮かべて、彼はその場を収めた。
――――――――――きっと、彼は悲しくもなんともないのだろうが。
いや、それどころか彼は、私と同じように受けた"応報"を"因果"にして"応報"するつもりだろう。
やっぱりどこか、私と彼は似ている。