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殺戮ボーイと悟り系ガール  作者: Dora=ドラ=どーら
5/7

18:30 前編



―――――――――――――――――――8月16日 18時 23分。


再度、彼に言うことをしっかりと把握する。

頭から一度アウトプットし、再びインプットする。記憶するとは、つまりそれだけのことだ。


夕陽が差し込んでおり、少し暑い。

今日は始業式なだけあって、放課後にだらだらと話す人間が玄関付近にいない。

一部の部活は練習しているが、少なくとも、私たちがこれから話すことが聞かれることはないはずだ。

薄くかいた汗を不快に感じながら、私は彼を待つ。




時間は十分。

それは私にとっても、そして、





――――――屋上の扉が、開く。



「えっと、待たせたかな?」


「いいえ、今来たところよ。」




―――普通逆のような気もするが、まあいいか。

彼は制服のままであった。(学校だから当然だが)

持っている鞄の見た目は前と同じではある。

同じでは、あるのだが。

こころなしか、入っている容量が増えているように感じる。

やはり彼にとっても、時間は十分だったようだ。



「――やっぱり、そっちが素だよね。おかしいとは思ったんだ。」


「そりゃあね。"あんな"しゃべり方、作らないとできないわよ。」


「それは、朝風さんだから?」


「いいえ、どんな女だってそうよ。」


「やっぱり、現実はそんなものかぁ。ちょっとそういう女の子に憧れてたんだけど、理想が崩れちゃうなあ。」


「そう。で?」


「―――――うん、まあ、やっぱり、そうだよね。」




彼は、おもむろに鞄を下すと、その鞄の口を開け、中から黒いパーカーを出し、

この暑い夕陽の中であるにも関わらず、それを着る。







―――――――――――――――――――18時 27分





「ねえ、朝凪さん。」



「何か用?古宮君。」



「いや、呼び出したのは朝凪さんじゃないか。一体どんな要件だったのか聞きたいんだ。」



「夕暮れ時、屋上、男女が二人、お得意の"空気を読む"をすれば簡単にわかるでしょ?」



「...いや、僕は直接、朝凪さんから聞きたいんだよ。」



そう言って、彼は制服のズボンのポケットから、黒い入れ物を取り出し、片手で開ける。

そして、中に入っていた眼鏡をかける。






―――――――――――――――――――18時 29分




「わかっているなら、私が言う必要はないと思うのだけれど。」



「意地悪だなぁ、朝凪さんは。僕はそういう女の子、嫌いじゃないけどね。」



「そう?ありがとう。じゃあ、ついでに今日の言う予定だった要件を言うわ。」








―――――――――――――――――――18時 30分





「古宮君、もしよければ、私と付きあってもらえないかしら?」



「ごめんなさい、と言ったら?」



「私があなたについて知っていることを、拡散させるわ。」



「...それは、クラスのみんなに?」



「いいえ、もっと、広く、広大で、無意味なところに。」



「うーん、朝凪さんの表現は難しいや。」




――――――彼は未だ、屋上のドア付近にいて、私はそれと真反対のフェンスに、体重を預けている。

これは、ある意味では適正な距離だ。

いや、殺人鬼と"か弱い"女性との距離にしては、近すぎるかもしれない。













でも、だが、しかし、私は彼との距離を詰める。


「それで、答えはどうなのかしら?私、曖昧な人間は男女問わず嫌いよ。」


「そっか。じゃあ残念ながら、僕は曖昧な人間だから、朝凪さんは考え直した方がいいよ。」




距離を詰める。距離を詰める。距離を詰める。


「私が聞きたいのは、そんな屁理屈ではないわ。」


「屁理屈も理屈の内って、よく言うでしょ?」



二人の声色は変わらず、

二人の表情も、さして変わらず、

唯々二人の距離は縮まって、


そして、夕陽に照らされる、私と彼の体温と同時に、

内に秘めた


悩みが

思いが

考察が


ゆっくりと煮詰まり、温度を上げてゆく。














世界は、日常に包まれていた。

放課後の、部活の生徒たちの、練習の掛け声。

空き放たれた窓から聞こえる、管楽器の音。

山へと帰る、カラスの鳴き声。


だが、日常は、常に非日常を内包している。


簡単な例を持ち出すなら、今日の朝のクラスメイト共の会話。

あれは夏休みに起きた非日常を報告しあうことによって、日常を作り出している。





では、非日常が日常を作り出すのだろうか?

本当にそうだろうか。

なるほど確かに、私たちは非日常を糧に日常を作り出す。


だが、しかし、私たちの記憶では、私たちは本当にそうであろうか?


私たちのやること成すことの全ては、非日常由来のものであろうか。

それほど私たちには、非日常があふれているのであろうか。



――否。仮にそうならば、人生とはもっと楽しいと万人が思うであろう。






まあ言ってしまえばこれは『鶏が先か、卵が先か』と似たような話である。

非日常があるから、日常があるのか。

或いは日常があふれるからこそ、非日常が存在するのか。

結論などない。




いや、あるにはある。少なくとも、私には。












「―――――――――じゃあ、あなたが人を殺すのも、その屁理屈という名の理屈からなのかしら?」



仕掛ける。

距離は、10mといったところか。



「そう、だね。そう言われると、中々弱ってしまうよ。」



彼は、鞄から、"それ"を取り出す。



「でも―――――――――――――――――――


「言い訳は無用よ。私はしっかりとその場面を見ているし、記憶している。」


「いや、でもね、証拠がないじゃないか。朝凪さんには、僕がやったという証拠があるのかい?」


「そんなことを言うのが証拠よ。」


「―――――――――――――――――――ふーん、そう。そうなんだ。」






世界は日常に包まれていた。



彼が持つ"それ"は、未だ鞘で姿を隠している。

ゆえに、今この世界は日常である。







――――――――思うに、"日常"と"非日常"に、違いはないのだ。

正確には、それらは"違い"では表せない。表すことに適していない。

最も適しているのは"差"だ。





「じゃあ、そういうことで、いいんだよね?」」






世間一般ではなく、自分を起点として日常とし、その周りの出来事を非日常と呼ぶ。それだけである。

"自分"と"自分以外"の差。

突き詰めれば、それこそが日常と非日常を分けるものなのだ。








彼が、"それ"に覆いかぶさっている鞘を、取る。


そして、世界に"それ"が姿を現す。


――――刃。人を殺す道具。願いを叶えてくれる道具。非日常の権化。











しかし、なおも、世界は日常に包まれている。




なぜなら、彼にとってそれは、息をするように、当たり前の、準備にすぎず、


私にとって、それは、私の構想通りであるから。




―――――――――――――ここまでの作戦は、完璧。




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