古宮 祐大攻略作戦
本日2話連続投稿となっています。
まだお読みでない方は3話目の「古宮 雄大という人間」を先にお読みください。
普段より10分早く、私は新島南高等学校の校門をくぐる。
この作戦は前提として、古宮祐大よりも早く席についていなくてはいけない。
...まあ、今日は丁度夏休みが明けた日であり、たいていの人は普段より登校が遅くなるだろうが。
それでも保険をかけて、10分早く行動する。
下駄箱で靴を履き替え、
階段を上り、3階へ。
そして私は、2年4組の教室へと入る。
先客は5人。このクラスは40人いるのだから、やはり自分は早い方であった。
幸いにも目的通り古宮祐大は来ていない。
私は、鞄から筆記用具と配布されるプリントを入れるファイルを取り出す。
今日は始業式と清掃をするのみであり、授業は行われないため教科書は必要ない。
次に常備している読書用の本を開く。
自分のスマホ――血だまりに沈んでしまったが、幸い故障はしていなかった――とイヤホンを繋ぎ、イヤーピースを耳に入れる。
音楽は聴かない。いや、正確には歌の含む音楽は聴かない。気分によってBGMくらいは私だって流す。
勿論、私は誰とも会話なぞしない。
周りの生徒はSNSでさんざん話しただろうに、夏休み中に起きたことをこれでもかと話す。
それをお互い嫌がりもせず、好んでやりたがる。しかも男女ともにである。
末期だ。
意味が分からない。
SNSで、既にその出来事に対して十分な承認欲求を相手に果たさせたというのに、追い打ちのように現実でもそれをやるのか?
しかもお互いにそれをやるのだ。どちらかが辞めなければお互いに承認欲求を果たさせあうのは終わらない。
なんとも、頭の悪い。
無駄なことをしないと友達が作れないならば、友達などいるだろうか?
いや、そもそも承認欲求を果たすための友達など、
それは果たして人間の良心として友達とは―――――――――――――――
がらがらと音を立てて、ドアが、開く。
ちらりと横目で見れば、古宮祐大が、友達と思われる男と教室に入ってくるところであった。
――――無駄話はおしまい。
彼への対応を、もう一度頭の中で整理する。
作戦は完璧だ。
いや、不測の事態がなければであはあるが、それは考えてもしょうがない。
世の中にはそんなことまで考えて結局行動を起こせない人間もいるのだから、全く哀れなものだ。
――――ああ、ダメだ、無駄話はだめだ。
意識を集中させる。
気が散らないように、今からやることだけを頭に浮かべる。
古宮祐大は友達と思われる男との会話をほどほどにしにて止め、彼の席、つまり私の隣の席に座る。
けだるそうにしながらも、私と同じように使うものを鞄から出す。
――――その一挙手一投足を、見逃さない。
"もじもじする私"。"どこか落ち着きがない"。
ちらちらと横目で古宮祐大をみつつ、私はどこかそわそわとする。
――――彼はまだ気づいていない?
いや、そんなわけがあるまい。彼は昨日、私の顔を見ている。
内心ではいつばらされるのか、どこか不安に違いない。
"恥ずかしそうに"。"でも、どこか期待しているような"。
私は、鞄からそっと、それを取り出す。
タイミングを見計らう。
この作戦の鬼門はここだ。
文字通り彼の一挙手一投足を、見逃すわけにはいかない。
―――――今。
「ふ、古宮君っ」
"緊張している私"。"自信のない私"。
私は、出来るだけ音を立てて、私が古宮祐大を呼んだことを、教室中に知らせる。
―――手には、薄いピンク色の、一般的には"かわいらしい"と言われそうな便箋を、持ちながら。
案の定、クラスメイト共はそろって私の方に首を向け、そして次に古宮祐大へと視線を向ける。
「えっと...何か用かな?朝凪さん?」
――――冷静。
彼の発言からの第一印象は、それしかなかった。
私が今から昨日の出来事についてばらそうとは、考えないだろうか。
普通なら私の、このタイミングでの発言に対して、大きく警戒するはずだが。
――――――いや、彼が殺人鬼なら、普通でないか。
まあいい。それは今、重要なことではない。
「あ、あのっ、そのっ、放課後って、な、何か予定、ありますか?」
――――――少しやりすぎたかな?
まあ、ここで少しばかり不自然でも、私は普段会話をしないのでそこまで異質には見えないだろう。
...そう信じたい。
「いいや。今日の放課後は、特に予定はないよ?」
周囲から、好奇の視線が古宮祐大へと寄せられる。
おい、誰だひゅーひゅーなんて言った奴は。
お前らに見せるためにやっているわけではないと言いたいが、私はそれをぐっと飲み込み、代わりに言葉を吐き出す。
「そのっ...も、もしよければ、お願いします!!」
腕をピンと伸ばし、その便箋を彼へ差し出す。
徹夜でしたためた、中身のない、俗にいうラブレターというやつだ。
放課後、18時半に屋上に来るように書いた。
この時間ならば誰もみていまい。
少なくとも"空気を読む"なんていう、人食並みの、奇抜な文化だけは重視してる日本では、意図しては誰もこないだろう。
それにもし、彼が昨日のように刃物を持っていないならば、一度家に帰って持ってきてもらわねば。
もしかしたら、今日で死ねるかもしれないのだ。
その可能性を捨てるのはもったいない。
―――――――ああ、震える。
私の差し出した便箋を、彼はにこやかに、いや、どこかひきつった笑みで、受け取った。
――――――――――教室中から発せられた奇声、悲鳴、咆哮、叫び。
うるさい。ああ、うるさい。
やはり人間は、所詮猿の延長だ。
こんな存在からは一抜けするに限る。
まあ、結果として、作戦は上々である。
少なくとも彼がドタキャンを起こすことはないだろう。
こんなにも目撃者がいるし、行かなければ行かないで後日クラスメイトから結末を問われた時の回答に困るに違いない。
彼は、確実に、今日の放課後に、屋上に来る。
そこが、"本番"であり、"本題"だ。
私、"朝凪 風花"は、心の中で、つかの間の喜びをかみしめた。
以後、22時に投稿時間を固定します。
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