冷たき海の底より浮上する
冷たき海の底の底
メタンの澱みに棲んでいる
幾千年の遥かな時を
誰にも知られずひっそりと
彼は魚
名も無き魚
ただ孤独のみを友とする
ある時彼の目の前に
一本の羽根が落ちて来た
折れて歪んだ
真白く綺麗な鳥の羽根
彼は知った
別の世界があることを
上に何かが棲むことを
彼は泳いだ
棲み慣れた水底離れ
ただ上を目指し真っ直ぐに
幾つもの危難があった
大魚に激流
温度に水圧
深く垂らした人の網
骨が歪む
身が膨れる
鱗がごっそり削げ落ちる
それでも彼は上を目指した
尾びれを振り
体をくねらせ
見知らぬ何か
真白く綺麗な生き物を
ひと目見んと追い求めた
やがて明かりが差し込み
視界は広く開け
暖かな風を鰓に感じ
意識はそこで途絶えた
岸に打ち上げられた彼の骸を前に
地上の者は嘆息しきり
なんと綺麗な姿だろう
冷たき海の底の底
メタンの澱みに棲みしおまえは
この世の誰より白くまばゆい