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ゴキブリになった僕  作者: 秋和翔
9/13

黒い影と僕

 黒い影は僕に呑気に声をかけてきた。

「久しぶり。元気なさそうだけど飯ちゃんと食べてるのか。食べたら腹は満たされるぞ。」

 黒い影はあのゴキブリだった。ゴキブリは空気を読むことをしないらしい。いやこのゴキブリが空気を読めないだけかもしれない。

 僕はゴキブリ君に1人にしてくれと声を絞り出す。ゴキブリ君は聞こえていないのか、聞こえていてもそんなことは関係ないのかくだらない話を続けている。

 ゴキブリ君から離れるために歩き出すと、ゴキブリ君も僕の後をついてくる。歩度を速めても変わらずついてくる。鬱陶しい。耳元で虫の羽音がするように煩わしい。

 泣いて謝る彼女と僕をつけてくるゴキブリ。叫びたくなるほどに今の状況が鬱陶しい。今すぐに何もかもが崩れ散り、消えてしまえばいい。なにもかも。

ピピピッピピピッとアラームが鳴る。彼女はハッとした様子で顔をあげると、バイトに遅刻しちゃうと言って慌てて身支度を整え、家を出ていった。

 少し寂しいような、でも助かったようなそんな気持ちになる。そんな僕にゴキブリ君は先ほど変わらずつまらない話をしていた。

「うるさい!!!1人にしてくれって言っただろ!!」僕はついに声を荒げてしまう。

「俺はお前とは違うんだ。ゴキブリみたいなゴミとは違う。もう二度と話しかけてくるな!」

 ゴキブリ君は少し驚いた表情を見せる。しかし話しかけるなと言われたのにもかかわらず、ゴキブリ君は真剣な表情で口を開いた。

「信じていたものに裏切られたときの感情ってのは上手く言葉で表現できないほどの衝撃をもたらしてくるよな。俺もあった。これから話すのはただのひとりごとだ。俺達は死んだ仲間を食べるんだ。共食いをするんだ。俺はしたことないし、したくもない。だけど仲間だった奴らは違ったんだ。俺の母親が死んだとき、俺が別れの挨拶をするまえに、奴らは母に群がって喜々として食べたのさ。今まで一緒に暮らしていたのに。言葉が出なかった。その光景を見るのが初めてだったわけじゃない。前からその光景は嫌いだった。でも今までのとは比べものにならないほどの嫌悪と憎悪と喪失と・・・。そんな言葉では足りないものがあった。そんな奴らと一緒にいるのが耐えられなくなって逃げてここに来た。」

 何を僕に伝えたいのだろうか。そんな過去を僕が知ったって出来ることなど何もない。でも真剣に話すから僕は口をはさむことも、その場から離れることも出来なかった。

「俺がここであったお前は不思議な奴だった。誰かと協力することもなく、急に俺を助けたり、大きな動く物体にわざと姿をみせるような危険なことをしたり。今は落ち込んでいたと思っていたら、急に怒鳴ったり。俺にはそんな気持ちは分からないけど、俺にも辛いことがあった。もがいて苦しんだ。この先に良いことがあるとは言えないし、さらに辛いことがあるかもしれないけど。耐えれるまで耐えきったら笑えるような先があるって信じていたいと俺は思う。押し付けるわけじゃないけどお前もそう思ってくれたら嬉しい」

 どうやら僕を励ましてくれているらしい。僕はゴキブリにすら慰められるようになってしまったのかと情けなくなった。ゴキブリに俺の気持ちなどこれっぽっちすら分かるはずないと憤慨した。だけどそんな感情よりも温かいものが僕を包みこんでいくのを感じていた。

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