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ゴキブリになった僕  作者: 秋和翔
8/13

クソ野郎と彼女

 いつの間にか彼女もイケメン君の背中に手をまわし、縋るように抱きついた。背中にまわった手はイケメン君の服を強く握りしめていた。その光景は僕の心を執拗にえぐった。

 そんな時間が何分続いただろうか。10分20分。きっとそれくらいの間だろう。僕にとっては1時間も2時間にも感じられた時間だった。

 彼女は背中に回していた手を自分の頬にもっていくと、涙をぬぐいながらごめんねと呟いた。イケメン君も背中に回していた手をほどくと、涙を拭う彼女の手の甲に掌を重ねる。驚いた彼女は潤んだ瞳をイケメン君に向ける。すると次の瞬間、彼女の唇とイケメン君の唇が重なる。彼女の瞳は一瞬の驚きを見せた後に閉じられ、唇はイケメン君に委ねられていた。

 まるで彼女はこれまでの寂しさを埋めるために、そのキスを味わっているように僕には思えた。熱いキスが終わると彼女はこちらに向かってきた。僕は急いで写真立ての後に隠れる。彼女は僕と映った写真立てを持つとごめんねと小さく呟き、そして横に寝かした。僕は急いで写真立ての後ろから離れる。彼女は僕が隠れていた写真立ても横に寝かした。そうして僕が映った写真立てを全て横に寝かすと今度は彼女のほうから唇を重ねにいった。

 そうしてまた熱いキスを重ねた2人は寝室に向かった。僕は1人ダイニングに残された。部屋から漏れ聞こえる艶めかしい彼女の声とベットのきしむ音。日はすっかり沈み、星が輝き始めていた。

 こんなことになるなんて想像すらしていなかった。僕の心の中で様々な思いがのたうち回り、今まで味わってきた苦痛とは違うものが襲う。苦しみ悲しみ空しさ悔しさ寂しさ情けなさ惨めさ怒り憤り・・・・。いろんな感情が混ざり合って自分自身でも何が何だか分からない。自分の知らない感情が僕を大きな穴を。

 その後のことは自分でも覚えていない。気が付くと朝になっていた。クソ野郎はその朝何事もなかったかのように彼女の家から出て行った。彼女はクソ野郎を見送ったあと、僕が映った写真立てに1つ1つ謝りながら起こした。

「なんでこんなことになっちゃたんだろう。命を懸けてくれた彼を裏切るようなこと。私ってほんとに彼のこと愛しているのかな。愛していたのかな。ごめんね。ごめんなさい」

 彼女は涙を流しながらしばらく謝り続けていた。涙を流したところで、謝ったところで僕の穴は塞がりも小さくもならない。心の小さな僕には彼女の行為をすぐに許すことはできなかった。

 こんな彼女といるためにゴキブリになったのだろうか。こんな想いを知るために味わうためにゴキブリになったのか。今の彼女のためにゴキブリとしてもがく意味はあるのか。そんな考えばかりが浮かぶ。

 もうここで終わっていいそう思った。これ以上苦しみたくない。そう思った。そんな僕に近づく黒い影があった。

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