僕の願い
僕がゴキブリになってだいたい1週間だ。僕はまだ何も行動を起こせていない。彼女が今の僕をみてどんな反応をするか怖くて何も出来ていない。
しかしこの1週間の間に何もなかったわけではない。まず僕の両親が彼女の家に来た。もちろん僕の両親は彼女についてよく知っている。僕と実家に帰ったりするといつ結婚するかとよくからかわれた。
「貴女はあの子のことを背負わなくていいのよ。私達が面倒を見るから」僕の母が気遣うように声をかける。
「いえ。私はあの人の近くであの人を支えたいです。だって・・・ほんとに大切な人だから」
「でもあの子はいつ目を覚ますか分からないし、一緒にいたら逆に辛いでしょ。貴女はそこまでしなくていいのよ。新しい道を探せばいいのよ」
「私・・・そんな新しい道なんてわかりません。今まであの人と一緒にいたんです。あの日だってそうだった。私が車に轢かれそうなのをかばって・・・・・・。それなのに・・私・・・・新しい道探せません。あの人がいない道なんて歩けない。結婚だって考えてた。しわが互いに出来て、白髪になってもあの人と、彼と一緒にいたいって思ってた。それなのに・・・」
「そう・・・あの子は貴女をかばったのね・・・・。誇らしいわ。最後まで優しい子で・・・誰かを守れるような子で」母と彼女は互いに涙を流していた。母親の泣き顔を見たのは初めてだった。しばらく2人の泣き声が続いた。
「泣いてばかりじゃ始まらない。君は一緒にいたいんだね。たとえ目を覚ましていなくて寝たきりでも」そう言ったのは父だった。彼女は迷うぞぶりも見せずうなずいた。
「私達は毎日病院に行けるわけじゃない。君の力を借りてもいいんだね」
「何言ってるの。負担になることは言わないようにって決めてきたじゃない。いいのよ、この人がいうことは気にしなくて」
「いえ、大丈夫です。私に出来ることは何でもするつもりです」
「そうか。助かるよ。入院代は私が何とかするから身の回りのことをお願いしたい」
「はい。任してください。私、毎日病院に行くつもりだったので」
「もしかして・・・仕事・・・」
「はい。止めちゃいました。彼に頑張れって応援されてたのに」
「生活はどうするつもりなんだ」
「大丈夫です。何とかなりますよ。何とか」
「貴女そこまでして・・・・ありがとう。きっとあの子も喜んでいるわ」
その通りだった。僕は嬉しかった。ここまで愛されていた。早く戻って抱きしめてありがとうって言いたかった。そしてごめんね。寂しい思いをさせて不安にさせてごめんねって言いたい。
両親は辛くなったら逃げていいからと新しい道を探していいから無理しないでねと言って彼女の家を後にした。
そして彼女は新たにバイトを始めた。何とか前を向いて生きようとしているように感じた。彼女の電話には僕の友達からの電話もあった。僕はこんな風に心配してくれる友達がいてくれることにまた嬉しさを感じた。今はゴキブリなのに心だけは温かった。ここまで想ってくれる人がいたのを初めて知ることが出来た。
そうやって僕が事故に遭ってから心が温まるようなことばかり起きていた。だから僕は大丈夫なんじゃないかって思ってしまったんだ。いや大丈夫だと思いたかった。彼女なら分かってくれると願ったんだ。だけどそれは所詮僕の願いだ。