あちら側とこちら側
気が付くといつかの天使の姿をした少年の後ろ姿が目の前にあった。周りを見渡すとそこは病室でもなかった。ここは一体どこだろうと思っていると少年が振り返り口を開いた。
「気が付きましたか。まさか彼女があんなことになってしまうなんて予想もしていなかったですよ。これからどうするのか話し合わなければと思いましてね。貴方をある人、貴方にチャンスを与えた方のところまでいく途中です。あともうすぐですよ」言い終わると少年は前を向いた。もうすぐってどのくらいなのだろうか。それよりもこれは進んでいるのだろうか。周り一面が真っ白で、風も感じない。進んでいるというのを実感できなかった。
「着きましたよ」少年はそう言いながらこちらを振り返る。着いたと言われても景色が全く変わっていない。僕が戸惑っているといつかのときのようにいつの間にか男がそこにいた。男はとても困った様子というより面倒なことになってしまったと嘆いているようだった。
「久しぶり。こんなことで再会するなんて思いもしなかったよ。どうぞ座って」男はそう僕に話しかけてきた。知らぬ間に僕の後ろにイスがあった。僕は言われるままそこに座った。
「あの、今どういう状況なのでしょうか。僕の彼女は無事なんですか」僕は男に問いかけた。
「君はせっかちだね。さっそく本題というわけか。でもその前に確認をしておこう。私は何のために君をゴキブリとし、君は何のためにゴキブリになったのか覚えているかね」
「覚えています。貴方は愛を確かめるために僕をゴキブリとし、僕は人の僕として戻るためにゴキブリになりました」
「そのとおりだ。では君が人の君に戻るための手段はもちろん覚えているよね。他方、君が人の君に戻れない場合はどのようなものか君は覚えているかね」
「もちろん。それは僕がゴキブリとなって1年が経ってしまったとき、僕の人の体がなくなったとき、僕がゴキブリの状態で死んでしまったとき、彼女との接触が1ヶ月以上なかったときです」
「そう、そのとおりだ。ここからが本題だ。はぁ、私もなぜ気が付かなかったのか頭が痛いのだが、これは全部君に関することだ。つまり彼女の生死を問題にしていないのだ。彼女が死んでしまえば君が人として戻ることはありえないのに、死んでしまったときのことを全く考えていなかった」
男は頭を抱え、怒っているような嘆いているような声を出した。なぜ男が頭を抱えているのか僕は少しの間理解できないでいた。しかし記憶の最後の彼女がそれを理解させた。
「それって、つまり・・・。彼女は、彼女は死んでしまったということですか」
僕のその言葉に男はこちらを見る。ただこちらを見る。僕はそうか、全ては無駄に終わったんだと思った。彼女に何回も殺されかけ、友人と思っていた者の裏の姿を見て、ただ苦しかっただけじゃないかと。
「いや彼女はまだ死んではいない。死んではいないが、死にかけている。もうすぐに死ぬといっていい。彼女の、仮に魂と呼ぼう。君にとってはその方がイメージしやすいだろうからね。彼女の魂がもう彼女の身体抜けこちら側に来ようとしている中途なのだよ。もちろん私としても彼女がこちら側に来るのは喜ばしいことではない。しかしそれを阻もうにもその力を別のことに使っていて阻めないのだよ。例えば君の魂をあちら側のゴキブリに定着させたりとか、あちらとこちらの狭間で君とやり取りをしたりね」
男の言いたいことが分かるようで分からない。彼は一体何を僕に伝えたいのだろうか。僕がいるせいで彼女が死ぬということなのか。僕が思考めぐらしていると男が続きを言った。
「つまり私は君の彼女を助けることが出来る。しかしそれには君が邪魔ということさ。君がこちら側にくれば彼女がこちら側に来ることはない。君が死ねば彼女を助けるために私が力を使うことが出来るのさ」
「それって選択させているようでさせていないじゃないか。彼女が死ねば僕は人に戻れないし、そのまま1ヶ月が経ち終わってしまうんだから。僕が死ぬしかないじゃないか」
「待て、私はまだすべてを説明したわけじゃないのだ。彼女が死んでしまえば普通なら君の言ったようになるだろう。しかしこの状況を予期していなかった我々にも責任はある。そこで彼女が死んだ場合、君を元の身体に戻し生かしてあげよう。つまり君が生きて彼女が死ぬか、彼女が生きて君が死ぬかだ」
僕はその答えをすぐに出すことが出来なかった。だって僕は生きたいんだから。人として。しかし彼女を見殺しにするようなことはしたくなかった。だって愛しているから。僕は悩んだ。
ある僕が言った。彼女は僕を裏切っている。僕がベッドで寝ている間、彼女は他の男関係をもったと。またある僕は言った。彼女は僕を待ち続け待ち焦がれ待ちきれず窓から落ちたのだと。
「本当にその2択しか選択肢はないんですか。例えば僕を元の姿に戻して、そのあとに彼女を救うといったようなことは出来ないんですか」
「出来ないね。君を元の姿に戻すと僕はしばらくの間、力を使うことが出来ないかね。私が力を使えないということは彼女を救えないということだ」
「じゃあ、いっそのこと貴方のいうこちら側に2人で一緒にいくということは。そこで2人で過ごすということは」
「それに関しては何とも言えないね。私はこちら側のすべてを知っているわけではないから。ただ1つ言うとしたら、私はあちら側の人たちがこちら側で再会できたという話は聞いたことがない」
僕たちは一緒にいるどころか再会すら出来ないようだ。僕が物語の主人公ならば、彼女を見つけ出してみせるとでも言えたのだろうか。僕はすべてを得られる人間ではないから何かを選択しなければならない。それが今回、僕の命か彼女の命かの選択であるだけだ。あの時は体が勝手に動いて彼女を助けた。今、身体がなく魂だけになって改めて考えるとこんなに迷ってしまうなんて。まるであのときは身体に魂が支配されていて本心からじゃなかったように感じてしまう。
「そろそろ決めてもらわないと彼女がこちら側に来てしまうぞ。早く答えを言うんだ。それともタイムアップを言い訳にして、選択していないように見えて選択するといった手段を取るつもりかい」
「そんな卑怯なことはしませんよ。僕は、僕は彼女の命を救いたい」
最後まで読んだいただきありがとうございます。とくにこの最終話だけではなく最初から読んでいただいた人には感謝というか喜んでますよとアピールしておきます。そんなひとが1人でもいればいいのですが。
この話はもっと短いお話のつもりだったのですが、いつの間にか長くなってしまい期間的にも長いものとなりました。誤字脱字はもちろん、描写やその他の表現が拙いなど反省点は今回も多いです。だからこそ最後まで読んでいただき、さらにはこのあとがきまでも読んでもらえたとしたなら喜びもひとしおです。




