赤道
この風は実存か
この凍えは幻想か
そして
美しさが飛び込んでくる
この欲情が
この確かさだけが
赤く世界を彩る
いつの間に
幻想は実存を支配したのか
果てしなく肥大化していく
貨幣経済とその従属する者たち
実存としての労働は
幻想としての貨幣に変わり
我々は自分自身さえ売り渡して
深く深く幻想の傷は
己の実存に染みる
すぐそこにあるもの
手を握りしめれば感じる実存さえ
信じられなくなっている
口先だけの幻想に
何度も何度も
幾度となく裏切られ
それでも
何処かの生温さに憧れている
雪原を染める
乙女の悲しみさえ
玲瓏の残月のように
やがて消えゆく幻想
そして
あの墨絵の白の山塊は
静かに見つめているのだ
内包する実存の体温を
実存より幻想は発現し
やがて幻想は実存へ還る
雛が巣立ち
遥かな旅を経て
再び親鳥として
巣を作るように
やがて来る華やかな春の稀兆も
絹のように滑らかな冬の横顔も
秋霜の歴史を耐えた堅牢の城も
巨大なる黒炭のような山並みも
そして
どのように愛しい面影も
この胸を刺し貫く痛哭さえも
全ては幻想である
わたしそのものという実存に
決してわたしは触れられない
ただその暗い穴のような処から
立ちのぼるように
湧き上がるように
現れているわたしというもの
これが乞い求め止まないもの
この幻想を具象化するための
或いは儚く
或いは愚かな
しかしながら止むおえなき
山際の夕暮れのような
何時も初めての夜明けのような
この試み
これが生きているという
ただ一つの実感
このために全てのエネルギーは注がれる
人々の眠りを破る汽笛
炎の具象と海嘯の旋律
沢山の足音が聞こえる
青空を割くインパルス
豊かな幻想は
その実存の中で暖かに眠り
満ちて自足する
貧しき幻想は
痩せた肩を独り抱く
凍えて眠れないのだと
貧しさよ
この熱で
射日の矢を放て
幻想の日輪を実存の海へ撃ち落とせ
そのとき蒸発する海水より
世界は霧に包まれる
このとき幻想は実存と溶け合い
あの悲しみたちは蒸せかえる温かさとなって
あの寂しさたちは纏わりつく懐かしさとなって
わたしはそれで胸を満たす
わたしはようやく
肉体という実存を確かにする
そして遥か太古より連なる
わたしたちへ
総ての終末に立つ
わたしたちへ
強大なる火の玉が荒れ狂うままに
海を沸かし
島を焼き焦がし
赤道を具現していく