12月1日(金) 存在の問いへ
僕は、泣いていた。今までで一番、泣いていた。大粒の雨で床を濡らした。
消えてしまったものは戻らなくて、それは永遠に帰らない。
僕らは生きていく必要があるのだ。生きていく使命があるのだ。消えてしまった生の為にも…
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ある冬の朝。日付は12月1日。今日も新しい朝が来た。眠たい目を擦りながら僕、冬野今日はボロボロのアパートの一室の扉を開ける。冷たい風が顔面に突き刺さる。さびついた鉄の柵に手を置き、外を見る。相変わらず、殺風景な街だ。生活感を感じられない。まるでこの街一帯が死んでしまっているように。
部屋に戻る。凍えるような寒さに耐える為、とりあえず分厚い服を何重にもして着る。まるで十二単のようだ。これでは体も動かす事が出来ない。でも、いいのだ。今日も『彼女』が家にやって来るから。
「入るよー」
扉の向こう側から女性の声がする。聞き慣れた声だ。扉には鍵はかけていない。というか、壊れてしまったのでかからないので、誰でも勝手に入る事が出来る。ただ、空き巣に来られようが盗むものは何も無いし、犯罪者がやって来ようとも僕は殺されても構わない。
「またそんな恰好で…」
扉を開け、女子が入ってきて、僕の姿を見て呆れたように言う。前橋真奈。ぱっちりとした目、ポニーテール、それなりに膨らんだ胸。美しいボディライン(今は厚着をしているので分かりにくいが)。明らかに僕なんかとは合わない美少女だ。そんな彼女が何故この部屋にやって来るのか。
「さ、朝ごはん食べよ」
真奈は大きめの鞄を部屋の中心にあるちゃぶ台に置く。僕は衣類に封じられていた両腕をどうにか出し、鞄の中に入っていたものを取り出す。それはお弁当。今日はいつもよりも豪華だ。月の始めだからだろうか。それと、新聞も入っていた。家には電化製品と呼べるものが何も無い。テレビ、洗濯機などは一切無い。勿論、ゲーム機なんて贅沢なものは無い。この年で一人暮らしなのだ。贅沢なんて出来るわけが無い。ラジオすら無いので、情報を得るには新聞を見るしか無い。ただ、新聞を買う余裕すら無いので真奈の家の新聞を読ませて貰っている。
「今日は学校…行くの?」
ちゃぶ台の元に座った真奈が心配そうな顔で問う。僕は現在、高校一年生。学力はここら辺の高校では最低クラスだ。低能ばかり集まるので何かにつけて『厄介事』が起こる。その『厄介事』の矛先は、その低能の中でも一番低能な者に向けられる。世間ではそれを『厄介事』と言う。
「うん。まあね。学校にでも行かないと暇だし…授業料が無駄になる」
僕が一人暮らしをする際に持ち出したお金はほぼ全額、高校の授業料に使われている。それもそろそろ底が尽きそうである。
「…キョウらしいね。その心だけ変に強いとこ…」
「心だけとか言うな」
「ごめんごめん。顔もなかなか良いよね。眼鏡取ればもっとカッコいいかも」
「お世辞はいらないよ」
毎日、真奈とはこんなやり取りをする。僕が人生で幸せを感じる数少ない、と言うか唯一の時間だ。実際、男子たる者、可愛い女子と話す事が出来れば誰だって嬉しい筈だ。ただ、それも日常になってしまえば特別感は無くなる。
僕はスープジャーに入っていた味噌汁をすすりながら新聞に目を通す。四コマ漫画しか見ない、みたいな小学生のような事はせず、ちゃんと隅々まで読む。別に人の話題に付いていきたいから、なんて理由では無い。そもそも話す人だっていないのだし、そんな理由は付きようが無い。
ふと、二面にまあまあ大きく載っている記事に目が行った。そこには大きく『高校二年生女子、飛び降り自殺』の文字が書かれていた。
「自殺…ね…」
「…いじめに遭ってたらしいよ。詳しい事はまだ分からないんだけど」
漏れ出た言葉に、真奈は心配そうな顔で反応する。
自殺した少女の顔写真も載っている。なかなか可愛らしい顔だ。名前は『紺野未来』だそうだ。「ちょっと可愛いから」と言う理由でいじめでも受けたと考えるのが妥当だろう。しかしつくづく思うのだが、何故自殺した人の顔は平気で出しまくるのに、自殺に追いやった連中の写真にモザイク処理がかかるのだろうか。この事件の場合、まだ犯人は特定されてないらしいが。
「飛び降り…よくそんな怖い事が出来るな」
「キョウは臆病だから飛び降りなんて出来ないよね」
真奈はどこか安堵したような声で言う。彼女は僕の自殺を心配しているのだろう。絶対にそんな事は言わないが、確かに心配している。彼女は強い。ただ幼馴染という理由だけで、弱者にここまで力を貸してあげる。何度か告白されたらしいが、全てはねのけて、こんな僕の為に。そう思うと、いくら自分が弱者とは言え、多少は優越感を持てるものだ。ちなみに、真奈は僕とは違って頭が良いので、この辺りでもトップクラスの高校に通っている。
「じゃ、準備するか」
弁当を食べ終えて、欠伸をしながら言う。真奈は弁当を片付け、鞄にしまう。僕は体に乗っかっている大量の服を脱ぎ捨て、クローゼットも無いのでそこら辺に散らかっている制服を拾い集めて着衣する。普通に下着姿であるが、真奈は僕の方を見ていないので気にはならない。真奈の方は顔を赤く染めているようだけど…
制服に着替える。馬鹿みたいに着崩す輩が多い中、真面目にきっちり着込む僕は逆に浮いている。世界はどこまでも理不尽だ。天は二物を与えず、と言うがそれは嘘だ。一物すら与えられない者がこの世にはいる。正義とは何だろう?最近、よくそんな哲学的な事を考えてしまう。数の多いものが正義だとすれば、僕は異端者で、根源的悪とみなされる。異端者は反駁され、淘汰される。世界なんてそんなものだ。
「じゃ、行ってきます」
頭の中の嫌な考えを払拭し、僕は扉を開ける。やはり、外は寒い。いよいよ冬も本番だ。冬はあまり好かない。低能どもが外で暴れてくれる夏とは違い、まるで虫のように冬になると屋内に溜まる。中には特に遊び道具が無いので、自然とその遊びたいという欲求は僕のような弱者に向かってくる。全く、鬱陶しい。
「行ってらっしゃい」
真奈は笑顔で僕を送り出す。母親のような風貌だ。真奈は僕が学校に行った後は部屋の片づけをしてくれる。最初はそんな事やらせまいと断っていたのだが、それでも止めないので好きにさせている。あれぞ、お節介というものだ。だが、真奈のお節介は快適だ。鬱陶しいだけのお節介をしてくる人は嫌いだ。
僕はアパートの一階まで階段で下り、通学路を歩く。空には暑い雲が埋め尽くされ、まだ外は薄暗い。ただでさえ陰鬱な気分になる通学路だと言うのに、こんな天候だと更に気分が悪くなる。雨も降りそうだ。でも、傘は持って行かない。持って行った所で、消失するかボキボキに折られるだけだ。
通学路を歩き続けていると、段々と他の生徒の姿が見えてくる。普通、僕の住んでいる場所から学校の距離からすれば自転車通学が普通の筈だが、自転車なんて用意出来る筈も無い。というか、元々あったのだが誰かに破壊され、見るも無残な姿になってしまったのだ。どんどん自転車通学の生徒に追い抜かされていく。
学校に着く。僕が通っているのは『県立曙光高等学校』。さっきも言った通り、レベルは低く、とりあえず授業を聞いていれば受かるレベルである。出来ればもう一つ上ぐらいの高校に行きたかったが、どんなに勉強しても学力は伸びず、結局ここになった。私立じゃなかったのが唯一の救いだ。私立に行ってしまったら学費が払えず、高校に通う事すら出来なくなってしまう。
教室に入る。相当早く家を出た筈だが、ほとんどの生徒が既に来ていた。一瞬、生徒の注目が僕に集まる。不快な視線。見る者を視察し、刺殺するような眼差し。これにはどうやっても慣れない。さっき、日常となれば特別感は薄れると言ったがこれだけは例外だ。
その突き刺すような視線を浴びながら自分の席に向かう。そこには、紛れも無い『日常』があった。
「ご苦労なこったな…」
今日は机に白い菊の花が花瓶に入って置かれていた。これを最初にやられた時は戸惑ったが、最近では何も思わない。逆に、こんな僕の為にわざわざ花を買ってくれる皆に感謝したい。机に落書きよりかは随分マシだ。あれは消すのに苦労するし、消している無様な姿を晒さなくてはならない。
僕は花瓶をそっと机から下ろし、席に着く。瞬間、尻に激痛が走る。慌てて立ち上がる。一体何が起こったのだろうか、と尻を撫でてみると何か固いものが尻に付いていた。周りから小さく笑い声が聞こえる。小さい声とは言え、耳には痛い程突き刺さる。ついでに、尻にも画鋲が突き刺さっているらしい。急いで画鋲を引っこ抜く。その痛さに涙が溢れそうになるが、何とか抑える。泣いちゃ駄目だ。泣いたら負けだ。この勝敗の無く、永遠に続く勝負に敗北してしまう。
心に秘めたこの思いを胸に、今度こそ僕は席に着く。
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全ての授業が終わり、放課後になる。僕は部活に入っていないのでこの後は帰るだけだ。まあ、最初は陸上部に所属していたのだが、そこでも酷いいじめ&体罰に遭い、無許可で部活から去った。実質的な退部状態だが、退部届を出していないので、未だに幽霊部員扱いなようだ。
靴箱を見ると、何か手紙のような物が入っていた。というか、手紙だ。いつもは大量のごみや泥が入っている為、珍しいプレゼントだ。逆に怪しい。警戒しつつも手紙の文面を見る。そこには女子のような丸っこい文字で短い文が書かれていた。
『お話があります。体育館の裏まで来てください。待ってます。』
つい、乾いた笑いが出る。ほんの僅かにラブレターかと期待してしまった自分が愚かしいにも程がある。体育館裏なんてベタすぎて笑えてくる。一体、彼らはどこまで暇なのだろう。こんな僕のような弱者に構って何になる?何の得をする?僕のようなつまらない人間を玩具にして…何が楽しい?
外に出る。案の定、外では雨が降っていた。かなり酷い雨だ。風も強い。冬だと言うのにこんなに雨が降るなんて…と、意味の無い事を考えながら、目的地へ向かう。目的地と言うのはアパートでは無い。あの手紙で指定されていた体育館裏だ。雨は容赦なく僕の体をうちつける。このままだと教科書も濡れてしまうな…と、自分よりも教科書の心配をしていると、いつの間にか目的地に着いていた。
「よお。来たんだ。冬野」
ニヤニヤしながら、傘を差した男三人組がこちらを見据える。思った通りだ。どこまでも下劣で卑劣で卑俗で俗悪な奴らだ。
「もしかして…冬野くんさ、本当に女子に呼ばれて来たの…?クッソ受ける」
男の一人が大爆笑する。釣られて他の二人も笑い出す。確かに、それは笑える。一瞬でもその期待を持ってしまったのだ。思い出すと僕まで笑えてきた。
「…ってぇか、何お前まで笑ってんだよ…うぜぇなぁ!」
リーダー格のような体格の良い男が拳を作り、僕の顔面目掛けて殴りかかってくる。生憎、僕は攻撃を避けられる程の反射神経の持ち主では無い。拳は顔面に直撃し、吹っ飛ばされる。雨でぐちゃぐちゃになっている地面に体が叩きつけられる。眼鏡が割れてしまった。
「…やめてくれよ。服が汚れる」
僕は倒れるも、すぐに立ち上がる。これが精一杯の抵抗だ。最弱キャラが実は最強でした…なんて設定がよくあるが、残念ながら僕は普通の少年だ。いや、自分の境遇からして普通じゃないかも知れないが、それでも普通だ。だから、彼らに抗ったところで何も出来ない。何故か。敵は学校中にいるのだ。勝ち目は、無い。
「ちっ…なめやがって…ぶっ殺すぞ」
さっきまで笑っていたと思ったら、今度は怒りの表情になり、こちらを睨んでくる。全く、喜怒哀楽が激しい男だ。
「僕は何もなめてない。それにぶっ殺すとか言って…どうせ殺す勇気なんて無いんだろ?」
拳で勝てないなら言葉で戦え、それが僕の流儀だ。これが僕の出来る最大級の抗い。だが、言葉は弱い。どんなに言葉で攻撃しようが、返ってくるのは拳の返事。それにどんなに必死に抗議しても、それは笑いの的にしかならない。
その考えは見事に的中。顔を真っ赤にした男が今度は僕の腹に蹴りを入れてくる。僕はまた吹っ飛ばされ、汚い地面に倒れ込む。
「なめてんだよ…お前。知らねぇとでも思ったのか?」
「な、何がだ」
「お前、女と一緒に住んでんだろ?それもこの街一番の美少女と噂の前橋真奈と!」
ふらふらになって立ち上がった僕のみぞおちに拳が入る。強烈な痛みに、膝から地面に倒れる。顔面が泥まみれになってしまった。すると、頭に何かが乗っかったような感触を覚える。靴で踏まれてるのだろうか。
「てめぇみたいなカスに女が出来るとか…ありえねぇ…死ねよ…死ねよっ!」
完全に逆恨みだ。とは言え、実際僕もそう思っている。僕みたいな男にあんな女性はどう考えても不釣り合いだ。
「でもまあ、その女もこんな奴とくっつくなんてセンスねぇんだろうな」
「はは、その女、見た目だけで性格糞なのかもな」
男共は汚く、凄惨に笑う。そうだ。確かに僕と真奈は不釣り合いだ。だが、真奈は悪くない。性格だって天使のように良い。僕が原因で彼女まで悪く見られるなんて、本意じゃない。
「ざけんなよ…」
泥まみれになった体を全力で起き上がらせる。その反動で頭を踏んでいた一人の男は無様にずっこけてしまった。泥で覆い尽くされた醜い顔を男たちに晒す。
「てめぇっ!」
倒れてしまった男は立ち上がり、僕の腹部にパンチを食らわせる。僕は血反吐を吐きつつも、何とか耐える。だが、容赦なく今度は顎にアッパーカットを食らう。軽く上に吹っ飛んだ。そしてがら空きになった僕の腹に相手は回し蹴りを加えると、体重の軽い僕はあっさり吹っ飛んでしまった。
「ぶっ殺してやろうかと思ったけど今日は勘弁してやる。もしまだ前橋真奈と付き合うようなら今度こそぶっ殺す。ま、俺らが殺す前に死んでくれてもいいけどな」
そう言うと、男たちはゲラゲラ汚く笑いながら去っていった。残されたのは地面に倒れている僕だけだった。
●●●
既に時刻は八時を回っていた。暫くあまりの痛さに気絶していて、目が覚めたら外は真っ暗だった。未だに大粒の雨が降り注いでおり、冷えきった体をさらに濡らしていく。正直、死ぬ程寒い。早く家に帰りたいが、疲れ果ててまともに歩けない。きっと真奈が心配している。彼女はお節介であると同時に心配性でもある。本当に母親のようだ。世の母親は皆、そうやって息子を温かく迎えてくれる筈だ。ただ、僕はその『世の母親』には出会えなかったわけだが。
「本当に…死のっかな…」
男の言葉を脳内で反芻する。彼は「俺らが殺す前に死んでくれてもいい」と言った。本当に死んでやろうか…「死んだら負け」だのと抜かす連中もいるが、それは間違いだ。死んだ方が世界が上手く回る事もある。特に僕の場合はそうだ。僕が死ねば真奈に今後迷惑をかける事は無いし、遺書を残しておけばイジメていた連中に制裁が下る。僕自体、誰にも必要とされて無いのだし、死んでも誰も嘆かない。
ただ一人、例外はいるのだけれど…
などと考えていた時、うっすらと遠くに人の影が見えた。僕は思わず立ち止まる。何故立ち止まったのかは分からない。でも、金縛りにでも遭ったかのように体が動かない。一歩、一歩、人影はこちらに近付いてくる。最初は人かどうかも区別が付かなかったが、それが女性であることを今、認識した。人とすれ違っても別に何も感じる事は無いが、何故か今に限っては目を離せなかった。
女性は僕とすれ違う。彼女は制服姿だった。僕の高校の制服とは違う。だが、そんな事はどうでもいい。
「あ…あ…あ…この人…は…」
その顔、どこかで見覚えがある。可愛らしい顔だ。さぞ、学校ではモテたことだろう。しかし、どこで見た。思い出せ。そうだ、朝だ。で、朝のいつどこで見た。そうだ…確か、真奈から貰った新聞の…何の記事だ?朝に見た記事って言ったら…
「紺野…未…来…」
朝に見た記事、そう。女子高生の自殺の記事だ。その記事で彼女の顔を見た。そこに載っていたという事は、それの関係者だ。なら、それは加害者か、被害者か。加害者ならモザイク処理がかかるので顔を認識する事は難しい。だとすれば、残る選択肢は一つだ。
「ひ、ひ、ひ…ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
彼女は死んだ。死んだ人間がそこにいるという事は…即ち幽霊。幽霊なんて怖くない…そう思っていた時期が僕にもあった。だが、実際に見てしまえば話は違う。
「ぎいやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
情けない声を上げながら、僕は走った。金縛りは彼女の姿が見えなくなると解けた。今まで出した事の無いスピードで、情けないフォームで走った。この速度があれば体育祭でもヒーローになれるな…なんて考える余裕は無かった。
でたらめに走っていると、公園に辿り着いた。何も考えていなかったのでアパートでは無くこんな場所に来てしまったというわけだ。こんなに走ればもう幽霊はいないだろう。というか、別にゾンビのように追いかけてきたわけでは無いので走る必要も無かったかも知れないが、気が動転していたので仕方が無い。
最近まともに走っていなかったので過呼吸ぎみになっている。土管に座り込む。そういえば、昔よくこの公園に来ていたっけ…この土管に潜り込んで遊んでいたな…
昔見た光景が呼び起こされる。父と僕でこの公園に来た思い出。滑り台やブランコでくたくたになるまで遊んだ記憶。そして、そこから崩壊していく世界。そしてやって来る終わりの物語。
いらない事を思い出してしまった…過呼吸も治まってきたので、土管から腰を上げる。すると、どこからかすすり泣くような声が聞こえてきた。大雨の中、やけにはっきりと聞こえる泣き声。その嗚咽は女の子の声だ。
「まさか…幽霊が…」
顔が蒼ざめてくる。だが、今度は逃げなかった。逆に声の主を探し始めた。幽霊に会えば一緒に死後の世界に行けるんじゃないか…という魂胆だ。馬鹿げた発想かも知れないが、今、僕はそれぐらい精神的に参っていた。
などと考えていると、ジャングルジムの近くに一つのダンボールがあるのに気づいた。あんな所にダンボールがあるなんて不自然だ。確認する為にダンボールに近付いていく。同時に、すすり泣く声も大きくなっていく。
「こ…これは…」
ダンボールに辿り着く。そこには信じられない光景があった。ダンボールには油性ペンで『拾ってください』の文字。猫か犬でも入っているのだろうかとダンボールを覗く。そして、そこにいたのは。膝を抱えて座り込み、しくしく泣いている…小さな女の子、もとい幼女だった。
「大変だ…」
親にでも捨てられたのだろうか。こんな時期だと言うのに下着しか着ていない。雨に濡れて肌が透けている。顔は膝の中なので確認出来ないが、とにかく今やるべき事は一つだ。
「助けないと…」
自分の事で精一杯な僕が人を助ける。自分でも何故こんな事をしているのか分からない。でも、何となく、何となく彼女と自分を照らし合わせてしまう僕がいた。
ダンボールから女の子を抱え上げ、お姫様抱っこの状態にする。見えてはいけない部分が見えている気がするが、今はそれどころでは無い。このままここに放置していたら風邪程度じゃ済まないだろう。もう走る気力だって残っていない筈なのに、さっきよりも更に速く、走る。何か、彼女を助けなければいけないという神のお告げのようなものが聞こえたのだ。
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「ちょ、キョウ!どうしたのその体…で…その女の子…」
部屋には真奈がいた。晩御飯を持ってきてくれていたらしい。この部屋には電気が一切通っていないので、三つのランタンが部屋に置かれている。部屋が狭いおかげでその程度の明かりでも十分だ。
「いや…これは…その…誤解をするなよ。公園でずぶ濡れになってたから助けてあげたんだよ」
「そ、そうなんだ。じゃあ早く入って」
真奈に促されて、僕と女の子は家に入る。僕は女の子をとりあえず下ろすと、僕は疲れ果て、倒れた。
「え…キョ、キョウ!?」
「ちょっと疲れた…大丈夫だから俺は。早く女の子の体を拭いてあげてよ」
「え…うん。分かった」
こうやってボロボロで帰ってくる事はこれまで何度かあったので、真奈は適切な判断が出来る。真奈は女の子の体をタオルで拭き始めた。服を脱がせ始めたので慌てて目を背ける。残念ながら、僕はロリコンじゃないのだ。幼女の体を見て喜ぶ趣味は無い。
気が付くと、体から水分が無くなり、新しい服を着ていた。下着だけは替わっていなかったのは真奈が少女だからだ。いくら幼馴染とは言え、越えてはいけない境界線と言う物がある。正直、一番着替えたいのは下着なのだが…だるい体を無理矢理起こすと、そこにはまだ真奈と女の子がいた。女の子はすやすやと眠っていた。とりあえず僕の服を着させられているが、どう考えても大きすぎる。時計の針は既に十一時を差していた。
「あ、起きた?」
「真奈…こんな時間までいていいのか」
「うん。全然平気。親ももう私の事見放してるし」
「そ、そうなのか」
こんな時間に年頃の女の子が男の部屋にいるのはどうかと思うが、どうせ行っても聞かないので放っておく。それに、あの女の子の面倒を見れるのは真奈だけだ。僕には残念ながらお守りなんて出来ない。
「…この娘。名前、未来って言うんだって」
「未来…その名前…」
いや関係無い筈だ。紺野未来はこんな幼い姿では無い。ただ名前が同じだけの、別人だ。
「今日はここで泊まる事にするよ。今から外に出たら変な人に誘拐されちゃうかも知れないしね」
「…僕は変な人じゃない」
「やだな、キョウの事言ったんじゃないって。それに、未来ちゃんの面倒を見ときたいしね」
「いや、でもな…」
「平気だよ。キョウは隣で女の子が眠っていたら襲うような男じゃないって、私分かってるし」
「いや…そんな事言ってるんじゃないって」
「…ま、キョウになら変な事されても許すけどね」
「…は?」
真奈はそれだけ言うと、大きな欠伸をして床に寝ころび、目を閉じた。流石に年頃の男とは言え理性は働く。真奈は眠ったようなので、僕は下着を履き替えた。同時に、大きなくしゃみが出る。風邪を引いてしまったらしい。まあ当然だ。明日は土曜日で学校が無いからそこまで問題は無いのだが…
僕はランタンを全て消し、真っ暗になった部屋に寝ころぶ。二人分の寝息が聞こえる。少し間違いを起こしそうなので、さっさと寝ることにした。眼を閉じる。未来ちゃんについては、明日よく調べることにしよう。
この小説、全31+1話を予定しています。
ちなみにサブタイトルは毎回哲学書の題名から取ろうと思っています。