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巨神迷宮譚  作者: みざり
8/14

迷宮1~5階層まで

できた!




「……迷宮が簡単すぎる件について」


 そう、簡単なのです。

 いえ、まぁ、ギルマスからの話で苦戦するものでないことは理解してましたが、期待が大きすぎたせいで落差がひどいです。

 現在、俺ことキイロは迷宮の通路を歩いています。


「ギャアッ、ギャアッ!!」


 出てくる魔物もゴブリンと大鼠と呼ばれる犬と同じくらいの大きさのネズミの魔物の二種類だけですから。


「えいっ」


 現れたゴブリンを軽く叩くと熟れた果実を潰したかのように頭部が弾け飛びます。

 さっきからこの繰り返しです。

 大鼠にしろゴブリンにしろ血肉を持った存在ですから潰すたびに飛び散って汚れがついて気が滅入るものです。

 そして既に迷宮の三階層にいるわけで最初に立てた目標、その半分以上が到達されているわけで。


「どうしましょうかねぇ? 五階層より下に行くには少し準備が足りませんし」


 これは完全に門番のお兄さんは喧嘩の売られ損でしたね。

 戻ったときにでも謝っておけば問題もないと思いたいですね。


「チチッ」

「ギャギャ」


 おや、ゴブリンと大鼠が同時にやってきました。

 同時にやって来たところで、


「よっ」


 ブンッとイグドラを横に一振りすれば通路の壁に血をブチまけるだけです。


「まだイグドラの重さに慣れませんねぇ。もう少し込める力は弱くても問題ない……か」


 これが五階層より下に行かない理由の一つです。

 俺にとっては程良い重さでも他の存在には致命的なわけで、魔物の中でも最弱と言っても過言でないゴブリンと大きさ以外は普通の動物と変わらない大鼠をせめて原形が残せるようになるまでは五階層より下に行かない方が良いでしょうから。


「うーん、手袋でも持って来れば良かったかもしれません。クズ魔石とでも現状は貴重な収入ですからねー」


 迷宮において死んだり活動を停止したりすると迷宮に取り込まれ、きれいさっぱり後も残ることもありません。だから人死にの絶えない迷宮であっても地下特有の陰鬱さこそあれど意外ときれいなものです。

 けれど迷宮に取り込まれるまでは少しの猶予があり、素材を回収することもできます。

 ゴブリンや大鼠だと取れるのはクズ魔石と呼ばれる大した値にならない小さな魔石だけなんですけどねー。

 それも血塗れドひどいものです。

 んー、正直俺も含めた北部辺境民は重さに大して鈍いのですよねぇ。下手に力の強いせいで重さを感じるのも久しぶりなので、ギルドの訓練場で全力を出していた時はテンションも上がっていたり、今みたいに手加減する必要もなかったこともあって違いに戸惑っています。


「うへぇ、大事な収入とは言ってもクズ魔石程度に血で汚れるのは割に合わない気がします」


 普通の武器ならこんなことも悩まないのですが、自分に合った武器を見つけたら見つけたらで悩むこともあるとは。


「まぁ、贅沢な悩みなんでしょうけれど」


 まぁ、まだ潜り始めたばかりですし今日一日かけてでもある程度の目途が立てばいいのですが。


「ギャッギャッ」

「ギャギャギャ」

「ギャアッ」


 それに低階層にいる魔物は基本的にすぐに補充リポップされますから、練習相手には困りませんし。

 先ほどよりも力を抑えて振られるイグドラがゴブリンどもを叩き潰していきます。

 そして、飛び散る血と肉片。


「……それでも汚れるのは勘弁願いたいです」




  ◇




「ただいま戻りましたー」

「おう、キイロか……ってきたねぇ!」

「傷心中の幼気な少年になんてことを言うんですかぁ。泣きますよー」

「……とりあえず水浴びてこい。話はそれからだな」


 あのあとなんてことなく五階層にたどり着きましたが、結局最後までゴブリンや大鼠、五階層で加わった蛮犬ワイルドドッグと呼ばれる犬型の魔物も一切の慈悲なく血と肉片に変えてしまいました。

 最後はやけくそになって通路に『イグドラ』を転がしたところ、魔物が轢き殺されていく様はいっそ笑えました。

 よく考えれば、他の探索者もいたかもしれず浅慮な行いだったとしか言えませんでしたが。

 そして、結論を言ってしまうと少なくとも低階層じゃ『イグドラ』自体が過分なのでしょう。

 せっかく手に入れた武器ですけれどしばらくは封印しようかと思います。


「あー、まぁ、考えられないことじゃねぇわな」


 そんなことを昨夜泊めてもらっていたエシャナダさんの工房に戻って話してみると、エシャナダさんも遠い目をしています。

 あ、そういえば『イグドラ』について一つ分かったことがありました。


「そういえば、『イグドラ』ってたぶんまだ生きてますよね?」

「……どういうことだ?」


 スッとエシャナダさんの目が細められます。

 迷宮で実際に『イグドラ』を振って分かったことをエシャナダさんに話していきます。


「『イグドラ』って血で汚れないんですよ」

「あん?」


 そう『イグドラ』は血で汚れることがなかった。

 今回、虐殺した魔物の数は魔石の数から逆算して百体近いものでした。最後の『イグドラ』転がしでは大半の魔石が砕けてしまったので確実に百体以上を殺しているでしょう。

 それだけ殺し回って、一体の例外なく身体の一部、あるいは全身がミンチになっています。

 だというのに『イグドラ』に血が付くことはありませんでした。

 そこで試しに『イグドラ』にわざと血を塗り付けてもすぐに消えてしまいました。これは迷宮による取り込みとは違うことははっきりとしていました。不思議なことですが一度剥いだ素材や武器や防具に付いた魔物の血液などは迷宮に取り込まれることはないからです。

 そういったことをエシャナダさんに話していきます。


「いえ、正確には消えたのではなくて、付いた血液を吸ったんでしょうね」

「そりゃまた呪いの武器みたいな話だな。あるいは生きてんじゃなくてそういう特性の可能性もある。一品物ワンオフの類には希にだがそういうのもあるからな」

「呪いとは違うでしょう。もしそうなら俺だって無事じゃないでしょうから」

「そもそも呪いの武器なんて売ったりしねぇよ」


 どことなく不機嫌そうなエシャナダさんに軽い調子で謝り、話を続ける。


「血液を吸ったというのは俺の個人的な見解でしかありませんから、エシャナダさんに話を聞こうかと思ったんですけれど」

「あー、悪いけどよ。『鑑定』は俺じゃ出来ねぇぞ」

「やっぱり、ですか。エシャナダさんはギルド専属の鍛冶屋ですから『鑑定』持ってるかもしれないと思ったんですけれど」


 ここで言う『鑑定』というのは一種の技能にあたり、『鑑定』技能を持っているだけで一生生活に困ることがないと言われる特殊な技能です。

 この技能は先天的にしか得ることができないもので、同じく先天的な才能によってしか得られない技能の中では『治癒』魔法に並びレアとされる技能の一つです。

 そういった先天性の特殊技能は『天賦の才(ギフト)』と称します。

 俺の怪力もある種の『天賦の才』と言えるかもしれません。


「そういったのはやっぱギルド程度じゃ手に負えないこともあるからな。本部クラスなら『鑑定』持ちもいるかもしれないが流石にこの街にはいねぇだろ」


 『鑑定』というのは道具や武器を見れば品質、状態など一発で分かりますし人を見ればその人の名前や年齢などの簡単な情報だけでなく、その人の功罪までも覗けるわけです。それでは都合の悪い人間というのは多いもので命の狙われることも少なくないそうです。そういった厄介の種を抱えたいと思う人間は少ないのです。


「なんなら酒樽にでも漬けてみるか? 意外といける口かもしれんぞ」

「あっはっはっは、流石にドワーフのエシャナダさんほどじゃないでしょうがねぇ」

「違ぇねぇ」


 お互いに笑い合いますが、どちらともなく笑うのをやめて真顔になります。


「ちょっと待ってろ、樽取ってくる」 

「ええ、お願いします」


 エシャナダさんの工房の奥は彼の自宅になっていてそこから酒樽を取ってくるのに大した時間はかかりません。


「じゃ、漬けてみますけどいいんですか? 酒樽一つ空けることになるかもしれませんよ?」

「構わねぇさ、そんなに値の張るもんでもねぇからな」


 いくら安酒でも樽一つとなると銀貨一枚はするはずなんですけどね。本人が良いと言っているので『イグドラ』を酒樽に突っ込みます。

 しばらく無言で待ちますが変化はありませんでした。

 エシャナダさんと二人してはぁっ、と息を吐きます。


「よく考えれば消えたとはいえ、魔物の血が付いた武器を酒樽に漬けたら飲めなくなりますね」

「そう考えるともったいないことしたな」


 生憎、『イグドラ』は酒は好まないようで魔物の血とは違い吸収することはありません。

 気が抜けたのか『イグドラ』から手を滑らせ、倒してしまいました


 ――ドンっ!!


「うぉッ!! 危ねぇっ!!?」

「ああっ! すみません!!」

「いや、良いんだが気をつけろ。流石にこれに倒れ掛かってこられたら俺じゃ死んでもおかしくねぇんだからよ」


 『イグドラ』はエシャナダさんと俺の間に倒れたので問題はありませんでしたが不注意に違いありません。

 何せ『イグドラ』がエシャナダさんの方に倒れてしまえばドワーフの例に漏れず背の低いエシャナダさんの頭に直撃することになりますから。


「すみません。酒樽も倒しちゃったんで酒もこぼれ……」


 そこまで言って、工房の床を見た俺の言葉は止まります。

 エシャナダさんも驚いています。

 工房の床は濡れていませんでした。

 倒れた『イグドラ』を手に取り、ひしゃげた酒樽も一応戻しましたがそこに酒はありませんでした。あるのは酒が入っていた名残りであるアルコールの匂いだけ。

 

「こいつぁ驚いた」


 エシャナダさんは工房の床をぺたぺたと触りますがその様子ではやはり酒は『イグドラ』に吸収されたのでしょう。そもそも工房の床は土ではなく石なので地面ほどすぐには染みこんだりはしないはずです。


「これでそれが血を吸ったのは確定だな。流石に生きてんのか、武器になったことで得た特性なのかまでは分からんな」

「ですね。まぁ、今のところは様子見ですけど」

「だな。早々変わりが見つかるわけでもない」


 別に悪い影響があるわけでもないのでしばらくは放置で良いでしょう。

 問題があるのなら残念ですけれど自分の手でこの『魔鋼杖イグドラ』を折ることになるでしょうが……。


「ああ、そういえばキイロ、お前さん。迷宮の門番に喧嘩売ったろ?」

「うっ……」

「まぁ、大方迷宮が楽しみで暴走したんだろ?」


 昨日の様子を見れば分かる、とエシャナダさん。

 門番のお兄さんにはまだ謝罪してません。帰り際、詰所を覗いたら門番の仕事は半日で交代するらしくいなかったんですよねー。

 そんなわけで罪悪感もあり縮こまります。


「と言っても説教するつもりはねぇ」

「え?」


 おや? 意外なお言葉が……、


「そういうのはギルドでやんだろ」


 まぁ、そうですよねー。明日、ギルドに顔を出すのが少し憂鬱になりました。


「だがまぁ、確かに見た目はただの木の棒だからな。目立つわな」

「あー、確かに門番のお兄さんに止められたのもそれが原因でしたね」


 門番のお兄さんは『イグドラ』が木ではなく鉄などの見た目だったら止めたりしなかったでしょうし。


「そこでヘヴンス、直々の依頼でな」

「ギルマスの?」

「ああ、報告聞いて頭抱えたらしい」


 ククッ、と友人の苦労を笑うエシャナダさんは実に楽しそうでした。


「それで依頼内容なんだがそれに色を付けるんだ」

「色ですか?」

「ああ、黒く塗るだけでも印象は変わるだろ。だから、色塗りが済むまではペナルティーの塩漬け依頼を片しとけ、ってのが伝言だ」


 まぁ、確かに明らかに『木』って感じの杖よりかはマシになるでしょう。


「絡まれるのは自分としては避けたいのでやってくれるならありがたいです」

「おう、任せとけ。ただ一つ懸念があってな」

「懸念?」

「最初は色塗るだけだし一日もありゃ十分だと思ってたんだが、その『吸収』がどこまで働くのかわかんねぇ」

「ああ、なるほど」


 確かに『イグドラ』の吸収効果がどこまで働くか見ていないし、もしかしたら塗料も吸ってしまうかもしれない。


「そこら辺は明日確かめるが場合によっちゃあ時間がかかるかもしれん。塩漬け依頼が片付いて迷宮に潜ることがあったら言え。生憎、『魔鋼杖』ほど丈夫なのは用意できんが普通の武器なら貸してやる」

「いえ、必要ありませんよ」

「遠慮しなくてもいいんだぞ。壊れても武器のお題はヘヴンスに払わせるから」


 いえ、そこでギルマスに請求しちゃったら駄目でしょう。

 それに、


「遠慮じゃありません。一族の掟……みたいなものですかね?」

「掟?」

「ええ、『我らにとって武器とは一時のものにしか非ず。されど、いや、故に次があると思うな』って感じの」

「へぇ、しがない武器打ちとしちゃあ武器に思い遣りがあって嬉しい限りだな」


 エシャナダさん、あなたがしがないんだったら他の鍛冶師はどうなるんですか。


「ま、まぁ、そんなわけで他の武器はいりません」 

「なるほど、そんなこと言われたら引き下がるしかねぇな」


 エシャナダさんも納得してくれたようなので話はこれで終わりですかね?

 いい加減、外も暗くなりお腹も空いてきました。

 そのあとはエシャナダさん行きつけの酒場に連れて行ってもらいました。

 北部辺境の民とって酒なんて水と変わりません。酒場にいた人間全員を酔い潰してやりました。






「そういやぁ、低階層のうちはコイツ使わねぇんだよな。どうするつもりだったんだ?」

「素手です」

「……まぁ、ありえ……なくはねぇ……か?」


 そんな会話はきっと蛇足でしょうね。



日曜日にしか書けないので投稿はどうしても月曜日にしか無理そう。

ちなみに『イグドラ』は泣き上戸

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