魔鋼杖イグドラ
ちょっと遅刻した
「本当にっ、すいませんでしたー!?」
どーも、皆さん。やらかしたキイロです。
いやぁ、全力で振っても壊れない武器にテンションが上がりすぎましたね! いつもならもう少し自制の効くものなんですがねー。
場所は再びギルマスの執務室、土下座した木の床にはじんわりと体温が伝わり心地のいい温度でした。
「俺も不用意にキイロに全力出しても大丈夫だと安請け合いしすぎた。俺からも頭を下げよう」
「そんな、エシャナダさんが謝ることないですよっ」
エシャナダさんの言葉に頭を上げると、エシャナダさんは土下座こそしていませんでしたがギルマスと向かい合う形で座っていたギルマスとルゥシャさんに頭を下げていました。
「いや、まぁ、訓練場こそひどい有り様だが怪我人もしねぇし問題はねぇよ」
「むぅ、しかしだな。あれだけの惨劇を戻すにも少なくない費用も掛かるだろう?」
そうです、訓練場には最後の一撃で大きな穴が空いていますし、その影響で土が周りに飛んでボコボコになっています。そんな中でも折れたりしない『魔鋼樹』には喜ばしい限りではあるものの、同時に少し呆れもします。あれだけの力で振っても少しも壊れる様子を見せないのはどういうことなんでしょうか。
話がズレましたね。
エシャナダさんが言うには訓練場を直すにはお金がかかるそうです。となると、もしかして自分は迷宮街にたどり着いてわずか一日で借金持ちになってしまったのでしょうか。……あわわわっ。
「だから気にすんなっての。元々訓練場ってのはある程度、荒れんのが前提なところがあるから修繕費も予算に組まれてんだよ。それにギルドにも土術師はいる。見た目ほど金がかかることはねーよだろ。だからキイロもそんなに青くなるなよ」
「そうですね。C級以上の術師なら一晩あれば問題ないでしょう。……徹夜ですかね」
おや? ルゥシャさんから何やら黒いオーラが。最後の方のつぶやきは小さくて聞えなかったのですが、どうやらギルドの事務的な業務を手掛けているルゥシャさんのお墨付きがもらえるのであれば問題ないでしょう。ホッと胸をなでおろしました。
ちなみにギルマスとルゥシャさんの言った土術師というのは土属性を使う魔術師という意味です。
基本となる属性は『火』、『風』、『水』、『土』、『光』、『闇』の六属性、属性ごとに火術師、水術師といった具合に呼ばれます。時折、二つ以上の属性を持つ人もいますがそういった人は大抵、上位の属性を使えるのでそちらで呼ばれることが多いです。上位属性は二つ以上の属性の魔力を混ぜることで発現する属性なのですが、有名なのが風、土で発現する『雷』や水、風で発現する『氷』などがあります。
なかには神話で語られる全属性を混ぜ合わせることで発現する『無』属性なんて存在するそうです。そもそもこの属性魔力を混ぜ合わせるということ自体が難しいので、全属性を混ぜ合わせるなんてことは不可能のように思えますけれどね。
「しかし、流石に何の罰則もないわけにはいかねぇ」
「ま、そりゃそうだ」
「借金にならないのであれば問題ありません」
ペナルティーなしとはならないようですがどんなことをやるのでしょうか?
まぁ、お金の問題以上に厄介なことにはならないでしょうから良いのです。
「まずはエシャナダ、お前は武器をいくつか職員用に卸してくれ」
「ま、妥当だな。誰のだ?」
「フューリ、アンザスとあとはイーアだな。キイロ、お前はどうすっかなぁ……」
「そうですね。キイロ君ほどの実力があると下手な仕事を任すのも微妙ですしね」
別にどんな仕事でも実力内の仕事であるならきちんとこなすのですが。
「よし、決めた。おい、ルゥシャ。確か依頼のいくつかが塩漬けにされていただろ?」
「はい。結構な数がありますね」
「なら、それをキイロに五つ達成してもらう」
「塩漬け?」
依頼を五つは内容にもよるでしょうが大抵は問題ないとは思いますが、塩漬けというのは初めて聞く言葉です。
「ああ、塩漬けってのは依頼の難易度に対して依頼料が割に合わなかったりするとこの街を拠点にしている連中も受けなくてな、ずっと残ってる依頼のことだ」
「へぇ、そんなこともあるんですね」
「まぁ、連中にも生活があるから仕方ないんだがな。依頼の仲介を請け負ってるギルドとしてはそれじゃ困るんだな」
「そうですね。ギルドとしても受けて欲しいのですが今回のようにペナルティーとして請け負ってもらおうにもそういった人たちは大抵が素行に問題があるので……」
納得です。
ただでさえ待たせて印象悪いところに素行に問題のある人を送り込むわけにいかないけれど、素行に問題のない人だと依頼料の点から受けてくれないと。
「そういうことなら了解です。あとでその依頼、確認しておきます」
「ええ、受付にはこちらから連絡しておきますので名前を出してくれれば確認できるようにします」
これで話は終わりでしょうかね。
ああ、宿についても聞いとかなければいけませんね。
「ああ、キイロはちょっと待て。ルゥシャは連絡回してこい」
「了解しました」
?
ルゥシャさんが部屋から出て行きますが、俺は呼び止められました。
「ちょっと確認しておきたいことがある」
「おいおい、まだあんのかよ」
「いや、お前も帰っていいんだがな」
「バカ言え。ここまで来たら最後まで付き合うぜ」
エシャナダさんも残るようです。
ギルマスがため息一つ吐き、見た感じ普通の鉄剣を取り出しました。
「なぁ、キイロ。お前、これを壊すのにどんくらいの力があればいける?」
んー、質問の意図が読めませんけれど今更隠す必要もないので素直に答えましょう。
「やってみなくてははっきりとしたことは言えませんけど、砕くだけなら三割で十分ですね」
「それはあれを使ってか?」
そう言ってギルマスが示したのは『魔鋼樹』の棒。
「あれを使うなら一割もいらないですよ?」
「そうか」
「そりゃそうだろ。ただの鉄と魔鋼樹じゃ元々の硬さが違う。ヘヴンス、今更聞くようなことじゃないだろ」
エシャナダさんも質問の意図が分からなかったようでギルマスに文句を言っています。
しかし、ギルマスは言い返すこともありません。むしろ、どことなく落ち込んでいるように見えます。
「……はぁ。キイロ、言いにくいんだが」
「はい?」
「お前、迷宮で全力出すの禁止な」
?
これは純粋に疑問です。本当に意味が分かりません。
「おいおい、ヘヴンス。ちゃんと分かるように言いやがれ。本気出すな、ってのはどういうことだよ?」
「流石に命がかかってる場面まで抑えろとは言わんが低階層じゃキイロの実力はどう考えてもオーバーキルになる。もし本気を出すのは五十階層より先になるのは確実だろうな」
ふむ、しかし、それが本気を出さない理由にはならないとは思うのですけれど。
「正直に言ってしまえば、迷宮がキイロの力に耐えらんねぇ」
「そんなにか?」
「迷宮の低階層が一階層減るかもな」
「そいつはいけねぇな」
「そんなわけだ。悪いが抑えてくれや」
「わかりました。けど迷宮って意外と脆いんですね」
「迷宮を脆いって言えんのはこの街じゃお前ぐらいだよ」
ギルマスはそこで考え込むようにする。
「大体の目安として、そうだな、十階層変わるごとに一割ずつ上げていくようにしろ。魔物の強さも段違いに強くなる五十階層からは本気出しても問題ねぇんだがな」
「五十階層から強くなるんですか? 魔物」
「ああ、だからこの街で探索者としてB級以上になるための試験じゃあ安定して五十階層より下で戦闘がこなせなきゃなんねぇ」
「へー」
「ま、そんなわけで話は終わりだ。他になんかあるか?」
ようやく話は終わりらしい。
ギルマスが何かないかと言うが特には思いつくことはない。
あ、どうせだったらギルマスに聞くのも面白いかもしれない。
「じゃあ、一つだけ」
「おう、なんでも聞いてくれ」
「いい宿屋紹介してください」
◇
ギルマスに宿屋を紹介してもらおうとしたら今日はもういい時間だから、宿屋は明日にして工房に泊まらないかとエシャナダさんに誘われました。
気づけば夕刻、日も沈みだし街が赤く染められています。
「誘われるまま、お邪魔しちゃいましたけど本当によかったんですか?」
「お前もくどいな。家主の俺が良いって言ってんだ、何の問題もねぇよ。どうしても気が咎めるってんならちと仕事手伝えよ。明日、ギルドに素材を受け取りに行くんだが、それを運んでもらえりゃこっちとしても助かる。なんせ金属の塊なんかを山ほど運ばなきゃなんねぇ」
「そのくらいならお安い御用ですよ」
仕事を手伝えと言われて少し驚いたけれど、どうやら早とちりだったようだ。それもそうか、素人に鍛冶仕事なんかできるはずもない。
「しかし、今日は驚いた。そいつを扱える奴がこの世に存在してるとはな」
そう言ってエシャナダさんは『魔鋼樹』の棒の方に顔を向けていた。
「あははは、自分としても驚きました」
「ハッハッハ、驚いてくれなきゃ困る。こっちは寿命が何年か縮む思いをしたんだからな」
お互いに笑みを浮かべていたが、エシャナダさんは不意に真面目な表情を浮かべ呟いた。
「そいつは俺自身、作ったは良いが誰も持ち上げることすら不可能でな。本当に申し訳なかったんだ。なぁ、キイロ、お前は武器に命が宿ることはあると思うか?」
「どうでしょう? そういった武器は神話でこそ聞くことはありますけど、今じゃ存在しているかもあやふやなものですからね」
「まぁ、そうだろうな。だがな、俺たちドワーフにとっては自分の作り上げた武器のすべてが可愛いガキみてぇなもんなんだ。だからな、そいつを使ってくれることを感謝している」
「大袈裟ですよ。それにお礼を言いたいのはこっちの方です。全力に耐えうる武器なんて一生縁のないものだと思っていましたから」
「そうか」
エシャナダさんが優しい笑みを浮かべていた。
作り上げた武器のすべてが可愛い子ども、か。
「名前」
「ん? 名前がどうした」
「こいつに名前はないんですか?」
こいつと言いながら、『魔鋼樹』製の棒を持ち上げる。
腕にかかる重さについ笑みがこぼれる。
「名前か」
「はい」
「一応、一品物だからな。銘は付けてある」
「聞かせてください」
「そいつの銘は『魔鋼杖イグドラ』だ」
「『魔鋼杖イグドラ』、神話の樹ですね」
「ああ」
神話にある樹、その名を冠した武器が自分の手の中にある。
なんとなく運命めいたものを感じます。
『イグドラ』を撫で、言います。
「これからよろしくお願いしますね。『イグドラ』」
―――トクン
答えるように『イグドラ』が小さく鼓動したような気がしました。
次からようやく迷宮ですねー
【迷宮と街の依頼】編と言ったところですかね?
あと更新は大体、週一から週二で更新していこうと思います
ストックもないのでしばらくは週一ですが
次は土曜か日曜に更新します