誰も勝てないとは言ってねぇ
長いです
「『魔鋼樹』?」
聞いたことのない名前だ。少なくとも故郷である『アクバラ』らここ『ガランフォート』までの中では聞かなかったはずだ。
しかし、ギルマスはどうやら思い当たるものがあったようでポンと膝を打った。
「『魔鋼樹』か! 確かにそりゃ盲点だ」
「だろう? あれにも問題がないわけじゃねぇが少なくとも迷宮でもかなりの深さでも問題はない……はずだ」
最後にボソッと付け足してましたけど本当に大丈夫なのか心配になります。
しかし、自分の力に耐えられるような素材ということで気になっていることも事実です。
「あのぉ、お二人だけで納得してないで説明してくれると助かるのですが」
「おお、すまんな。実際に触れた方が速いからな、簡単な説明だけしておく」
コホン、と咳を一つ吐いてエシャナダさんが説明してくれた。
「まず『魔鋼樹』というのは『鉄木』が魔化したものだ。『鉄木』は知ってるな?」
「はい、それは知ってます」
『鉄木』はある程度の環境であればどこにでも自生しているような一般的な樹木の一種である。鉄と名についているが実際にはそこまでの強度はありません。しかし、頑丈であることに変わりなく王国だけでなく大陸のおおよその国々で木材として一番使われているものです。
確かにそんな素材が魔化すればかなりの強度にはなるだろうが自分の力に耐えられるのかは疑問です。元は鉄に劣るようなものなのだから。
「『鉄木』が魔化したものだと言いはしたが本当は少し違っててな。その『鉄木』の変異種『鋼樹』が魔化したものなんだ」
ここで言う『変異種』というのは『魔化』ともまた別の事象で、まぁ、生物における『白子』のようなものだと考えてもらえればいいかもしれません。
根本的には存在を強化してしまう『魔化』とは違い、『変異種』というのは生まれついて弱い個体が多いという点では真逆の事象とも言えるかもしれません。しかし、得てして変異種というのは成長すると変異種でない元の存在と比べて大きな力を持つことも多いので正しいかはわかりません。
「その『鋼樹』が魔化したのが『魔鋼樹』だ。魔化したことで硬さも本物の『アダマンタイト』ほどじゃねぇが少なくとも『魔鉄』よりは上だ。しかも、それだけじゃねぇ。元が植物ってのもあるんだろうな。木材にした今でも再生するんだ」
「それならやっぱり高いんじゃないですか? それだけ良い素材なら」
「まぁ、普通はそう思うよな。ところが実際にはそんな簡単にはいかない」
エシャナダさんはそこで言葉を区切ると、続きをギルマスが引き継ぐ。
「『魔鋼樹』はかなりの大きさの木でな。下手な金属よりも硬いから切り倒せねーし、たとえ傷を付けても再生する。そんなわけで発見当初は入手不可能と言われてたんだが、あるときその『魔鋼樹』が一定周期で枝を落とすことがわかったんだ」
「まぁ、そうでもないとエシャナダさんが持っているわけありまんよね」
「まぁな、そんなわけでどうにか『魔鋼樹』が取れないか考えていた奴らは歓喜した。けどまぁ、とんでもない罠があったわけだ」
「とんでもない罠?」
「ああ、どんなに足掻いても人間の力程度じゃまともに傷つけることのできないようなのが、どうして自らの一部を切り落とすようなことをすると思う?」
「あれ、そういえば不思議ですね?」
確かに謎ですね。自分の身を切り離すと言えば、トカゲの尻尾切りが思いつきますがあれだって自分の身を守るための行為ですし、話を聞く限り敵もいないような『魔鋼樹』には関係ないでしょう。
「正解はな、『魔鋼樹』の枝はとんでもなく重いんだ」
「はっ?」
意外も意外、想像だにしない答えです。
「まぁ、そういう反応になるよな。落ちてきた枝が余りに重くてギルドに依頼が来たんだが誰も運べなくて、最終的に難易度がS級にまで上がって、悪乗りしたS級が何人も参加したからな。俺もよく覚えている」
ギルマスは懐かしむように遠くを見ている。
「斯く言う俺も参加したしな」
「それでぎっくり腰になって帰って来たから笑ってやったがな」
S級の人間が複数いても負傷するってかなりのことなんじゃないかと思うのですが、それは。
ギルマスはエシャナダさんを軽く小突いて話を戻した。
「後になってから聞いた話だが『魔鋼樹』が一定周期で枝を落とす理由は自重を支えられなくなるのが理由らしい。現に今だってS級クエストとしてクエストボードに存在している」
「そんなわけで『魔鋼樹』はその能力の高さにも関わらず誰も使おうとはしない。だからこそ、お前さんの武器にはちょうど良いだろ。お前さんなら問題なく持てるだろうしな」
「試さなきゃわかりませんがたぶん持てると思います。でも、素材自体はS級が運ぶわけですから結局高いんじゃないですか?」
「お前も鈍いなぁ」
ギルマスが呆れたように言う。
「エシャナダの加工したのが持てるんだったら、お前自身が『魔鋼樹』を取って来れば実際はタダじゃねぇか」
言われてみればその通り。
しかし、迷宮に潜るのが今の優先事項で、来たばっかりのこの街を離れるような金銭的な余裕はないのだけれど。
そう思いエシャナダさんの方を見ると。
「まぁ、お前さんもこの街に来たばかりなのだから何もすぐに取りに行けなど言わないさ。余裕ができるまでは武器の分を払ってくれれば文句は言わねぇよ」
◇
エシャナダさんの言葉に甘えることにしてまずはその武器を見に行くことになりました。
『魔鋼樹』製のそれは重くて持ち運べないのでエシャナダさんの工房『巨人の一踏』に戻ります。
ギルマスは執務があるとかで秘書らしき女性に捕まっていたました。名前をルゥシャさんと言い、軽く挨拶をしたがF級だからといって侮ることなく丁寧な対応にどうやら悪い人ではないようだとわかりました。。
ともかく工房です。
「ほれ、これだ」
エシャナダさんが示したのは数打ちの樽に入れられた木の棒。
これかよ! なんてツッコミたい衝動に駆られましたが何とか耐えます。
「こんな無造作に置いててもいいんですか?」
「いやぁ、恥ずかしながら完成させたのは良いとして、店先に飾ろうとした何とか運ぼうとしたがそこで力尽きてしまってな。どかそうにも重たすぎてその気にもなれなかったずにな。どうせ盗めるもんでもないからそのままにしてたんだ」
「はぁ……」
「ともかく手に取ってみろよ」
「はい」
見た目はなんの変哲もないただの木の棒ですが、改めてこれが相棒になるかもしれないと少し緊張しますね。
手に触れてみると金属にはない、木の特有の馴染みやすさのようなものを感じます。手に吸い付くような、とかそんな感触です。
樽から引き抜こうとすると想像よりもずっと重たい。
少しだけいつもよりも力を込めて持ち上げました。
「おお……っ!」
エシャナダさんが驚きの声を上げるのが聞こえました。
無理もありません。
自分でも驚いていますから。
重いなんて一体いつぶりの感覚だろうか、と。
「問題はないか?」
エシャナダさんの問いにひとまず頷きます。
まだ実際に振ったりしたわけではないから正確なことは分からないからです。
しかし、心のどこかでこれなら大丈夫だと理解している自分もいました。
「ねぇ、エシャナダさん」
「なんじゃ?」
「どこか、これを振り回しても問題のない場所はないかな?」
ああ、早く早く、一秒でも早くこれを振ってみたい。
故郷において何よりも早くに教わることは力の制御だ。それとともに感情の制御を教わる。
簡単に他を破壊しえる我らが力は感情によって振るわれるものであってはならないという理念のためだ。
しかし、十七年かけて培われてきたその考えは一つの玩具によって崩壊寸前である。
「……一つしかあるまい」
◇
ヒュンヒュンと風を切る音がする。
いわずもがな、キイロが『魔鋼樹』製の棒を振り回す音である。
それをエシャナダ、ヘヴンス、ルゥシャの三人は眺めていた。
ルゥシャがこの場にいるのは仕事をサボり、F級の新人の訓練を覗きに行こうとしたヘヴンスを咎めようとしたところ、未来のS級探索者と関係を持てることは悪いことじゃねぇと至極真面目な顔で言われたため、サボるための方便ではないかと疑いながらも付いてきたのだった。
「あれが未来のS級ですか? 確かにかなりの遣い手かもしれませんが、あくまでF級としてであって、あの程度なら割りといるのではありませんか?」
「まぁ、振り回してんのがただの棒ならそうだな」
「棒? 特別何かは感じたりしませんが」
ルゥシャはジッとキイロの振り回す棒を中止してみたところで特別に魔力を感じたりもしなかった。
どう見てもただの木の棒である。
「分類的には一応普通の木材だがな」
「バカにしているのですか?」
「おいおい、茶化してやんなよ。ルゥシャちゃんの沸点低いんだからよ」
「あなたもです!」
ガルル、とでも擬音が付きそうなほどの勢いでルゥシャは二人に噛みつくが二人は気にした様子もない。
二人の視線の先には変わらず棒を振り回すキイロの姿があった。
「おい、ヘヴンス。ありゃ全力か?」
「どうだろうな。『魔鋼樹』の重さは身をもって知っているから、あれだけ振り回せるだけ十分凄いもんだがな」
「違いねぇ」
二人の会話にルゥシャは目を剥く。
明らかにおかしな単語が混じっていた。
「『魔鋼樹』の正確な重さも分からんし、キイロの奴の力もどこまでのもんかも分かっていないからな」
「だが、まぁ問題もないようだし安心だ。流石にあれが無理だったら冗談抜きに幻想金属を用意しなきゃならんところだった」
「あ、あの今『魔鋼樹』と聞えましたが?」
冗談ですよね? とルゥシャの表情は語っていた。
「おう、たまげたもんだよな。あれを振り回せるだけでもそこらの奴なんて太刀打ちできねぇだろうさ」
「いやぁ、流石に俺も作ったは良いが誰も使えないから申し訳なく思っていたんだが、あんだけ使いこなしてるんだ。武器の方も満足だろう」
二人とも何気ないように語っているがとんでもないことである。
ようやくルゥシャはヘヴンスの言葉が真実であったことを理解した。
そうなら、見ていて損はないとキイロに視線を戻すと、動きを止め一息吐いているところだった。すわ見逃したか!? と慌てる。
「おぉい、キイロ。もういいのか?」
それを見てエシャナダが声を掛けるとキイロは声を掛けた。
「いえ、馴らしが終わっただけですよ」
その言葉にその場にいたキイロ以外の三人は、は? となった。
特に身をもってその重さを知っているヘヴンスの表情は形容しがたいものになっていた。
「ちょっと本気を出すので離れててもらっていいですか?」
「おう、そりゃ構わないがよ」
「まだ本気じゃなかったのかよ」
「あははは、せいぜい半分が良いところですよ。流石に最初から全力でやって壊れちゃったら嫌ですし」
三人が離れたのを確認するとキイロは片手に持った棒を回転させる。
しかし、その回転は止むことなくキイロの身体の腕や胴体を軸に回り続ける。
一回転するごとに回転速度は上がっていく。
キイロの周りで風がうねり、恐らくは棒にあたったのであろう地面は大きく抉れていた。その様子はさながら小さな嵐が顕現したかのようだった。
「駄目だな、俺じゃあもう動きに目が追いつかねぇ。二人はどうだ?」
「私も無理です。そもそも私は近接戦闘は苦手です」
ルゥシャは少なからずショックを受けていた。
これでも冒険者としても、探索者としてもB級という地位に就いていたのだ。確かに元々は魔術師という完全に後衛の役割で、ギルドの事務職になり経験にブランクはあったがそれでも現役の頃と大差ない実力を保ってきたつもりであったのに、こうして目の前で新人に敵わない実力を見せつけられることになろうとは。
「駄目だなぁ、ルゥシャちゃんは」
「何がですか?」
だから、自分の直接の上司であるヘヴンスに苛立ちの矛先を向けたのも仕方のないことだった。
「そう睨むな。いくら魔術師みたいな後衛職でもある程度の近接戦闘がこなせなきゃ上は難しいぜ?」
「……それは」
「現にS級になるような後衛職の奴らは大抵接近された時の対処法を持ってるし、それ以前に近接戦闘だけでもやっていけるほど強いしな」
ヘヴンスの言葉は耳に痛いものだった。
それはルゥシャが自身の課題とそて現役の頃から上げていたが、結局、解決することなくここまでズルズルと先延ばしにしたことだったから。
自分が冒険者、探索者のどちらでもB級でつまずいたのはその課題が一番の理由なのは明白だった。
「ま、あれは比べること自体が間違っている相手だ。時折、いるんだよな。ああいう化け物みたいな奴が」
「……どんな強敵であろうといくつもの策を巡らせれば勝てない相手はない、と言ったのはアナタではありませんか?」
ルゥシャの言ったのは自分の言葉である。
しかし、だ。
「勘違いすんなよ。誰も勝てないとは言ってねぇ」
そう、確かにキイロがとんでもない化け物であることに違いはない。だが、たかだか身体的なスペックの差だけで勝敗が決まってしまうほど『S級』の称号は浅いものじゃない。
何の気負いも見せずにそう言ったヘヴンスにルゥシャは首を垂れた。
「すみません、余計なことを言いました」
「カカッ、気にすんな。勝てるかどうかはともかく、あんなのと真っ向から戦いたくねぇのは事実だ」
黙ってしまったルゥシャに変わり、今度はエシャナダが口を開く。
「そんなにか?」
「死んでもごめんだね。てーか、死ぬ」
「死ぬって、元はあれをこの街に運んできたのはお前だろうが」
「俺は転がしてきたんだ。あんな風に片手でぶん回すようなことはできんよ」
「まぁ、確かにドワーフの俺だって片手でなんて不可能だしな」
ヘヴンスがいくらS級の人外であろうと単純な腕力ならばドワーフであるエシャナダの方が上なのだ。
ふむ、と納得したような表情を浮かべるエシャナダ。
「それにあれと打ち合える可能性があるのは『城塞』クラスの盾役に『賢者』クラスの強化魔術を掛けさせて、ようやくだろうな」
「おい、そんなのドラゴンとだって打ち合えるだろうに」
「だから、ドラゴン以上なんだろうよ。キイロのあれは」
今度はエシャナダが沈黙する番だった。
しかし、反対にヘヴンスは興が乗ったのか、饒舌に話し出した。
「そもそもあれと打ち合おうにも掠りでもすれば『魔鋼樹』の重さに持ってかれて一発でアウトだし、さっき言ったような方法でも強化が切れた段階で駄目になる。まぁ、『賢者』クラスの術師なら支援を途切れさせることもないだろうが、それでも魔力量も無限ではないからな。キイロの奴の体力が切れるまで保つなら別だが、あんだけ動けて体力が並みだとは思えねぇ。そうならさっきの編成じゃ足りねぇか。……あとは最低限キイロの速度についていけて、なおかつ手傷を負わせられる攻撃役が欲しいな。となると仮にキイロの奴を普通に討伐しようと依頼を出すなら達成難易度S+といったところか? カカッ、人間一人の討伐難易度じゃねぇな」
その言葉を聞いていた二人は顔を青ざめさせた。
「おい、ヘヴンス! お前、倒せるって言ってやがったのになんだよ、そりゃ!?」
「あん?」
「そうです、なんでそんな人が無名でF級なんてどうするんですか!?」
「だから、普通に戦えばって言ってんだろ。今、考えつくだけでも二つ、三つは倒せる方法はある」
「「本当か(ですか)!?」」
「おう、ホントだホントだ。……ん?」
ヘヴンスは詰め寄る二人をおざなりに受け流しつつ、キイロに視線を戻すと先ほどまでの乱舞は止まっていた。
しかし、キイロは『魔鋼樹』の棒を上段に構えた体勢で止まっていた。
ヘヴンスの中で嫌な予感が膨らむ。
本能がけたたましく警鐘を鳴らす。
「チィッ!? 『障壁』!!」
「ぬわっ」
「キャッ」
とりあえず目の前の二人を足払いで転ばせる。
同時にないよりはマシと簡単な魔術的防壁を張る。
遠目にもキイロが深く息を吸ったのがわかった。
「ハッ!!」
吸い込んだ息を吐き出すとともに構えられた棒が振り下ろされる。
―――ドォォォンッッ!!!!
その様子を実際に見ることができたものは一人としていなかった。
別に衝撃の余波だけでその場の全員が死んだとかではなかった。ヘヴンスの張った障壁は砕ける前に魔力を継ぎ足されたことによっ
て後ろに衝撃を通すことはなかったし、キイロ自身も自分の行いで被害を受けるようなことはなかった。
では、誰も見れていないのはなぜか。
それは訓練場の地面が土であったことが理由だった。
キイロの一撃は土砂を吹き飛ばしたのだった。
だから、その場にいた人間は出来上がったクレーターの大きさからしかその威力を察することしかできなかった。
「うえっ、ぺっぺっ、土食べた」
ヘヴンスは先ほどの一撃に考えた策が通じないことを悟り顔を顰め、エシャナダは自分がとんでもないものをとんでもない奴に渡してしまったと渇いた笑いを上げ、ルゥシャはその威力と被害額を考え顔を青ざめさせた。
そんな三人とは違って、土が口に入ったことに顔をゆがめつつもどこかすっきりとした表情のキイロが実に印象的だった。
迷宮に進まないからヒロインが出せない。
魔鋼樹「I'm here」
!?