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4月20日(月) 夜 サスケ4

追記 修正 05/25 05/28

 時刻は午後10時を回っていた。

 眼前にあるのは旧校舎の扉。

 伊之助いのすけの後ろには制服姿の希天きああい。もう1人、頼りになるはずの先輩はこの場にはいない。


「ヒメ先輩、いきなり呼び出しって何があったんですかねー」

「関谷、何か知らないの?」

「ごめんなさい。口止めされているの」


 希天は嘘がつけない。言い繕う事も有耶無耶にする事もしない。ただ有りのままの事実だけを2人に告げた。


「……訓練だし、関谷と鹿島は初めてって訳でもないんだろ? 姫浜ひめはま先輩抜きでも何とかなるって」

「だからって足手まといさんが言っていい台詞じゃないですよー」

「だから俺の命、お前達に預けた」

「そうやって逃げ道を封じるのイノ先輩得意ですよね。腹黒とか言われたりしてません?」

「……予防線張るなってよく言われたりはするかな」


 伊之助はブレザーの袖口をひっぱって注意を自分へ向けさせる藍の眼差しから視線を逸らしながら、昼間の学校で1つ前の席に座る同級生の油断ならない笑顔を思い出す。

 そして嘆息。

 その行動に藍が首をかしげている間に扉の前を希天に譲り、空いた手を旧校舎の扉へ向けた。


「じゃ、関谷。入口のほうよろしく」

「念を押しますが、一通りの説明が終わるまで飯野君は後ろに下がっててください」

「もちろん。向こう側かくりょは未知の領域だし、ガイドにおとなしく従うよ」


 そう言って希天と藍を交互に見た後、伊之助は一歩後ろにさがる。

 希天は伊之助の言動へ胡乱な眼差しを向け、意味も無く彼が頷くのを契機にため息をつくと旧校舎の扉をゆっくりと開く。


「さ、入って……」


 希天に促されて、昨日ぶりに伊之助は旧校舎へと足を踏み入れる。月明かりが差し込み、視界は十分に保たれている。彼に続いて藍と希天が建物に入ると扉が金属音を立てて閉じた。


「ずいぶんいびつな場よな。なかなか業の深いことをする」

「サスケ、余計な情報はいらんから。今日は解説役に徹するって約束だろ?」

「すまんな、相棒。つい昂ぶってしまった」


 伊之助が腰に巻いた帯剣用のベルトに差した木刀へ苦言を呈すると向こうは素直に謝る。


「イノ先輩、もう霊装持ってるんですよね。いいなー」

「鹿島はまだ持ってないのか?」

「本人の適性もあるので、近いうちには届く予定です」

「届くって……霊装は専用品なのか?」

「いえ、汎用なものが大多数です。あたしの場合はママが張り切っちゃったのが原因かも」

「鹿島は由緒ある家系ってことか、エリートってヤツだな」

「おっと、遠回しな告白ですか、ごめんなさい。イノ先輩は頼りなさそうなので無理です」

「……そうかい」


 彼女なりの予防線か、と判断して伊之助は特に追及もせず、先を進む希天の後ろ姿を追う。

 夕方の時と違い彼女は若草色の眼鏡をかけていない。ここに来る途中で理由を聞いたが、伊達眼鏡であることくらいしか教えてはもらえなかった。


「――来ます」


 ぴたりと希天は足を止めた。

 瞬間、伊之助の背筋をゾクリと怖気が走った。昨日、旧校舎に1人で彷徨った時とは比べ物にならないほどの感覚に呼吸の仕方も忘れる。


「名も無き鬼か。よもや寄り代もなしに実体化するとはつくづくいびつよな」


 気が付けば視界にあった2mに届こうかという体躯。鍛え上げられた肉体は赤熱するように赤い。

 伸ばし放題に伸びた髪は濡れて顔に張り付き、顔の大半を覆い隠している。けれど隙間から覗く眼光が尋常ではない雰囲気を漂わせている。そして何より前頭部から伸びた鋭い突起が決定的にこちら側では無いことを雄弁に物語っていた。


「あれが幽世かくりょの存在です。下がっていてください」


 希天は気圧されることなく、淡々と語ると自身の霊装を展開する。腰に巻いた銀の鎖から赤みを帯びた翼が瞬時に現れ、一度羽ばたき、じっとりとした空気を吹き飛ばす。


「彼女は展開型の霊装の持ち主のようだな。パワーも十分にある」


 先手をとって襲い掛かった鬼のこぶしを希天の両翼が弾く。

 希天がさらに一歩踏み込み、同時に放った両翼の強打により鬼の巨体がよろめく。

 最後に両翼が鬼へ向けて構え、羽根を射出。

 一つ一つが翼から離れた瞬間、炎や氷、紫電と姿を変えて鬼を襲った。野太い声をあげ、鬼はじゅくじゅくとその姿を溶かし、最低限の形を保てなくなった瞬間、水風船が弾けるように周囲に飛沫をばらまいて姿を消した。


「すげ……」

「その様子なら鬼の畏怖にも抵抗出来たみたいですね。椛先輩の言うとおり、特別なのかも……」


 振り向いた希天の瞳は昨夜見た時と同様に紅い。けれど霊装の解除と共に彼女の瞳の色は元の鳶色に戻る。


「関谷、凄いな。俺、びびって何も出来なかった……」


 伊之助は冷や汗を浮かべ、笑い方も忘れ、中途半端な表情で歩み寄ろうと足を踏み出したところで、右袖口に重みがかかり、訝しげに袖元へ視線を向ける。


「……鹿島、手を放せ」

「い、イノ先輩はさっきの見てどうして平気なんですか? 鬼ですよ、あんなのがいるなんて」

「……サスケ、説明」

「鬼は下の上ほどの力を持つ。熟練者でも舌を巻く相手ゆえ、これを調伏ちょうぶく出来るかで一人前か判断することも多い」

「ん……、鹿島がびびってる理由が分からん」

「鹿島さんと来た時にはもっと下級の力しか持たないモノしか出なかったの」

「補足するなら、鬼は見る者の心をくじく。心当たりがあるだろう、相棒」


 伊之助は空いた手で背中をさすりながら、背筋を走った怖気のことを思い出す。あの時、希天の声が無ければ伊之助もこうして平常心を保ててはいられなかっただろう。


「あるようだな。この娘を擁護するなら下手に知識がある分その恐怖心を煽られたのだろう。そうだな。鬼という言葉で何を連想する、相棒?」

「うちの母ちゃんだな、あと篠山ささやま

「その差だよ。この娘はもっと伝承ある鬼を知る分、それを誇張してしまった」


 要するに連想ゲーム。

 鬼の特性は受け取り方次第でその効果は上下する。伊之助のように身近な存在を浮かべるものであれば効果は薄い。素人であることが今回はいい方向に作用したらしい。


「鹿島さん、ゆっくりでいいから心を落ち着けて」

「関谷先輩……」


 希天は藍の前で腰を下ろすと、小刻みに震える肩に手を置き、優しい声音で彼女をなだめすかす。

 藍の方も伊之助の袖口から手を放し、人肌を求めて彼女の手を抱いた。希天はその行為に驚いたように身体を強張らせている。


 伊之助はその様子を微笑ましげに見ながら、油断無く、しっかりと音を拾った。

 ひたひたと廊下をはだしで叩く音。

 間違いなくこちらへ近づいている。


「関谷、鹿島のこと頼む」

「え……?」


 きょとんと見上げ、すぐに伊之助の言葉が何を意味するのか悟る。


「飯野君は初心者なの。今日は私に任せてください」


 希天は伊之助の行動を察して、それを制止しようとするが彼女の手を握る藍が邪魔をする。


「今の鹿島を任されるよりは化物の相手をしたほうが気が楽だ、サスケ。フォロー頼む」

「任されよ。我を右手に持ち、左手はあけておけ。右手を前に、左足を引け。膝を落とせ、かかとを上げろ。呼吸を乱すな、平時を思い出せ」


 伊之助は音のするほうへ足を向けながら、サスケの言うとおりに体勢を整える。心音の高鳴りこそするものの、気持ちは驚くほど落ち着いていた。


「まずは防御に徹する。我の切っ先を地に向けよ。そうだ、それが地の構え」


 闇の奥から姿を現したのは肌色の悪い子供。上背は無く小学生低学年くらいの外見、けれどその体躯は骨と皮だけで出来ているのではないかと思うほどやせ細り、お腹だけが不気味に膨らんでいる。


「奴の名は餓鬼。爪による攻撃に注視しろ。体格だけならばこちらが有利だ、相棒」


 サスケの警告と共に腕を振り上げ飛びかかって来た餓鬼の爪を伊之助は力任せに下から打ち払い、さらに重心を前へ――。


「そうだ、そのまま体当たりで相手の体勢を崩せ」

「わかってらい」


 左足で地を蹴って、相手の腹へ肩を思い切り叩きつける。

 弧を描いて地面へ落ちるそれに止めを差す為にさらに2歩踏み込むと、仰向けに倒れた餓鬼めがけてサスケを振り下ろす。水を叩くような感触と共にわずかな抵抗、そしてすぐさま先ほどの鬼同様に爆ぜた。


「初勝利だな、相棒」

「まぁ……、助かった。お前のおかげだ」


 肺にある空気を残らず吐き出すように息をつく。

 昨日は情けなく逃げ回ることしか出来なかった身だが、リベンジ出来たことに伊之助は安堵する。振り返ると藍も調子を取り戻したようで、希天と共に立ち上がりこちらに視線を向けていた。


霊装名:38式自律機動型刺刀

破壊力;D

精密性:B

持続力:A

射程 :D

成長性:A

備考

愛称はサスケ。自己を確立しており、性格は寂しがりや。

半世紀以上、持ち主に恵まれないまま放置されていたところを伊之助の目に留まる。


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