4月20日(月) 昼 サスケ1
追記 修正 05/25 05/28
「さて、部活動の説明はここまでにしよっか。残りは夜にでも説明しちゃうから」
姫浜先輩はふっと表情を和らげると体勢を立て直し椅子に再び座りなおすが、伊之助は彼女とは対照的に怪訝な表情を浮かべる。
「いや、でも夜にって言われても、俺は寮生なんで門限が……」
「大丈夫だよ。今日からうちの寮を移ってもらうから」
「なら問題ないです……いや、問題ですよ! 何、許可なく決定してるんですか!」
「まぁ、誰もが通る道だから」
怒涛の勢いで口撃する伊之助を、姫浜先輩は両手をつかって押しとどめるようにしてなだめる。
彼女の無害な表情に怒る気も失せたのか、はたまた生来の性格か、伊之助は一度、深呼吸をして気分を落ち着かせると建設的な方向に思考を切り替える。
「……ほかに俺に黙って決めたことってありますか?」
「うーん、手続きは向こうでやってもらってるから、私も全部把握してるわけじゃないんだよね」
「つまり、後出しで色々問題が出てくるわけですね。先輩が悪いわけじゃなさそうだし、都度、対処すればいいか……」
「いやはや、面目ない」
たはは、と笑う姫浜先輩はからだを小さくして、所在無さそうに視線を伊之助から逸らす。
「そんな訳だから、飯野君はこのまま寮に戻って引越しの準備をしてきてね」
「授業は……公欠扱いだからいいか。鞄も大したもの入れてないし、プリントの提出が必要な授業もサボれたし、それじゃ俺はこのまま帰ります……ね」
「うん? どうかした?」
姫浜先輩はとある一点を見つめたまま動きを止めた伊之助を不審に思って声をかけ、次いで彼の視線の先を追う。
その先にあるのは積まれたダンボール。
姫浜先輩は目を細めてダンボールをつぶさに観察、やがて納得がいったように立ち上がると、彼の視線の先へとゆっくりと歩いて近寄る。
「君は本当に察しが良いなぁ……。気になるんでしょ?」
姫浜先輩は一番上にあるダンボール箱に手をかけ持ち上げると、よたよたと危なっかしい足取りでダンボールを抱え、何歩か後ろへ下がるとそのまま地面へダンボールを下ろす。
「あ、俺、手伝います」
「そう? 助かるよ、さすが男子、力持ちだね」
姫浜先輩がダンボール箱を地面に下ろした時の音をきっかけに、伊之助は呪縛が解けた様に何度か瞬きをすると小走りで彼女の傍に近づく。そして上にある荷物に手を伸ばそうとする彼女を制止し、手振りだけで場所を譲ってもらうとそのまま荷物を掴む。
「そういえば、これって何なんですか? 何となく気になっちゃったんですけど」
「霊装……っていっても分からないよね。幽世の存在への対抗手段……なんだけど――」
「霊装、字面だけで憶測するに、武器ですよね。幽世っていうのは聞きなれない言葉ですけど」
「幽世っていうのは、現世、つまり普通の人間社会と対になる場所って感じかなぁ……」
姫浜先輩は積み上げられたダンボール箱をせっせと下ろす伊之助の様子を見ながら、質問へどう答えたものかと考えあぐねて、結局はまとまらないまま口にする。それをさらに伊之助が質問してなんとか理解出来るレベルへ読みほどく。
「幽世はお化けの世界って訳ですか。じゃあ、このダンボールの中にはドラマや映画でよく見る、お札とか数珠が?」
「いやいや、あれは扱いが難しいから私たちレベルだとほとんど使わないかな。値段の割に効果も薄いし」
「そうなんですか、そうなると、あとはお守りや十字架ぐらいしか思いつかない……」
「どうしたの?」
姫浜先輩が急に会話を中断した伊之助に訝しげに訊ねると、彼は手に抱えたダンボール箱を見下ろし眉根を寄せて難しい顔のまま首をかしげていた。
「……コイツの中見ても良いですか?」
伊之助は顔を強張らせたまま、隣で同じくダンボール箱を興味深そうに見つめている姫浜先輩へえらく神妙な口調で訊ねる。
「いいよ」
姫浜先輩は伊之助とは対照的にあっけらかんとした口調で答えた。それと同時に彼が何故、部屋の片隅へ興味を抱いていたのかを察した。彼は霊装に呼ばれたのだろう、極めて稀ではあるがそういう事例が無いわけではない。慎重にダンボールの蓋を開く後輩の背中を見下ろしながら、こみ上げる不安にこぶしをぎゅっと握り締めた。
「……っと、これが霊装なんでしょうか?」
「やっぱり、素人目だとそういう感想になっちゃうよね」
ダンボールの中にあったのは、けん玉やヨーヨー、おはじき、お手玉などの玩具。その保管方法も雑で、互いに重なるようにして詰め込まれている。
伊之助は仮にも霊装という大袈裟な呼ばれる品へのぞんざいな扱いに困惑し、姫浜先輩の合いの手も相まって輪をかけて困惑する。
けれど、その中に1つ、伊之助の目を捉えて離さないものがあった。
刃渡り50センチに満たない木刀。
けれど刀と呼ぶにはそりがなく、真っ直ぐに伸びた片刃を模した木製の直剣。無様に玩具の中に突き刺さったソレを、精緻な細工が施された柄を、伊之助はおもむろに掴み引き抜く。
「……けど、コイツはなんとなくソレっぽいですね」
「38式自律機動型刺刀」
伊之助は背中から浴びせられた言葉の意味が理解できず振り返る。
「その霊装の正式名称だよ。愛称はサスケ、君は物分りがよくて本当に助かるなぁ」
「仰々しい名前ですね。舌噛みそうだしサスケでいいか、コイツ使わせてもらっても良いですか?」
伊之助は姫浜先輩に視線を向けたまま特に疑問も抱かず許可を請う。
彼女は一瞬、顔を歪ませ、伊之助の顔は見ずにその奥にある木刀へ視線を向ける。そして逡巡の後、再び伊之助へ視線を戻すと笑顔で頷いた。
伊之助は彼女のしぐさを一通り観察し終えて、どこか腑に落ちない、口では説明できない違和感を覚えた。
「ふぅむ。この世に生を受けて以来、人というものを学んだつもりだが、どうしてなかなか面白い」
――だから、その第三者の声に伊之助は動じなかった。
ただ、その声がどこから発されたものかという答えにはたどり着けず、無言で姫浜先輩の言葉を待つ。
「えーと……、難しい理論とかは必要ないよね?」
姫浜先輩は無心で何度も頷く伊之助を確認すると説明を続ける。
「サスケは人格を持っていて会話が出来る霊装なの。分かった?」
「分からないけど、分かりました」
「その在り方、嫌いではないぞ。主殿」
「サスケ……だっけ? さらっと会話に混ざってくるな、そしてもうしばらく黙っててくれ」
「承知した」
「それでコレは呪いの類じゃないんですよね?」
「歴代の部員が誰一人、使おうとしなかった事を考慮しないなら、いちおう」
「先輩!?」
伊之助がとっさに手放そうと、サスケを持つ手を開こうとするが適わない。まるで右手が別人のように振舞う現象に目を剥いた。
「つれないな、主殿。こうして出会った奇縁を共に分かち合おうではないか」
「先輩、コレ取れないんですけど? ゲームでいうところの呪われて装備から外せなくなった感じの!」
「大丈夫、害はないから。私が大丈夫って言って大丈夫じゃなかったことがあった?」
「つい数分前、大丈夫の後にとんでもない爆弾発言してたじゃないですか。初対面で失礼かもしれないですけど、先輩の大丈夫は金輪際、信じられません!」
伊之助が空いた手でサスケを掴む指を引き剥がそうと努力するが、まるで石になったようにピクリとも動かない。
「そう嫌がるな。共に幽世の道を切り拓こうではないか、主殿」
「サスケ、お前が大人しくダンボール箱の中に戻ってくれるなら、その願いは後で前向きに善処するよ」
ぎゃあぎゃあと右手に収まった霊装と口喧嘩を行う後輩を見て、姫浜椛はどうしようもなく安堵する。
霊装に呼ばれる人間は稀にいる。けれど、その時はいつも主従が逆転し、持ち主は破綻こそしないものの歪んだ人生を送ることを強要させられる。しかし、彼の様子を見る限りその心配も杞憂に終わりそうだ。
「まぁまぁ、飯野君もそう邪険にしないであげて。その子も持ち主不在で寂しい思いをしてたんだし」
「寂しい……ねぇ」
「そうだぞ、我は皇紀2638年にこの世に生まれて以来、主を持たぬまま人の手を渡り行き着く果てがここであった」
「皇紀?」
「西暦に直すと1978年。つまりサスケは製造されてから約半世紀ってところだね」
半世紀、50年。
16年と少ししか生きていない伊之助にピンとは来ない。
理解出来ないし、この先も理解することはないだろう。だが、共感はした。本来の役割を果たせず、ただ時間を無為に過ごすだけの日々。それを充実した時間と呼ぶことだけはきっとない。
「……サスケ、よく分からんが1つだけ条件だ」
「観念したか、主殿」
「観念とかそういうのじゃねーよ。お前は俺と対等だ。だから主殿なんて仰々しい名前で呼ぶな」
「対等。霊装、道具でしかない我が身をそう呼ぶか。面白い、ならばなんと呼べばいい?」
「相棒と呼べ。幽世がどういうとこか俺は分からない。けど、命を預けるのならコレが一番しっくり来る」
「承知した、相棒」
「おう、50年の蓄積した知識を頼りにしてるぜ。よろしくな、相棒」
刃の部分へこぶしをぶつけ、挨拶の代わりとすると伊之助は笑って試しに一振り。風を切る音は普通で、けれど柄に張り付いていた指はそれを契機に伊之助の支配下に戻っていた。
「順番は前後しちゃったけど、飯野君の霊装はサスケでいいのかな?」
「順番……前後?」
伊之助が不穏な言葉を聞いて姫浜先輩の顔へ視線を向けるが、彼女は目を合わさない。
「普通は入寮して、適性を専門機関で調査してもらってからその人に一番相性のいい霊装をあてがって貰うんだ。一応、命を張る部活動だし、大人たちもその辺は手間を惜しまずバックアップしてくれるの」
「ええと……」
「君はもう選んじゃったし、そういうの別にいいよね?」
「よかろう。我らの相性など調査するまでもなく最高に決まっている、なぁ相棒」
伊之助は気の毒そうに笑う姫浜先輩と能天気に鼓舞をするサスケに板ばさみにされ、「ああ、いいんじゃないかな」と、自分の思慮の欠けた行動に後悔しながら呻くように2人に答えた。