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4月20日(月) 昼 夜からの使者3

追記 修正 05/25 05/28

 姫浜先輩は伊之助の対面に座ると軽く咳払いをした。彼女は先ほどの無理なやりとりを気にしてか、心なしか居心地悪そうにからだを揺らして座りなおしている。


「……別に気に病まなくてもいいですよ。もう、さっきのやり取りを引きずったりしてないですから」

「そ、そう? 飯野君は飲み込みが早くて助かるなぁ」


 伊之助が彼女の様子に見るに見かねてフォローを入れると、姫浜先輩は長机にからだを寄せて前のめりになった。逆に彼は彼女のパーソナルスペースの狭さにたじろぎ、仰け反るようにパイプ椅子にからだを預ける。


「じゃ、部活動について軽く説明しておこうかな」

「あ、その前に話長くなりますか?」

「そうだ……ね、ちょっと特殊な業界だし簡単には済まないかなぁ」


 それを聞いて伊之助は顔を渋くする。


「なにか問題かな?」

「いや、昼休み終わっちゃうかなぁって……」


 その台詞を聞いて、姫浜先輩はおもむろに胸に手をあて内ポケットをさぐり携帯を取り出し、額に手をあて目を閉じた。そして無言のまま口をもごもごとさせ、ややあってから目を開く。


「……大丈夫、午後は公欠扱いにしておくから」

「え、そんなの出来るんですか?」


 もちろんと頷いてから、姫浜先輩は手だけで断りをいれるしぐさをすると、どこかへ電話をかける。


「あー、鹿島かしまさん。とつぜんすみません。はい、お世話になってます」


 姫浜先輩がどこかへ電話をかける。

 伊之助は他人の会話に聞き耳を立てるほど図太くもなく、手持ちぶたさげに再び部屋を見渡す。気になるのはやはり部屋の隅にある積み上げられたダンボールの山、旧校舎の幽霊の件もあってか、そこから漂う不穏な空気はどうしても異質だ。


「よし、おまたせ。色々手続きも済ませてくれるみたいだから、今日は一気に説明していくね」

「はぁ。やる気があるのはいいんですけど……」


 携帯を懐にしまい両腕にこぶしを作りむんっと気合を入れなおす姫浜先輩とは逆に、伊之助はいくらか気の抜けた返答をする。その温度差を察したのか、彼女はおやと首をかしげた。


「飯野君は乗り気じゃない?」

「いえ、昨日から驚きの連続で、どこから説明してもらえればいいのやらと……」


 伊之助が頭をかきながら正直な気持ちを告げると、姫浜先輩は彼の心中を想像し同情に似た感情を抱き愛想笑いを浮かべた。そして咳払いをし場を改めると、それでは――、と続ける。


「私も全部は無理だから細かなところは追々。ひとまず、この部の活動内容について説明するね」

「……どうぞ」

「この部は定期的に起きる霊災を鎮めるのを目的に作られたの。霊災っていうのは昨日、飯野君が旧校舎で出会ったようなお化けが現世に影響を与えるような出来事ね」

「それじゃ、昨日俺が傷を受けたのも一応、霊災ってことですか?」


 伊之助はうっすらと傷痕の残る頬を指差す。昨夜、上半身だけのお化けから負った切り傷だが、もう目立たないくらいに治りかけている。


「そうだね。規模の大きさは違うけど、それでだいたい合ってるよ。飯野君は単語を具体例に落とし込んでいくのが上手だねぇ」

「両親とか周囲の環境が割とあいまいな発言しかしないので、こういうのは慣れてるんです。でも霊災? が社会に悪影響を及ぼすようなら、別に高校生が出張る必要なくないですか? 大人。そう、その道のプロとか……」

「残念だけど、プロはもう少し難易度が高いところに集中してて地方までは手が回らないんだよ。まぁ、多摩葛たまかつ市にもいなくはないんだけど、兼業で普段はお仕事が忙しいらしいし」

「……ボランティア活動みたいなもんですか。河原のゴミ拾いみたいな感じの」


 霊災などと大袈裟な言葉を用いてはいたが、大人社会のおざなりな対応から察するに、小説やゲームのような世界の命運が懸かっているだとか、人命に係わる危険が無いように感じ、伊之助はすこししらけた口調で厳かおごそに話す姫浜先輩を口撃する。


「そうそう! なんなら、河のゴミ拾いより楽かもね! ちょっと命のやり取りする場面が多いだけで!」


 姫浜先輩は軽口を叩く伊之助に釣られて、それまでの厳かな口調をやめ砕けた感じでその台詞を言った。

 伊之助は途切れ途切れに「ちょっと」、「命」、「やり取り」と次第に声のトーンを落としながら彼女の言葉を繰り返す。彼女は彼の言葉を追いかけ、彼の言葉の途切れる度に笑顔で頷く。


「……そこ、重要ですよね? 昨日だって最後どうなることかと思いましたし」

「大丈夫だよ! 3月末に大きな霊災が起きて部員2名が病院生活してるけど、もうすぐ戻ってくるし」

「どこに大丈夫な要素ありました? ちょっと考えさせてもらってもいいですか?」

「後遺症もないし、出席日数は考慮してくれるし、サボれてラッキーみたいな?」

「後遺症? 大怪我っぽいんですけど、その2人、大丈夫なんですか? いま4月の末ですよ。1ヶ月以上入院って大事ですよ?」


 伊之助が勢いよく地面を蹴って椅子から立ち上がると、長机に手をかけ前のめりになって姫浜先輩へ睨みを利かせるが通じない。


「……細かいことを気にしちゃダメだよ」


 しばらくの間にらみ合っていると、姫浜先輩はふっと目を逸らし悟りでも開いたかのように表情を消して、伊之助が先ほど提示した懸念を一言で一蹴した。


「……ダメですか」

「ダメです」


 伊之助は懸念を一蹴されるまでにあった間で、なんとなく目の前の先輩の立場を理解し、同情を覚え、再び椅子に腰をおろすとそのまま背もたれに身体を預けて天井を仰ぎポツリ。それに応えるようにくだけた口調で追従する姫浜先輩の表情は伊之助からは見えなかったが、きっと困ったように笑っているのだろう。


「でも、いきなり霊災に投入するほど大人たちもいい加減じゃないからね。一応、実戦という形ではあるけれど訓練する場所は提供してくれてるの」

「訓練ですか、なんかゲームみたいですね」

「じっさい、私も入部したての時はそれくらいの軽い気持ちで臨んでたし、否定は出来ないかなぁ」


 姫浜先輩は過去の自分を見透かされたようで少し恥ずかしそうにからだをよじる。


「で、その訓練する場所が昨日、君が入った旧校舎。周辺のよくないものを吸い上げて、あちら側の存在をこちら側に定着しやすいように作ってるの」

「……人為的に作った霊感スポットってトコですか。一般人とか入ったら危なくないですか?」

「そこは都合のいい結界が張られていてね。普通の人はもちろん、私たち部員でも鍵を持ってないと中に入れないよう出来てるんだ」

「その割に俺、昨日あっさり入れちゃったんですけどその結界とやらは壊れてませんか?」


 その一言を待っていたかのように、そこで姫浜先輩は大きな瞳を輝かせる。


「それは否定! 逆に考えよう。君はプロが張った結界を打ち破れるほどの素質をもった逸材なんだって」


 今度は先ほどとは逆で、姫浜先輩が勢いよく椅子から立ち上がり、長机に両手を置いて、前のめりになって伊之助へプレッシャーをかける。姫浜先輩が前のめりになった結果、急接近した彼女の形のいい唇、間近で揺れる巨峰、襟口から覗く鎖骨のラインに伊之助は思わず喉を鳴らす。

 伊之助は彼女の胸元をガン見してしまいそうになるのをこらえて、必死に上半身を仰け反り彼女から少しでも距離を離そうと身をよじる。そしてタイミングよく5時限目のチャイムが鳴り、それをきっかけに頭が冷えた。

 それに熱弁をふるう姫浜先輩の意識も逸れた。

 伊之助は幾らか冷静になると頭の中で理論武装を行い、限られた選択肢から正しい解答を模索する。


「……そうやって、いきなりハードル上げられても困りますよ。それに先輩がお膳立てしなくても素直に入部はします。もちろん邪魔にならないよう全力は尽くすつもりです」

「あれ、意外……」


 姫浜先輩の体裁を気にしない言葉。

 伊之助は彼女のこれまで纏っていた作り物の雰囲気を感じさせないあどけない表情に思わず見蕩れる。


「長いものには巻かれろってのが両親の教えなんで、文部科学大臣、文部科学省、国の威光には逆らいません。だから巻かれた挙句、海外へ飛ばされた両親に同情はしません」


 伊之助は急に気恥ずかしくなって、無防備な表情と胸元から視線を逸らしながら、相手の信頼を得ようと聞かれてもない身の上話や両親への愚痴を早口でまくしたてる。


「……飯野君は話が早くて助かるなぁ」


 だからだろうか、伊之助の必死な様子に姫浜椛ひめはまはなはこの時初めて好感を抱いた。


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