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4月20日(月) 昼 夜からの使者1

追記 修正 05/25 5/28

 伊之助は午前中の授業を聞き流しながら今後の身の振り方を考えていた。


 あの後、寮へ戻ると健やかな寝顔で浮かべていたルームメイトである高越こうつをたたき起こし、まだ寝ぼけている相手に向けて、自分が体験した出来事を一方的に話した。

 その結果、彼は小さなあくびを1つ。それに薄い反応と冷ややかな目線、ついでに邪悪な笑みを浮かべた。


 刻々と処刑の時間は近づいていた。

 キーンコーンカーンコーンという間延びしたチャイムと共に教室に弛緩した空気が漂い、話し足りなかった教諭も生徒の雰囲気にほだされ授業をやめた。

 先ほどのチャイムは午前の授業終了の時間。すなわち昼休み、ランチタイム、おしゃべりの時間。

 それはクラスの違う高越と接する機会の1つであり、ついでにいうとそこには必ずもう1人付いてくる。伊之助がせめて逃げてみようと椅子を引くと、その音に前の席に座る肩甲骨辺りまで髪を伸ばした女子生徒が振り返る。


「どこか行くの?」

「ちょっと購買にパンを……」

「あら、寮生はお弁当持たされるはずだけど?」


 校則に抵触しない程度に赤茶に染めた髪を揺らしながら威圧を感じさせる笑顔。


「高越クンには色々教えてもらっててね。ここに来るまで足止めされるように命令されてるんだ」

篠山ささやまはその命令を大人しく聞くの?」

「もちろん。とても愉快な目にあったんでしょ?」


 椅子ごと体をかたむけ、篠山は伊之助を逃さないと大きめな瞳をきらめかせる。

 高越とのランチにもれなく付いてくる友人、篠山。女子に混ざればいいものを何故か伊之助と高越へ絡んでくる変わり者だった。


「わかったから……、諦めるから、そんな怖い顔で睨むなよ、篠山」

「……怖い?」

「すまん。自覚ないよな、自覚してくれ」


 伊之助は小首をかしげ可愛らしく振る舞う同級生にため息をつくと、逃走を諦めて腰を下ろした。見れば彼女には皮肉も通じてないようで鼻歌交じりに自分の弁当箱を取り出している。


「……期待してるほど面白いもんじゃないぞ?」

「面白いかどうかは私が決めるんだよ。そうやって予防線張らなくても文句は言わないからさ」


「いやいや、期待していいよ。イノがあそこまで取り乱す内容だしね」


 篠山との会話中に第三者の介入、声の主をたどってみれば諸悪の根源たる高越の姿があった。


「高越。来るのちょっと早くないか?」

「4時限目は体育だったからね。いつも早めに切り上げるんだよ、知らなかったかい?」


 高越は近くの空いた椅子を引っ張ってきて伊之助の机の横に陣取り、これ見よがしに寮で持たされた弁当を机の上に置く。その弁当へ向けた篠山の視線がわずかに温度を下げてそのまま伊之助へと向かう。

 伊之助はその視線を受けて篠山との最初のやりとりが尾を引いてか罰が悪そうに身をよじる。そんな2人のやり取りをみて高越は片眉をあげ意味ありげに笑った。


「……何だよ?」

「いや、イノが何かやらかしたんだなーって」

「高越クンの指摘どおりの行動を起こした飯野クンが悪いんだよー」


 篠山の責めるような視線とそれに追うようにして高越、あわせて4つの瞳が伊之助を捉える。なんとも言えない居心地の悪さに彼が困っているところにそれは何の前触れもなく訪れた。


「飯野、お客ー!」

「……というわけで、先食べててくれ」


 伊之助は教室の入り口であがった自分を呼ぶ声を皮切りに、2人の返答を待たずに席を立つと、背中に刺さる視線から逃れるように足早に教室の入り口に立つ人物へと向かった。


「えと、君が飯野君なのかな?」


 やわらかな声で問うてくる女性だった。

 自信なさげに小首をかしげると、後ろで2房に分けた髪束の内の片方が肩口から毛先をまとめた青いリボンと共にひょっこり顔を覗かせる。

 伊之助は彼女を知っている。伊之助よりも1学年上、3年生で学校でも有名な女子生徒、曰く歩くマイナスイオン、曰く無冠のアイドル、曰く巨峰。名前を姫浜ひめはまはな、けして伊之助と交わることのない道を歩む高嶺の花。


「え……と、飯野君であってるよね?」

「あ、ハイ! あってます、あってます」


 自信なさげに問いだ出す彼女に伊之助は慌てて何度も首を縦に振る。

 けれど理解が追いつかない。

 唐突に訪問した高値の花に驚いているのは彼だけではないようで、教室の入り口近くに陣取るクラスメイトもまた、彼と彼女の会話を気にしてか、おしゃべりのボリュームを下げている。


「そ、それで姫浜先輩が俺に何か用でしょうか?」

「あれ、私名乗ったかな?」

「ま、まぁ、有名人なので……」


 伊之助は不審げに逆サイドに首を傾ける彼女に慌てて言い繕う。


「まぁいいか。話っていうのはね――」


 姫浜先輩は豊かな胸に手を添えてタメをつくる。

 伊之助も続く言葉が気になりゴクリと喉を鳴らす。周囲の空間も気持ち静かになった。


「――昨日の夜のことなんだけど」


 伊之助の勘がアラートを鳴らす。

 漫画でよくある効果音、『ざわっ』という奴が教室に浮かぶのを幻視した。

 『高校生』、『男と女』、『昨日の夜』、3つの単語が組み合わされば想像豊かでゴシップ好きな高校生なら下世話な話題へと簡単に飛躍していく。


「ひ、姫浜先輩、誰かと勘違いしてませんか?」


 だから、伊之助は手っ取り早く事態の収拾を試みる。


「んー? でも、これ君のだよね。昨日の夜、忘れていった……。そうそう、返しておくね」


 そう言って姫浜先輩が懐から取り出したのは開かれた生徒手帳。そこにはしっかりと飯野伊之助という名前が書かれている。


「たしかに俺のですね、わざわざすみません……」


 すべてが後手に回っていた。事態の収拾など夢のまた夢、それどころか着々と外堀が埋まっていく。

 伊之助は突き出されたそれを素になって受け取る。彼女の体温でほんのりと温かみが残るソレは、そのまま手に持っているのには気恥ずかしく、すぐにブレザーの内ポケットへしまった。


「で、昨日の夜のことなんだけど、ここじゃちょっと話し辛いから」

「姫浜先輩っ?」


 伊之助は上擦る声も取り繕うともせず、必死に彼女の言葉を遮る。

 けれど時、既に遅し。伊之助の後ろではあらぬ噂が飛び交っていた。


「何かな?」

「いえ、なんでも……」

「じゃ、ちょっと付いてきてもらってもいいかな?」

「……はい」


 姫浜先輩は返事を待たずにその場でくるりとターンすると伊之助から背中を向けた。

 伊之助は教室の入り口からクラス中へ伝播していく根拠のない憶測、悪意ある解釈で歪んでいく伊之助と彼女の関係、何一つ弁解出来ないまま、先を進む彼女を追って教室を後にする。


 伊之助はまた1つ己を囲う日常が崩れていくのをただ黙って受け入れた。


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