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4月27日(月) 夜 少年覚醒4

 伊之助いのすけ汐江しおえ診療所へ赴いて、週をまたいだ休み明けの月曜日。

 彼の強い要望もあって特別課外活動部の一員は揃って夜の旧校舎へと訪れていた。


飯野いいの君、前方の心力型の足止め。希天きあちゃんは後方から来るのを殲滅して」


 希天ははなの指示通りに後ろに群がる犬頭人体のコボルトを展開した霊装でなぎ払い、一気に距離を稼ぐと両翼に力を充填する。次いで羽根を射出、すぐさま羽根が氷の礫となって眼前の敵を次々に霧散させた。そして、それ以上の増援が無さそうであることを確認すると、同級生の援護に回ろうと振り返る。


「関谷先輩、後ろに呪力型がまだいます。ヒメ先輩!」

「……分かった。あいちゃんは飯野君の援護を続けて」


 希天の隣を椛が駆け抜けていく。


「すまん、2体通す。2秒後!」

「え、ちょい待ってください。あたしそのタイプ苦手なんですよ!」

「鹿島さん、私が!」


 希天は体ごと反転すると、今まさに伊之助の隣をすり抜けて迫る耳の尖った小さな体躯のノッカーに向けて羽根を打ち出す。1体は四散し、もう1体は仕留めきれずにさらに迫る。


「関谷、背中任せた!」


 希天に舌打ちする暇も与えず、伊之助が仕留めそこなったノッカーの背中へ飛び蹴り。彼がそれまで相手をしていたコボルトやノッカーが追従して雪崩れ込む。

 希天はその勢いに逆らうように羽根を乱射、彼の背中に群がった相手は瞬く間に霧散して消え去った。


「……面制圧は関谷の十八番だな、助かった」

「ううん。こちらこそ、撃ち洩らしてごめんなさい」


 先の一掃で、伊之助が対峙していた方面に敵はおらず安全が確保されている。

 希天が背後を振り返れば、椛もまた最後の1匹を切り伏せた後のようで納刀しているところだった。周囲の安全が確保されたことに安堵の吐息を漏らすと、希天は自分の霊装の翼を折りたたみ解除する。


「皆、無事?」

「こっちは無事ですよ、姫浜先輩。それにしても珍しく団体さんでしたね」

「そうだね、3階ともなると質も量もかなりのものになるから」


 伊之助はしょぼくれて視線を床に落としている希天の肩をかるく叩くと、霊石拾いをしようと視線で誘う。後方で希天が倒したものは既に椛が拾い始めていた。


「……元気ないな、悩みか?」

「いえ、飯野君は……その、凄いのね。……私はとっさに何も出来なかった」


 先程まで怪異で溢れていた廊下にしゃがみこんだ伊之助が雰囲気に流され付いてきた希天へ声をかけた。そんなにも態度に出ていたのかと戸惑いながら希天は途切れ途切れに声を漏らす。


 希天の撃ち洩らした1匹。あれが藍に迫っていれば無傷ではすまなかっただろう。伊之助のとっさの判断と背後の敵を誰かに任せるという胆力には正直舌を巻いた。伊之助の戦いぶりの前では希天の1年の戦闘経験のアドバンテージも霞む、そう思わせるほど幽世かくりょを歩く彼の力は急成長している。


「提案はサスケだけどな。あ、これ内緒な。絶対、鹿島がいじってくるから」

「そう、アナタは1人で戦っているわけではないのね」

「関谷だって1人じゃないだろ、もうちょっと信用してくれていいんだぜ。主に姫浜先輩を」

「……アナタのその言い方はずるいわ」


 伊之助は希天から拾った霊石を手渡されると、きびすを返した彼女の後姿をぽかんとした表情を浮かべたまま黙ってそれを見送った。


「……椛先輩、少しいいですか?」

「なにかな?」


 一度後ろの2人を確認した後、希天は声を潜めて椛に呼びかけると、彼女もそれに付き合うようさらに一歩距離を詰めた。


「飯野君に戦闘指揮を任せませんか? 私や椛先輩のように戦線に立っていても、彼なら戦況を冷静に判断する余裕を持っていますし」


 椛は希天が戦闘方針に口を挟んできた事にまず驚き、その内容に更に驚いた。

 横目で伊之助を覗き見るが、彼女の言うような真似を彼が出来る姿は想像出来ない。ただ、一考する余地はあった。何故なら伊之助が開通させた霊子回路サーキットは『自若じじゃく』、その意味は"落ち着いて、物事に動じない"――、指揮を任せるにはぴったりの素養だ。


「……現に彼の戦闘スタイルは平凡ですがとても安定しています。それが戦況を冷静に判断している証拠とは言えませんか?」

「そうだね。……でもね、希天ちゃん。あの子には実戦経験が圧倒的に足りてない。戦闘指揮を任せるにしてももう少し場数を……」

「いいえ、椛先輩。ここからは憶測になりますが、彼は判断の半分を霊装に委ねています。危惧している経験不足も飯野君の霊装でカバー出来る範囲かと」


 椛は希天の突飛な仮説に言葉を失った。

 仮に霊装とはいえ、あくまで第3者。それに己の進退の行末を預ける、そんな悪く言えば向こう見ずとも取れる行為を、先週までただの高校生だった少年がやってのけている? 

 椛の脳裏に浮かぶのは初めて彼が行った戦闘。希天の仮説を裏付けるかのように、稚拙でありながら教科書どおりの動きで、ただ一度の判断ミスもなく、まるで決められた台本通りに怪異を倒した異様な光景。


「あの2人、なに話してるんだろうな?」

「イノ先輩の方、見てますよ。今度はなにやったんですか?」


 伊之助は神妙な雰囲気で会話を始めた2人、しかも最初に一瞥された希天の牽制も相まって、近づきがたく必要以上の距離をおいてしまう。同じ気持ちなのか、藍も伊之助のそれに倣う。


「あのさぁ、鹿島。何でもかんでも俺が悪いみたいな風潮やめてくれる? ただでさえ女所帯に男1人っていう状況で肩身が狭い思いしてるのに」

「なに言ってるんですか、見る人が見ればハーレムですよ、ハーレム。超美人な女子高生に囲まれて、そんな残念なこと言っちゃうイノ先輩は点数低いですねー」

「それを言うなら、自分のことを超美人なんて言っちゃう鹿島も点数低いな」

「過度な謙遜は嫌味になっちゃうので、あたしはその辺りを弁えたつもりなんですけどねぇ」


 伊之助はわざとらしくほおをふくらませて怒りを表現する藍の姿に毒気を抜かれた。そして負けを認めたとお手上げのポーズをとるが、相手はまだ言い足りないようで猛禽類じみた瞳の色を変えようとはしない。


「飯野君、藍ちゃんも少しいい?」

「……なんでしょう? ヒメ先輩」


 椛の声かけで振り返った藍に先ほどまでの怒色はなく、その声は喜色で満ちていた。伊之助は要領のいい子だなぁと思いながら彼女の視線の先を追う。


「少し、役割分担を変えようと思うんだけど……」

「分担、って言っても俺等はそれほど多くロールを持ってる訳じゃないですよ? 俺は壁役か鹿島のお守りくらいしか出来ないし、関谷は切り込みか狙撃、鹿島は索敵と遊撃くらいなもんでしょ」

「イノ先輩、お守りって何ですか。そんなに足手まといじゃないですよー」


 藍が伊之助の袖口を引っ張り抗議するが、彼は鬱陶しそうに視線を送るだけだ。

 椛は伊之助の言葉を反芻しながら、ふと引っかかりを覚えた。


「……飯野君、私の評価は?」

「姫浜先輩はリーダーやってるんだから不動ですよね。別に評価する必要ないと思うんですけど」

「まぁ、参考程度にだよ。ね?」


 伊之助は椛の行動の裏を読もうと彼女の目を見るが、そこに何かの思惑は感じられない。あえて読み取るとすれば期待と好奇心といったところだろうか。


「そうですね。まずは司令塔、あとは壁役というかもう少し攻撃寄りのカウンター……迎撃、それと遊撃ですかね。見た目に寄らず姫浜先輩ってすばしっこいですし」

「なるほどねー。うんうん、飯野君は結構みんなの事をよく見ているね」

「別に頻繁に見ているというわけでは……」


 伊之助は椛の言葉に変な意味が無かった事を確認するように、残る2人にも視線を向けるが、希天は相変わらず素っ気ないし、隣にいたはずの藍は自身の肩を抱いて嫌悪感を露わにして距離を取っていた。


「あのな……。頼むから、少しでいいから、俺の立場も理解してもらえんもんかね?」

「冗談ですよー。でもお約束もフォローもやらないといけない立場も理解してくれませんかねー?」

「関谷、言われてるぞ。もう少し空気読もうぜ!」

「……飯野君、さすがの分析力ね」

「「そうじゃない」」


 希天は会話の流れを振り返って会心の一言を決めたつもりだが、伊之助と藍からは同時にそれを否定される。希天が彼らの意図が掴めず首を傾げていると、呆れていた伊之助の表情が急に引き締まる。不思議に思って希天は3歩ほど近づき問いかけた。


「……飯野君?」


 伊之助は応答しない。

 そして彼の眼前で起こる異変に誰も気付いてはいない。

 彼は眼前に広がった異様な光景に言葉を失う。それでも理解の及ばない現象に対して思考だけは止めなかった。

 思考し続けることが状況を打破する手段であり、逆に思考停止はその身を錆び付かせるだけだ。今、彼が手元に幾つもない材料で思考を繰り返していられるのも、サスケに口酸っぱく言われ続け、それを実直にこなしてきた成果とも言えた。


「……この"空間の亀裂"はなんだ? この後に起きる現象を教えろ、サスケ!」


 伊之助は空間の亀裂が2mに広がった時点で、ようやく声に出せるほどに思考が安定した。

 他の3人は伊之助の叫び声に圧倒される。ただ、彼の切迫した声からただならぬことが起きようとしているのだけは察した。


(幽世と現世のバランスが崩れた。来るぞ、相棒)


 刹那、怪異が亀裂からあふれ出た。

 空間の亀裂からはみ出た怪異の剛腕。最も近くにいた椛がそれに吹き飛ばされる。引き続いて現世に形作られたのは頭に角を生やした偉丈夫、その背には燃え盛る車輪を引く鬼。


「ヒメ先輩!」「椛先輩!」


 2人の視線が吹き飛ばされた椛の後を追う。


(亀裂より幽世があふれ出る。分かりやすくいうなら、奴らが講じた不意打ちと言ったところか)


 怪異の出現は止まらない。現れるのは上半身が馬、下半身が魚の姿をした生き物。


(心力型の火車かしゃ。魔力型、ケルピー。いずれも強敵ぞ、相棒)


 亀裂から出現する数は1匹に留まらない。似たような外見の怪異が続々と現れる。


 伊之助は最初の夜を思い出していた。

 無知蒙昧むちもうまいだった時に出会った怪異。それと似たような絶望感が頭の中を支配し思考が鈍る。けれど、無意識に目の前に立つ希天の後ろ姿を視界に捉えた。――あの時、救われたのは自分だった。救ったのは希天だった。

 問う。

 今はどうだ、と問う。


「関谷! 鹿島! 姫浜先輩が復帰するまで俺等で足止めするぞ!」


 自然と声が出た。

 不安はあったが声に出せば目的地も定まった。

 伊之助は一息で3mの間合いを詰めて、希天の腕を取り強引に袂に引き寄せる。そして眼前に立ち塞がる火車と向き合った。


霊装名:60式殲滅装備型大太刀

破壊力:A

精密性:C

持続力:C

射程 :D

成長性:D

備考

3尺(90センチ)の刃渡りをもつ大太刀。愛称は「相州そうしゅう

刃は潰されておらず、対人としての性能もある。


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