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4月25日(土) 昼 少年覚醒2

 汐江しおえ診療所は以前、希天きあがお世話になった場所で表向きは内科を主としている。

 その設備も最新鋭で外観も綺麗、しかし中は意外にも閑散としていた。土曜の午前といえば、どの医療機関も混雑しているイメージを持っていただけに、伊之助いのすけを目の前のこの状況が困惑させていた。


「なぁ、鹿島。ここ本当に今日やってるの? 誰も人が見当たらないんだけど」


 あいは心配そうに耳打ちした伊之助をみてにこりと笑い、そのまま視線を受付カウンターへと戻す。受付には薄化粧の女性が忙しそうに内側で何かの作業を行っており、決して伊之助を蔑ろにして放置しているようにも見えない。


「でも、鹿島。休日に外出するのに制服着る必要なんて本当にあったのか?」

「一応、これ。部活動の一環ですし、それにイノ先輩が着てるのは特注品ですよ。ちゃんと、前に持ってたやつとは別に支給されたのを着てますよね?」

「使い分けはしているけど、なんか凄いのか?」


 伊之助は改めて上着を引っ張ったり、触ったりしてみるが、違いは感じられない。彼が不満そうに首を傾げていると、隣に座った藍が残念そうな視線を伊之助へ向けた。


「……いや、本当に違いわかんないだけどさ」

「イノ先輩は安い男ですね」

「おい、人の価値を狭い視野で語るな。それに何となくだけど、いい生地使ってる気はする」

「……イノ先輩は、どこまで理解してるんですかねぇ。丁度いい機会ですし、この業界の事も色々教えてもらってくるといいですよ」


 藍はジト目で伊之助を睨み、相手が怯んだところで追求をやめた。彼はまだ素人でこの業界には疎い、吊るし上げたところで面白みに欠ける。


「飯野さん。こちらの奥へどうぞ」

「……行ってらっしゃーい」


 受付に呼ばれ、藍もこれ以上、話を続けるつもりは無さそうだ。

 伊之助は小さく手を振る藍に背を向け、受付に指示されたままに先に進む。以前の時と同じ部屋へ通されると人のよさそうな白衣を着た初老の男が丸椅子に座って待ち構えていた。


「やぁ、はじめまして。君が噂のイレギュラー君だね」

「……はぁ。今日はよろしくお願いします」


 伊之助は医者の言葉に第一印象を改め、喰えない医者と認識しなおす。医者は手前にある椅子に手を指す、座れという意味だろう。一礼すると伊之助は素直にそれに従う。


「ボクは汐江しおえ伊蔵いぞう。君の担当医だよ、よろしく。そこの霊装が例の『38式自律機動型刺刀』かい、喋ったり出来るそうだけど声を聞かせてもらってもいいかな?」

「だとさ、サスケ。好きにしていいぞ」


 伊之助はスポーツバッグに入れておいたサスケを取り出して膝の上におく。


「今日は相棒の事を調べるそうだな、念入りに頼む」

「なるほど、念話のようなものか。これは誰にでも可能なのかい?」

「受け取る側にも素養は必要だよ」

「なるほどね。これは迂闊な事は喋れそうにないな、早くも1つボクの個人情報が漏れてしまった」


 汐江は苦笑を浮かべて自分の後頭部を撫でつける。

 伊之助はその様子を見て、汐江の言葉が自分と同様で幽世かくりょに身をやつした事を意味しているのだと分かった。


「……では、汐江さんはOBみたいなものですか」

「そういうこと。もっともこの業界に関しては既に現役を引退して、補助に徹しているよ。さぁ、手を出して。……前に繋いだ霊子回路サーキットの経過を確認しよう」


 伊之助は素直に右手を差し出すと、汐江はそれを両手を使って触診し、時折、伊之助に痛みや違和感のようなものがあるかどうかを聞いてくる。


「……なんだい? 君は何か聞きたそうな顔をしているね」


 触診を終え、顔を上げた汐江は伊之助の難しそうな表情を見て片眉を上げる。


霊子回路サーキットが専門用語過ぎていまいち理解出来てなくて。サスケからは人の体にストローを刺すようなものだと聞いています」

「その言い回しは間違ってはいないよ。そのおかげで君は、見えないはずの幽霊が視えたはずだ。本来、人の中にある素質、素養、可能性、それを引き出す手段をボク等は霊子回路サーキットと呼んでいる」

「……俺はその霊子回路サーキットとやらのおかげで一時的に霊視能力を得たってことですか」

「そうだよ。そうだ、試しに今から霊子回路サーキットをいくつか繋げてみるかい?」


 伊之助は乗り気ではなく汐江から視線を逸らした。

 汐江はその態度を不審に思って首を傾げると、黙って伊之助かんじゃの言葉を待つことにした。


「友人の話ですけど、霊子回路を繋げるのは痛みがあるって……。その、痛いのはちょっと……」

「なるほど。しかし、痛みに関してはしょうがない。技術を取得するのに代償は必要なものだろう。君だって苦労して勉学に励んでるじゃないか。あれを痛みと言わずになんと言う」

「よく分かりません。それに学校の勉強に痛みなんて感じませんし」


 伊之助は汐江の言葉を、特に学校の勉強が痛みを想起させるには縁遠いように思えて納得できない。あれは日々の積み重ねだ。テストだけに的を絞っていれば痛みと呼べるのかもしれないが、自分には日々の学習が習慣化しており、それを苦にも思わない。


 汐江は伊之助の言葉を聞いて思わず苦笑する。彼の性格についての情報が手元に無いのだ、成績が中の中という平凡振りから学校の勉強を例に出したが共感を得られない。彼は別の観点から例を取り出そうと頭を悩ませ、最も難解な例題を出すことに決めた。


「……そうだね。身の丈に合わないモノを欲すれば苦労をするだろう。逆に身の丈に合ったモノであれば、それほど苦労をするわけではない。君の友人は前者を選んだようだね、その行為をボクは若さゆえの過ちと一笑に伏すが、君はどう思う?」

「貴いことだと思いますよ。それより、痛みについてですよ。汐江さんの話だと霊子回路を繋げるのに痛みを伴うのが必須というわけでもないように聞こえます」


 やはり賢い、と汐江はほくそ笑む。一見、平凡そうな学生は相手の言葉の端々から情報を得る事に長けている。これも才能ではあるが、社会生活で芽吹く事はないだろう。


「君の思うとおりだよ。霊子回路サーキットは繋ぎやすいものもあるし、逆もまた然りだ。何かのきっかけであっさり繋がるものもあれば、激しい外的要因、内的要因を必要とするものもある」

「はぁ、投薬とか努力とかですか……」

「外的要因、内的要因をそう訳すか。君は面白いね、投薬の方はすぐに準備が出来るよ。興味があるなら試していくかい?」


 伊之助は汐江のそれが冗談だと分かっていても反射的に首を横に振った。


「それに霊子回路サーキットに関して言えば色々種類があるんだ。それこそ素質、素養、可能性の話だよ。だから、ただ繋げるといっても人によってその効果は様々だ。それにボクの見立てだと、君には放っておいても繋がる霊子回路サーキットが1つくらいあるように思うが、どうだい? 霊装君」

「同意だ、医師殿」

「マジか! 見えないお化け相手に困る必要もなくなるってこと?」


 伊之助は思わず立ち上がりガッツポーズを決め、すぐに我に返って一礼して座る。


「これまでの研究で40ほどの霊子回路サーキットが確認されている。そのうちのどれかが君に適合しているんだけど、これを当てるのが難しい。施術も1つ1つ方法が異なり、しかも相互作用を持つ。安易に試せば可能性の芽を潰してしまうことも引き起こしかねない」

「……えーと、遠回しに今日明日の内にどうにかはならないって言ってます?」

「まぁそうだね。けれど間隔をあけて施術することでリスクは避けられる。2ヶ月もあれば……」


 汐江の言葉を受けて、伊之助の背中が徐々に丸くなっていく。集中力も途切れがちで目も虚ろ、汐江も少なからずのフォローを加えるものの効果が無い。


「相棒、霊子回路サーキットがそれほど欲しいか?」

「……欲しいに決まってるだろ。急場しのぎで繋げた結果、日常にどれだけ支障が出たと思ってるんだ。それに何でもお願い券が1回残ってるから、金銭的にも稼ぐ手段は用意しておきたい」

「どこまでが本気か分からんのがお前様の悪いところよな、相棒」

「だいたいは本気だよ。汐江さん、何か裏技みたいなのはないんですか? 俺が適性無視してこいつを見つけたように、例外ケースだってあったんじゃないですか?」

「例外か……、データバンクを調べておこう。さ、君は引き続き適性検査を受けてきなさい。次はここを出て、一番近い部屋だ」


 汐江は椅子を回して体を伊之助から机へ向けると、ノートPCにタイピングを行っていく。


「分かりました。色々教えてもらってありがとうございました」

「ああ、待ってくれ。その霊装は置いていって貰っても構わないかな。最後にはここに戻ってくることになっているし、荷物を持ち運ぶのも面倒だろう」


 汐江は伊之助には一切視線を向けずただ事務的な口調でそう告げると、その後の伊之助の動向を窺う様子もなく作業に没頭している。


「……分かりました。お言葉に甘えさせてもらいます」


 伊之助は言葉に従い、サスケごとスポーツバッグを邪魔にならなそうな場所へ置いてそのまま部屋を出て行った。


「……しかし、あの年齢で図太い神経の持ち主だったな。本来、初対面の大人にああまで踏み込める高校生は稀だ。それに無知であることを恥じもしない。それを理由に思考を止める事もしない。そこに惹かれたのかい、霊装君?」


 汐江の問いに応えるものはいない。

 汐江はタイピングの手を止めて部屋の隅にあるサスケへと視線を流し、サスケの思惑を読み取ろうとその目を細めるが答えには行き着かない。汐江は考えることが不躾だと結論付けて再び仕事に専念した。


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