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4月24日(金) 夜 少年覚醒1

 伊之助いのすけ篠山ささやまと仲直りしたその日の夜。

 あいはいつものように希天きあの隣に並んでソファーに座り、机にばら撒いた情報誌の1つをぺらぺらめくりながら流行のトレンドを追っていた。片手間でテレビのチャンネルを変えては特定の番組を見るわけでもなく放置、再び雑誌を読み始めているとお腹に抱いた携帯が小刻みに震えた。


「……イノ先輩、明日お暇ですかぁ?」

「あんまり二つ返事したくない話題の振り方だなぁ」


 対面のソファーで携帯を操作していた伊之助は直前に藍が取った行動を思い返す。わざわざ着信音をバイブレータモードにしているような相手、僅かな間、そして言葉の割に控えめな態度、いずれも大した行動ではないはずなのに、それを藍が行ったというのに違和感を覚えた。


「リアルJKとデートですよー。もうちょっと悩んだり葛藤したりしませんかねぇ」

「散々、悩まされた後だからこその態度なんだけどな……」


 伊之助の脳裏に浮かんだのは2人の女性。

 まるで対極にいる異なった彼女達とのやり取りは伊之助の精神を十二分に磨耗させていた。


「そーいえば、ヒメ先輩と仲直りしたんですねぇ。昨日の今日であっさり片付けちゃうところを見るに、イノ先輩はジゴロですか? どんな経緯だったんですか、教えてくださいよぉ」

「……さすがにアレは話せんなぁ」

「アレってどれですか? え、本気でそれ言ってます?」

「それがどれだよ。気になるなら姫浜先輩に直接聞けよ」


 ちなみに話題の中心人物であるはなはここにおらず、自分の部屋に閉じこもっている。おそらくは昨日のやり取りが響いているのだろう。伊之助は今朝からずっと露骨に避けられ続けていた。


「にしても、どうして姫浜先輩と仲直りしたこと知ってるんだよ?」

「噂が変わったんですよー。女子の間だと広まるの早かったですよー。ねー、関谷先輩」

「……そうね。飯野君、アナタ正気?」


 ボッチっぽい希天にも噂が届いている辺り、藍の言葉は真実なのだろう。しかし、伊之助にも聞き捨てならない台詞があった。


「関谷。本気ってどういう感想なんだ?」

「いえ、飯野君が眼帯を付けていた理由。鹿島さんの言う以前の噂は知らないのだけれど、授業で寝てもばれないようまぶたに油性マジックで目を描いたと聞いたの。正直、あまりの頭の悪さに、つい……」

「根も葉もない噂だよ。だいたい、問い質す以前にそれが嘘だって一番知ってるの、お前だろうが」


 伊之助が悪びれもしない希天に遺憾の意を示すも通じない。可愛く首をかしげてそのまま読書へ戻る。


「でも、どんな人脈使ったんですか? ぜひお近づきになりたいんですけどー」


 藍は伊之助の眼帯の原因にまつわる新たな噂が不自然な広がり方をした事から、校内ネットワークに強い作用を持つ上位スクールカーストの存在を感じていた。少なくとも伊之助自身にそれが無いことは相手にしていれば分かる。彼にはそこに属する為のカリスマ性が足りていない。


「やめとけ。アイツ等は鹿島が思ってるような連中じゃないから。それより、明日は何の用事? 内容次第では付いてってもいいぞ?」

「むむ、露骨に話題逸らしますね……。まぁいいですけど。イノ先輩はこの間行った病院、覚えてますか?」

「雑な扱い受けた場所な。鹿島、どこか悪いの?」

「いえ、いたって健康です。心配しても下さってありがとうございます。でもそれくらいじゃ、あたしのポイントは稼げませんよ? それに、病院に用があるのはむしろイノ先輩のほうですよ。ママに先輩を連れて行けって命令されてしまいまして……」

「さっきの携帯、その事か。素直に言えば変に俺の心を抉られずに済んだものを……」


 先ほど希天に馬鹿にされた事を根に持っているのか、伊之助はちらりと彼女に視線を向ける。


「いえ、さっきのはあたしの霊装の調整で呼ばれた件です。イノ先輩の事だけだったら、そもそも予定の確認をするつもりもありませんでしたし」


 伊之助は1周回っていっそ清々しいとさえ感じてしまう藍の言動に感動すら覚えた。


「念のため……、俺が呼ばれた理由、教えてくれない?」

「身体検査ですよ。イノ先輩、色々すっ飛ばして戦闘に参加してるんで、丸一日かけて検査、検査の検査祭りですよ。よかったですね、適性がよろしくないと投薬も辞さないそうです」

「……そう。飯野君、病院に行くのね」


 文庫本から顔を上げて再び希天が会話に混ざる。


「関谷、さっきのって鹿島が誇張しただけだよな?」

「せっかくだから霊石の換金をして来て貰えると助かるのだけど、頼める?」

「関谷、会話のキャッチボールしようぜ? 投薬って嘘だよな?」

「椛先輩には私から言っておくから、明日の朝には今まで集めた分を渡します」


 最後まで伊之助と希天の会話はドッジボールだった。再び文庫本に視線を落とす彼女へ追求する気力も湧かない。諦めて話の分かる後輩へ標的を変える。


「……鹿島、霊石の換金なんて病院で出来るもんなの?」

「そうですねぇ。あそこは病院というより、こちら側の世界のインフラを担ってる側面のほうが強いですから、そういうお役所仕事って言うんですか? 雑務も請け負ってますよ、むしろそっちがメインです」


 次々と明かされる新情報に伊之助はただただ圧倒される。藍がなんでもないように口にする一言一言に重要な意味が隠されているようで必要以上に気を使う。


「……これも本来はヒメ先輩の役割なんですけどねー。先輩の頑張りに免じて許してあげますよ。貴重な休日を潰されたことも水に流してあげます」

「いまここでそれを言っちゃうのが鹿島の残念なところだなー。そもそも鹿島だって用があるじゃないか」

「それはそれ。これはこれ、です。では、明日のデート楽しみにしてますねー」


 藍は伊之助の追及をかわすと、私物を持って自分の部屋へ戻っていった。

 後に残されたのは伊之助と希天の2人だけ。彼らの間に会話はなく、つけっぱなしにしたテレビの音だけがその場を満たしている。


「……飯野君」

「ん?」


 まさか、向こうから声をかけてくるとは思っていなかったので、伊之助は気の利いた言葉一つ添えられずに、ただ反射的に希天に視線を向ける、彼女は文庫本に視線を落としたままだ。


「明日はその……、アナタにとっていい一日になるよう願ってるわ」

「そうか……。関谷がそういうなら心強い」

「そう」


 再び沈黙が訪れたが、伊之助はそれを窮屈だとは思わない。それに、希天が慣れない言葉で思いを伝えようとする気持ちが何よりも嬉しかった。


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