4月23日(木) 夜 眼帯の災厄4
「思った以上にてこずったな。もっとサクサクやれるかと思ったけど」
「相棒、己の力を考えれば無傷であったことを誇れ。それに相性の悪さもあった」
伊之助は小指の先サイズの霊石を6粒、残らず拾い上げると椛の待つ場所へと戻る。
「姫浜先輩、霊石どうぞ」
「あ……、うん。ありがとう、それにしても飯野君は凄いね。手助けの必要も無いなんて」
「そーですかぁ? イノ先輩、雑魚相手に時間かけ過ぎですよ。関谷先輩なら瞬コロですよ、瞬コロ」
「うーん。心力型同士だと相性があまりよくないから、その辺は、ね?」
伊之助へ厳しく当たる藍を諌めるように椛が擁護をすると、彼女はそれが気に食わないのかふくれっ面のままそっぽを向いた。
「すみません、ひょっとしたら基本的なことかもしれないんですけど心力型って何ですか? さっきも魔力型とかヤツらに言ってましたよね」
「幽世の存在を人が性質ごとに大きく3つに分類した言葉だよ、相棒」
「サスケは物知りさんだね。私は説明ベタだから続きもお願いできるかな?」
椛は身をかがめて伊之助の腰に佩いた霊装に向かって声をかける。
「承知した。よいか、幽世の存在は心力型、魔力型、呪力型という3つに分類されている。先ほど倒した死体を模倣したモノのように現世の姿を踏襲、誇張したモノは心力型に分類される」
「限りに無く生物に似た性質を持った化物か」
「その通りだ。上位種ともなれば生物と言っても差し支えないほどに精緻に模倣するぞ。切れば血を流し、断てば骨を覗かせる」
「まぁ、そんなのを相手にすることはまずありえませんけどねぇ」
「おい、さらっとフラグ立てるのやめろ。続きは?」
「魔力型は言うなれば自然現象そのものだ。今でこそ科学により説明出来ているが、山火事、噴火、雪崩、雹、台風、竜巻、鉄砲水、津波、地震、こういった自然現象を古来、人は抗えぬ理不尽なモノと畏れていた。故に誤って幽世の存在として認識されたのだ」
「今は違うだろ、どうして化けて出てくる?」
「人に自然現象とは切り離され、別個のモノとして確立してしまったのだよ。そうだな……鎌鼬という妖怪を知っているか、相棒?」
「3匹セットのイタチの妖怪だろ、1匹目が転ばせて、2匹目が刃物で切って、3匹目が薬で治すだっけか」
「ではそれが砂嵐による裂傷が正体だと言われても、その妖怪を否定出来るか?」
「……出来ないな。鎌鼬がそういうモノだってイメージが強すぎて砂嵐なんかと結びつかない」
「そういうことだよ。例え理屈を並べても人の心は変わりはしない。だから化けて出る」
「……続きを頼む」
伊之助はやり切れないように俯いたまま声を搾り出す。
「呪力型は怨念よ。人の強い気持ちが化けて出る。そしてそれが姿を持つことは無い、何故なら心など目には見えぬのだからな」
「最後だけあっさりだな、もっと具体例を言うのかと思った」
「人が理解しておらぬものを人の身でもない我が詳しく語れる道理があるまい。真に幽世の存在と呼べるのはこの呪力型を指すのやもしれんな」
「飯野君、だいたい分かったかな?」
「はぁ……。でもわざわざその3つに分類したんでしょうか。深い事情でも?」
椛はサスケを労わるように柄に指を滑らすと、眉根を寄せて難しげに首をひねる伊之助を見上げる。
その時、おーん、おーんと泣くような、呻くような声が周囲に響き渡った。
伊之助が椛を、そして希天と藍へと視線を向けるがいずれも首を左右に振る。
「好都合というのは軽薄だけれど呪力型。ここは私が手本をみせるね、一番相性もいいし」
「相性……ですか。でも相手は見えないんじゃ?」
「飯野君が心配しなくても、私には視えるから大丈夫だよ」
椛はリボンを揺らして3人を庇うように声のするほうへ立つ。
そして腰に佩いた剣帯に吊られた大太刀の柄に右手を置き、左手を鞘に添え、鯉口を切った。
その体勢のまま近づく怨霊の声に物怖じすることなく何も無い空間へ視線を向けて静止。そして訪れたその時を逃さず一閃。一息で90センチ以上ある刀身を引き抜くと、すべてやり終えたように刀を斜め下へ落とし、残心の構えを解いて再び刀を鞘へと戻す。
椛が一連の動作を終えると同時にカランと乾いた音を立てて廊下に霊石が転がった。先ほどまで聞こえていた耳障りな声もピタリとやむ。
「おおっ、やっぱりヒメ先輩は格好いいですね! イノ先輩と違って」
「最後の一言は必要ないんじゃないですかねぇ……」
後ろで見物する側に徹していた藍がこぶしをぎゅっと握って興奮を隠せずに声を上擦らせる。
「あはは……。お粗末様でした」
「そんなことないですよ。絵になってましたもん」
椛は後輩の声に恥ずかしげに応え、頭をぺこりと下げた後、その視線を伊之助へと向ける。
「私はこの通り、飯野君と同じ戦闘スタイル、心力型だね。希天ちゃんが魔力型、藍ちゃんが呪力型だからバランスは取れてる感じかな」
「バランスを取る必要があるんですか? 正直、姫椛先輩と関谷の2人がいれば大体の問題は片付きそうですけど」
「その考えは間違いだ、相棒」
「……サスケ?」
「最初に申したであろう、相性の悪さがあると」
「そうだね。いわゆる3竦み、じゃんけんみたいにそれぞれが強みと弱みを持っているの」
椛がサスケの言葉を次いで説明を続ける。
「人は自然に負け、自然は祈りに折れ、祈りは人には届かない」
「……すみません、意味が分かりません」
伊之助のその一言は、人差し指を天に立て得意げに語った椛の心をへし折るには十分だったようで、彼女はくにゃりと背を丸めてその視線を伊之助ではなくサスケへと向け、思いを託す。
「……"人が自然に負け"、心力型が魔力型に弱い。これは流石に理解できたであろう?」
「ああ、比喩だったのか。分からなかった」
「真、残念な男よな」
「頭が残念ですね、イノ先輩」
「残念でいいよ。十を聞いて七を知るくらいの脳みそしかないからな。"祈りが人に届かない"、呪力型が心力型に弱いのは昨今の資本主義社会やさっきの実演で理解出来たけど、"自然は祈りに折れ"のくだりは本気で分からん」
「祈りの象徴たる儀式。そうさな、雨乞いを思い浮かべてみよ。アレは結果論ではあるが祈りが自然を捻じ曲げておろう?」
「うーん、偶然が重なっただけだろ? 実際に祈って解決した訳じゃないし、焚き火で空に昇った煙や塵が雨の誘因したって説もある。祈りが自然に勝つ要素が見当たらない」
「それでも、だ。嘘を100も重ねれば真実となる。昨今の日本語を見よ。誤用が容認されることもしばしばだ。そのくらい人はいい加減で都合のいい解釈をする。雨乞いという儀式についても同様だ。100の失敗と1つの成功、どちらが万人に受け入れられる?」
サスケの問いかけに伊之助は言葉が詰まる。
論理立てて考えれば失敗の正当性を認める。だが、長く続く日照りに追い詰められ、雨を待つことしか出来ない身であれば、1の成功に縋り、その正当性を認めてしまう。雨乞いの儀式が自然の摂理を打ち負かす事を認めてしまう。
「理屈は通らぬであろうが、人の感情を推せば、"自然は祈りに折れ"というのは事実だ。故に魔力型は呪力型に弱い」
「うぅ……。なんか納得してしまって悔しい」
「言われてみれば確かに変な話だよねぇ」
「そーですね。ちっちゃい頃から教わってたのできちんと考えたことがありませんでした」
「確かにそうですね。飯野君の言い分も一理あるもの」
伊之助が唸って他を見ると、残りの3人も彼と似たような表情を浮かべている。どうやら、生まれてからそういうものと教えられていたようで、この法則に疑問を抱くことが一度も無かったようだ。
「バランスが必要なのは理解しました。それでもやっぱり疑問は残りますよ」
「どこかおかしなところがあった?」
椛が眉根を寄せて首をかしげる。
「姫浜先輩がいたら、俺はサブなのでいらんでしょう。さっきので実力差を感じましたし」
「……戦いは数だよ、飯野君」
「フォローするならきちんとフォローしてくださいよ!?」
椛は微笑ましく笑みを浮かべたが、思い出したようにその表情が陰る。
「さ、さぁーて、今日はこのくらいにして帰ろうか。皆も一通り実戦出来たしね」
率先して帰り道を行く椛の態度に戸惑いながら、希天がその後に続く。
伊之助もそれに続こうとして袖口にかすかな違和感。
「イノ先輩」
「何、何か用事?」
藍が伊之助の袖をひっぱり、さらに近づくよう手招きをする。伊之助が怪訝そうに身をかがめると藍が彼の肩口に手をおき、耳元へと口を寄せた。
「ヒメ先輩が変なの、絶対イノ先輩のせいですから解決しておいてくださいよ? 何だったら手伝うんで」
伊之助の返事も待たずに、藍は一方的に言葉を押し付けると小走りで希天の隣に並ぶ。伊之助は耳元に手をあてて、後輩から出された課題を頭の中で反芻する。
(とはいえ、篠山が何を吹き込んだか分からんうちは迂闊に動けないしなぁ)
あの時、篠山は結局、椛と直接話した内容の答え合わせに応じることは無かった。
篠山が問いかけた直前の質問を伊之助は有耶無耶のまま棚に上げ降参だと音を上げた。いつもならそれでも解決するはずだったのに、彼女は急に不機嫌になって突然会話を打ち切った。
伊之助は篠山と椛の態度や藍の忠告に、昼の日常が夜の非日常を侵食してくるようで目の前が一段と暗くなった気がした。
霊装名:試03投影召喚型自己鏡像
破壊力:E
精密性:A
持続力:C
射程 :C
成長性:B
備考
鹿島藍の霊装
鹿島ママの要請で急遽作成された手鏡。愛称はなし
射程20m程度




