第八話 病田の霊の願い
二つ返事で病田の霊を倒すことに同意したのはいいが、正直、病田の霊がどういう妖怪かわからない。こんな時、便利なのが妖怪百科事典だ。
オレが妖怪百科事典を取り出そうとすると、それよりも先に川姫が話し始めた。
「病田の霊ってのはね、戦死した人間の怨念が妖怪になったものよ。病田の霊が住みついた土地は、呪われ祟りが起きるの。勿論、関わる人間や妖怪も祟りの対象になるわ」
エライもん、引き受けてしまったのかもしれない……祟りなんてごめんだ。軽はずみな行動に出るんじゃなかった――。
「タクマさん、お願いね」
「はい……」
何故断らない……オレ。ん? そうか、この腕に当たってる柔らかな胸が、オレの理性を狂わせてるんだ。
「川姫、残念だけど、私達急いでるの。これから廃屋病棟に行かなきゃならないのよ」
お雪、ナイスだ。そうだ、もっと言ってやれ。
そう思ったのも束の間、川姫はクスクスと笑いながら言い添えた。
「廃屋病棟に行く途中を、病田の霊が塞いでるのよ。言ってる意味わかる?」
マジかよ。結局、病田の霊を倒さないと廃屋病棟に行けないってことか。
「わかったわよ。病田の霊は、タクマが倒すわ。ね、タクマ」
え――っ! 何でそうなるかな。お雪の奴、勝手に引き受けやがって……。結局、いつもこうなるんだよな。
オレは文句の一つも言ってやりたかったが、そこは我慢した。大人な態度……そして、紳士的振る舞い。
「手の目、行くぞ!」
「御意」
「タクマ、待ってよ」
先陣を切って歩くオレと手の目の後ろから、お雪、真琴、川姫、小豆洗いと続く。舐めてやがる。これはピクニックじゃない……と言いたかったが、またもや右腕にお雪の胸、左腕に川姫の胸に挟まれ、何も言えなかった。
ここに来て、お雪が積極的になっている。恐らく川姫に負けたくないという一心だろう。
そんなことを思っていると、手の目が足を止める。
「どうした? 手の目!」
「主、ただならぬ妖気を感じる。恐らく病田の霊……」
手の目がそう言うと辺りは霧に包まれ、一寸先も見えない程になった。
「感じる……今まで出会ったことのない強い妖気……。いるんだろ? 出てこい病田の霊!」
霧の向こうに言い放つ。すると、のしのしと大股で歩いてくる。その出で立ちは、魔界に存在するスケルトンのようだ。ただ、何処か悲しげで、遠い目をしている。
「貴様、テイマーだな?」
病田の霊の第一声は、意外にもはっきりとしたものだった。
「だったら、どうする?」
オレがそう言うと、病田の霊は地べたに這いつくばった。それと同時に、腐敗した匂いが霧と共に辺りを包み込む。
オレは思わずその刺激臭から逃れる為、鼻を摘まんだ。
「無駄口を叩くな。質問に答えよ」
「あぁ、確かにオレはテイマーだ」
両腕を腰にあて威嚇する。この程度の妖怪に臆することはない。
「ならば、テイマーよ。ワシをテイムしてみせよ。さすれば、この土地から祟りは消えようぞ」
「テイム? なんで、お前をテイムしなきゃならないんだ」
「自信がないのか?」
「んだと? やってやるよ。覚悟しな」
「ふっ……。ワシの若い頃に似てる」
「はぁ? お前のような奴に似てるとは言われたくない」
「可笑しな奴だ。嬉しいのだろう?」
駄目だ――。コイツには何を言っても無駄のようだ。そうか、これは妖気の所為か? そうだ、そうに違いない――。
「病田の霊! お望み通り、テイムしてやるぜ!」
「簡単にはさせぬぞ!」
テイムを意識したバトル。オレにそんな技量があるかはわからない。
だが、廃屋病院に行く為には、コイツをどうにかする必要がある。
「やってやるぜ。手の目、頼んだぞ! バトルフォース展開!」
オレの新たな挑戦が、今始まった――。